第27話 黒コゲになったった
すっかり明けた空を、カゲミツを腹の前で抱きかかえて、アルタミラ達の戦闘空域へと急ぐ。
俺と齋藤さんが<日本語+念話>で話している間、一言も喋らなかったカゲミツが、念話でポツリと呟いた。
< カゲミツは、生まれてきてはいけなかったのでしょうか? >
その言葉に、ハッとして、胸を抉られるような痛みを覚える。
生まれて初めて、本物の殺意を向けられたカゲミツ。
LVが上がって体が大きくなったとはいえ、まだ生後2カ月。
幼児、というより赤ん坊に近い無垢な魂に、残酷すぎる言葉が投げつけられていたのだ。
――お前には、生きる資格がないのだ、と。
< そんなこと、絶対にないよ。
俺も、アルタミラも、カゲミツが卵から孵った時、すごく嬉しかったんだ。
――俺はこの世界に来てからずっとカゲミツと一緒だったけど、カゲミツが悪い子じゃないことは、良く分ってる。
そりゃドラゴンだから、俺から見て過激だな、って思うこともあるけど、少なくとも邪悪だったりはしない。
愛情とか、優しさとか、素直さとか、人族から見ても美徳といえるものをちゃんと持ってる。
たまに、甘えて我がまま言ったり、拗ねたりすることもあるけど、泣いたり笑ったり怒ったり喜んだり、自然な心の動きに従ってまっすぐ育ってる。
カゲミツは何も悪いことしてないのに、世界を滅ぼす邪神になるとか、色々言うヤツが居るみたいだけど、気にすることないさ。
あいつらの言ってることが間違いだって、俺達が証明しようよ。 >
おとーさん役は初心者な上に、大した人生経験も無い俺の言葉で、どれだけ慰めることが出来たか分らない。
それでも、カゲミツは、抱きしめる俺の腕に手を添えて、キュッと握り返してくれた。
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遠くからでも予想は付いていたが、近寄ってみれば。
アルタミラとバハムートの戦闘空域は、エライことになっていた。
無数の雷と、湧き立つ黒い雲――毒の霧。
巨大な竜が凄い速さで飛び交い、吹き起こされた風が嵐となって渦巻く。
黒く焼け焦げ、毒に汚染された大地が、どんどん広がってゆく。
――邪神より先にお前らが世界を滅ぼす気か!?
激しくツッコミを入れたい。
しかも、呆れたことに、これだけ環境を破壊し汚染してるっていうのに、双方とも、ダメージはHPの1割にも届いていないのだ。
死の大空洞でデスバハムートと戦った時は、アンデッド相手だったから、魔法防御力を無視してヒールで倒すことができたのだが。
普通の攻撃手段でこのHPと硬さを持つ神竜を倒すのは、互角の能力を持つ神竜であっても、とてつもなく大変なことなんだな。
アルタミラを倒した時は、バハムート+勇者4人ということだった。
やはり、チート勇者の攻撃力は侮れない。
ともあれ、このまま闘いを継続させれば、世界を焼き尽くす「○○の7日間」みたいな伝説が生まれてしまう。
俺とカゲミツが参戦すれば、聖域による光属性攻撃遮断に、俺がアルタミラのHP・MPを回復することで、負けは無くなる。
――でも、勝負が着くころには近隣の人族国家が滅んでると思う。
俺とカゲミツが攻撃に回ったとしても、どれだけ効果があるだろう。
バハムート相手に有効な属性攻撃は、聖・邪・闇属性のみだが、ダークブレスを持っているとは言え、カゲミツのスキルLVはそんなに高くない。
俺の攻撃手段と言えばアルタミラに貰った神竜剣ムラクモを振り回すしか無いんだけど、たしか物理ダメージ半減とかあったよな。
(どうしたものか……。)
アルタミラを倒した時、バハムートと勇者達は、どんな攻撃をしたのだろう。
――勇者、勇者、……そうだ、勇者流剣術!!
あれが無属性の魔法攻撃だとしたら、バハムートの属性攻撃無効にも引っ掛からないんじゃないか?
俺は勇者流剣術を使えないけど、武器に魔力を流し込んで攻撃すれば、無属性の魔法攻撃となり、物理攻撃半減にも引っ掛からないかもしれない。
推測に過ぎないが、試してみる価値はある。
「カゲミツ、聖域張って!
ママに近付いたら、ママの背中に張り付いててくれ。」
< はい! >
白い光の球に包まれた俺とカゲミツが、2頭の巨竜に近付く。
稲妻と毒霧の嵐の中に飛び込み、アルタミラを追って進路と速度を合わせて飛ぶ。
「ヒール!」
アルタミラのHPを回復すると、こちらに気付いたようだ。
< 勇者を倒したのね!
良くやったわ! >
……団扇で扇いだら吹き飛んで怪我したので、それを放置してきただけです、なんて言えない。
「ぉ、おう。
勇者は戦闘不能だ。
それより、バハムートを倒す方法を考えたんだ。
俺達を背中に乗せてくれ!」
相対速度が0になったところで、俺はアルタミラの背中に跨り、カゲミツも俺の前でアルタミラの背中にしがみつく。
バハムートは、俺達3人が聖域の白い障壁に包まれたのを見て、電撃を放つのを止め、爪や尻尾を当てようと接近してきた!
俺とカゲミツがアルタミラの背中に乗り移っている間に、背後上方の位置を取られたようだ。
アルタミラの無防備な背中側で、ブレスを吐こうにも俺達が邪魔になる。
バハムートからは、アルタミラを狙うにせよ、カゲミツを狙うにせよ、絶好のポジション。
振り払おうと、急旋回したり宙返りをしたりするアルタミラだが、俺達の体重が載った分、機動性が落ちたようだ。
バハムートはぴったりと後ろに張り付き、時々爪で斬りかかったり、尻尾で薙ぎ払ったりしてくる。
ここは、俺が考えた攻撃を試してみよう。
団扇を左手に持ち替え、アイテムスロットから『神竜剣ムラクモ』を召喚し、右手に握る。
ムラクモは、アルタミラのくれた角に、俺の魔力を通して造られた刀だ。
当然、俺の魔力と相性がいい。
魔力を流し込んでやると、刀身が明々と輝いている。
俺の考えが正しければ、魔力を注ぎ込んだ刃で斬りつければ、物理ダメージ半減の耐性を持つバハムートに無属性の魔法ダメージを与えられるはず!
不用意に尻尾を叩きつけてきたバハムートを、アルタミラの背中から飛び立った俺のムラクモが迎え撃つ。
ガッ、ズシュッ!
「グゴァァァァァァァッ!?」
尻尾の一撃を掻い潜るようにして、胴に斬りつけたムラクモの一撃。
だが、ウロコを切り裂いたものの、深手ではない。
硬い筋肉を少し斬っただけで、内臓までは届いていないようだ。
背後に回った俺を無視して、アルタミラとカゲミツを追うバハムート。
本来、刀は両手で握って斬るものだが、俺のような素人が不安定な姿勢で振り回してもそんなに切れるものではない。
両手で握ると、振った時に刃の向いている方向が掴み辛く、刃の切り進む向きと、振られた刀身の進む向きが合わない、いわゆる『刃筋が合わない』現象が起きやすいのだ。
その点、片手で握れば素人でも刃筋を合わせやすいが、腕1本の力による斬撃では硬いモノを斬ることはできない。
やはり、勇者流剣術の技のように、斬撃を飛ばす魔法攻撃でないと、致命傷を追わせるのは無理なのだろうか?
バハムートの背中から何度も斬りつけるが、空中で、体重の載らない不安定な姿勢から片手で斬りつけても、ウロコに傷が付くだけだった。
いっそ、突き刺してみるか?
一旦、上方へと距離を開ける。
刃が上向きになるように握りなおして右腰のあたりで構え、柄頭を右ひじで押さえ、団扇を握った左手の甲を切っ先付近の峯にあててぶれないように支えると、切っ先からバハムートに突っ込んだ。
切っ先が背中に届こうとした、その瞬間。
振り向いたバハムートの口から電撃が放たれた!
「ぐあああああああああああああっ!」
全身が焼け、眼球の水分が蒸発して水晶体が白濁し、何も見えなくなる。
< 下っておれ、雑魚が! >
状態異常耐性があるお陰で麻痺こそしなかったが、激痛に灼かれた俺の手から、団扇とムラクモが滑り落ち、翼が消える。
黒コゲになった俺は、そのまま大地へと墜落した。
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普通なら死んでる。
全身の皮膚が焦げて炭化し、外見は焼死体になってることだろうが、チート体力な俺は死ななかった。
全身に何度もヒールを掛けているうちに、視界を取り戻し、焦げた皮膚の下から新しく皮膚が再生していく。
やがて、体を動かせるようになった。
立ち上がると周囲を見回して、ムラクモと天狗の団扇を回収する。
(カゲミツの聖域から出て、単独で戦ったのが敗因かな、やっぱ。)
上空では、アルタミラとバハムートが空中戦を続けている。
バハムートの稲妻の威力は侮れない。
やはり、アルタミラ、カゲミツと一緒に聖域の中から攻撃するのが無難のようだ。
(アルタミラの背中に乗って、そこから斬りつけるしかないか。)
アルタミラの突進力を生かせるのなら、太刀で馬上から歩兵を撫で切りするみたいな感じでバハムートに斬りつければ、俺の腕力だけで斬るより威力が上がるはずだ。
ただし、そのためには、アルタミラの進行方向と俺の斬りつける方向が同じでなければならない。
当然、俺達を乗せたアルタミラよりも、身軽なバハムートの方が空中での機動力は高い。
はたして、アルタミラに乗ったままで、バハムートの体を刀で捉えることができるだろうか?
何か、空中でバハムートを足止めする方法を考えないと。
……そういえば。
ドラゴンが空を飛ぶのって、翼の力じゃなく、飛行魔法で飛んでるんじゃなかったっけ?
大空洞でデスバハムートと戦った時に、そんな話を聞いたはず。
アルタミラの魔力の乗ったブレスをあれだけ浴びてもバハムートが墜落しないんだから、そう簡単に打ち消せる魔法ではないだろう。
(しかし、一瞬でも体勢を崩すことができれば。)
左手に握りしめた天狗の団扇。
ここに大量の魔力を流し込んでウインドを放てば、バハムートの飛行魔法に干渉し、体勢を崩すことができるかもしれない。
(もう一度、バハムートの体にムラクモを叩き込んでやる!)
俺は、アルタミラ達に合流すべく、再び空へ舞った。