第3話 シモベになったった
俺は、ファンタジーの王道的な巨大生物、「ドラゴン」を目の前にして、
「何て、……カッコいいんだッ!!」
思わず童心に帰り、感動していた。
幼稚園児か小学校低学年の頃、恐竜が大好きで、図鑑の隅から隅まで読んだものだ。
ティラノサウルスやブラキオサウルス、トリケラトプスにステゴサウルスなどメジャーな恐竜もいいが、マイナーなところでイクチオステガという大型両生類が好きだった。
復元図が怪獣みたいでカッコ良かったんだよな。
それらの怪獣たちが既に絶滅している、ということが子供心に悲しくて、いつかタイムマシンを作って恐竜を助けに行こう! なんて夢想していたものだ。
しかし、でかいなぁ、ドラゴン。
首と尻尾を真っ直ぐに伸ばせば、全長100m近く有るんじゃないだろうか。
角が生え、口吻からズラリと覗く牙。
凶悪極まりない顔付きなのに、どことなく品というか、王者の風格、威厳を感じる。
光沢のある黒い鱗、太くて力の強そうな長い首に肢や尻尾、人間の背丈ほどあろうかという爪。
力強さとしなやかさを両立した、これぞまさに「竜」だ、といいたくなるフォルム。
今、目の前にいるドラゴンは、多分、子どもの頃に夢見たどんな恐竜よりも、大きく、強く、そして美しい生物なんだと思う。
この巨大生物がその気になれば、俺なんぞ、牙や爪を振るわれるまでも無く、軽く触れられただけで赤いシミにされてしまうだろう。
気付かれれば命が危険であることに間違いないのだが、俺はその場から離れられなかった。
恐怖で動けないというよりは、圧倒的な存在感――「大きく神々しく美しいもの」に対する憧れと畏敬の念に打たれ、理性がどこかに逝ってしまったのだ。
これは、神道や修験道に見られる日本的なアニミズム、自然界にある並はずれた巨木や巨石を神の拠り代として畏れ敬う精神、みたいなものだろうか。
冷静ならば直ぐに撤退しただろうが、孤独の後に生命反応を見つけたせいで、その時はどうかしていた、としか言いようが無い。
俺は、身を隠すことすら忘れて、吸い寄せられるようにフラフラとドラゴンに近付いて行った。
――――――――――――――――――――――――――――――
丘を降りて、何かおかしいな?と引っ掛かりを覚える。
目を閉じたまま、ドラゴンの巨体は身じろぎひとつしない。
近づけば呼吸音とか聞こえそうだが、何も聞こえてこない。
もう少し近づこうとした時、風向きが変わったのか、生臭い匂いにむせ返る。
――それは、血の匂いだった。
遠目には分らなかったが、近づいて見上げたドラゴンの体には、血のこびり付いた深い傷がいくつも刻み込まれていた。
この硬そうなウロコをどうやって切り裂いたのか、長い切り傷の奥には骨が覗く。
高温に焼かれたのか、焦げて炭化した痕。
内側から爆ぜたような、ぐちゃぐちゃな傷。
鋭い物で貫かれたと思われる、穴状の傷。
どれが致命傷でもおかしくない、大きな傷痕が無数にある。
つまり、このドラゴンは、俺がここに辿り着く前に息を引き取っていた、ということだ。
俺は、何とも言えない寂しさと悲しみ、それに怒りのようなものを覚えた。
近づけば自分が殺される危険もあったが、それでも生きたドラゴンを見てみたかった。
それに、嬲り殺されたかのような無数の傷痕を見てしまえば。
――こんな無残な殺し方をしなくてもいいじゃないか、と。
まぁ、双方が生きるために戦った結果なら、自然界の掟に俺の感傷の入る余地など無いだろうけど。
そういえば、ドラゴンを目にして思わず忘れていたが、他にも生物が居たはずだ。
探知画面では、黄色い輝点が2つあったはずなのだ。
改めて画面を確認すると、輝点が1つになっている。
その生物が、ここでドラゴンを倒したのだろうか?
しかし、傷痕の多さの割に、地面に零れおちている血が少ない気がする。
また、巨体が暴れて地面を荒らしたような跡が無い。
最前まで、ここで死闘が繰り広げられていたようには見えないのだ。
他の場所で傷を負って、ここまで逃げてきて死んだ、ということだろうか?
では、もう一つの生命反応は何だろう??
ドラゴンを追ってきた者か、ドラゴンと共に逃げてきた者、とりあえず二つの可能性が思い浮かんだ。
2Dの探知画面で見る限り、この場を動いてはいないようだが、ここから見える場所には居ない。
3D画面に切り替えて探知範囲を縮小し、俯観視点で立体的に周囲を探ると、ドラゴンの巨体の向こう側にいるようだ。
探知画面でもっとよく見ようと思った瞬間、自動的にズーム機能が作動する。
親切設計だな。
画面に映し出されたもの、ソレは……ドラゴンの右前脚にしっかりと抱え込まれた「卵」だった。
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ドラゴンの頭の側を通って死骸の反対側に回り、卵へ向かった。
人間どころか俺の実家の木造2階建て家屋すら一飲みにできそうな巨大な顎。
一番大きい牙は俺の身長の3倍以上ありそうだ。
これほど巨大かつ強大な生物を殺したのは、一体、どんな生物だろう?
とりあえず、ドラゴンの死骸を心眼のスキルで鑑定してみる。
・神竜の死骸:闇属性の最上位竜であるダークバハムートの死骸。
肉は食糧になり、鱗、皮、骨、牙、爪などは武器・防具の優秀な素材となる。
生物の肉体も、死ねばアイテム――つまり「物」扱いなんだな。
卵の方はどうだ?
≪―≫
種族: ダークバハムートの卵
LV: ―
――――――――――――――――
【ステータス】
HP : ―
MP : ―
力 : ―
体力 : ―
知力 : ―
精神 : ―
器用さ: ―
速さ : ―
運 : ―
一応生き物の扱いだが、生まれてないからステータス値は無いようだ。
スキル以下の欄も見ることができない。
どうでもいいけど、この世界の食材としての卵ってどっちの扱いになるんだろう?
ニワトリの無精卵とかあったらアイテム扱いになりそうだけど。
そんなことを思いつつ、俺は改めて目の前にある楕円形の卵をしげしげと眺めた。
卵もでかい。
高さは俺より少し高く、長さは自家用車くらいのサイズがある。
親が最大級のジャンボジェット並のサイズだから、これくらい当然なのかもしれない。
俺は、ドラゴンの頭に向かって、合掌して一礼した。
母として命がけで卵を守ったドラゴンが、知性の無いただの凶悪なモンスターだとは思えなかったからだ。
ドラゴンは最後に何を思っただろう?
卵を守りきった安堵か。
それとも卵が孵るのを見届けられなかった無念か。
死に顔から、どちらの表情も読み取ることはできない。
まぁ、生きてたとしても、ドラゴンの表情なんて俺には読み取れないけどね。
正直な話、空腹を思い出し、卵を食べることをちらっとは考えたが、傷だらけのドラゴンに免じて卵には手を出さないことにしよう。
それよりドラゴンの肉が食糧になるようなので、腐らないうちに食べてみようと思うのだが、どうやって料理すればいいのやら。
「火魔法があったらなぁ。」
寄生虫とか心配なので、出来れば火を通したいが、火を熾す手段は無い。
焼け焦げた傷痕があったので、中の肉は火が通ってると思うんだが、硬い鱗をはがす道具も無い。
どうしたものか―――。
< そこのアンタ、ワタシの声、聞こえる? >
いや、今大事なこと考えてる最中で―――、って誰???
< 上見て、上! >
声につられて見上げた宙の一点に、光の粒子が集中し―――、
ぽわん、という感じで人型のモノが浮かんでいた。
――――――――――――――――――――――――――――――
それは、ちょっとキツめな顔立ちの長身の美女。
褐色の肌に銀髪、張り出したヒップにくびれた腰、何より俺の目を捉えて離さない巨大な胸の果実、……しかも全裸だ。
「へぶっ!?」
今のは、前屈みになって左手で股間を押さえつつ、右手で溢れる鼻血を押さえようとしたところ、天狗の面を勢いよく叩くことになって、結果、顔面を痛打した俺の声である。
「ああああの、どどどどちら様でじょうが?」
とりあえず、涙目になって鼻血を垂らしながら、低姿勢に訊いてみた。
もちろん、脳内フォルダに画像を保存する作業と併行しつつ、である。
< 何言ってるか分らないわよ。 念話使えないの? >
そうか、異世界なんだから、日本語が通じるはず無いわ。
急いで視界の中にスキル一覧画面を開き、「念話」に意識を集中する。
ちょっと、頭の芯がクラっとするような感覚があり、「思った事を何かに乗せて外部に届けることができる力」が発動したことが分った。
「はじめまして、アイザワ ヒロトと申します。本日はお忙しいところ、面接のお時間を戴きまして、まことにありがとうございます。よろしくお願……って就活じゃねぇしっ!」
前屈みのまま一礼した俺は、我に返った。
全裸の美女は、5mほど上空で俺を見降ろしながら呟く。
< アタマの悪そうな生き物だけど、意思の疎通は可能みたいね。 >
「お~ぃ、全部聞こえちゃってますよ~。」
俺の遠まわしなツッコミに気付いたのか、全裸の美女は居住まいを正す。
< ぇ~、コホン。それでは、仕切りなおして……
アイザールトと名乗る汝、卑小なる者よ!
偉大なる神竜アルタミラのシモベとして、奉仕する事を許して遣わそう。
伏し拝んで我が命に従うがよい!! >
「え?」
< え? >
俺達は、しばし見つめ合った。
――――――――――――――――――――――――――――――
何言っちゃってんのこの人!?
しかもアイザールトって誰よ。
< アンタ、私の信者とか眷属とか下僕とかになりたいんじゃないの?
さっき私に向かって礼拝してたじゃない? >
「礼拝?」
ドラゴンに向かって合掌したことだろうか。
ということは、この美女はドラゴン……の幽霊とか?
まさかね?
「さっき合掌したことなら、卵を守って死んだドラゴンに、成仏して下さい、ってお祈りしただけです。」
< ワタシに祈りを捧げたんなら、やっぱり信者よね? >
「いや、ちょっと違うんですけど―、って、大体、あなた、どちら様ですか?」
< 我が名はアルタミラ。
闇の神竜ダークバハムートにして、闇の竜族を統べる者なり!
ちなみに、神竜っていったら神様くらい偉いのよ。
もう死んじゃってるから、あんまり力は残って無いけど。
今の姿は人化した時のもので、結構スタイルに自信あるんだ、エヘヘ。
カレも、お前ほどイイ女はいない、ってベタ惚れだったんだからぁ!
……って何、他人のプライベート聞き出そうとしてんのよ!? >
いや、そんなことまで聞いてませんし。
ってか、ドラゴンの中の人がこんなだなんて。
王者の風格とか、威厳とか言っちゃってたさっきの俺が恥ずかしくなる。
美女――アルタミラは、俺の反応には頓着せず、腰に左手をあて、右手で俺を指さすと言った。
< とにかく!
――アンタ、ワタシの卵のお母さんをやりなさいっ! >