第26話 いじめられっ子になったった
「その顔……、もしかして、相澤くん?」
日本語、それに、俺の名字!
(え、誰、知り合い!?)
顔見て分ったのだとしたら、そうゆうことになるんだが、
「身長50mの赤鬼を見て『相澤 広人』だと分ってくれるような美少女に、全く心当たりないんだけど?」
「えー、美少女とか~、ちょっと照れるかも?」
寝たままで身をくねらせようとした少女は、首から下が全く動かないことに気付き、てへぺろ、などと言って舌を出して見せる。
大風で木の幹に何度も激突しているのだから、頸椎か背骨でも痛めているのだろう。
その顔にどこか見覚えがあるような気も?
心眼スキルで見た少女は、
≪カツラギ アイリ≫
種族: ヒューム(勇者)
LV: 98
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【ステータス】
HP : 328/1540
MP : 110/180
力 : 62
体力 : 53
知力 : 75
精神 : 51
器用さ: 81
速さ : 85
運 : 65
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【スキル】
・勇者流剣術 LV89
・居合 LV67
・柔術 LV53
・気配察知 LV21
・隠密
・念話
・アイテムインベントリ
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【魔法】
・光魔法 LV 35
・地魔法 LV 12
・水魔法 LV 21
・火魔法 LV 32
・風魔法 LV 23
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【属性】
光
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【耐性】
光属性の攻撃半減
魅了・即死の状態異常無効
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【加護】
光神
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『カツラギ アイリ』
……誰それ、全然知らんわ。
しかし、人物を鑑定するスキルを持って無いところを見ると、本当に顔で俺を判断したらしい。
「一体、誰なんだ、キミは?」
「あれ、チェインメイル着けてないっ!?
脱がしたのね、変態、ロリコン!
……でも、相澤くんになら、ポッ。」
「口で、『ポッ』とか言っても全然恥じらってないだろ!
そんなことより、なんで俺を知ってるんだよ?」
「やだなぁ、しばらく会ってないからって、同級生の顔も分らないなんて。
これが若年性アロハスイマーってやつ?
ぁ、ちょっと、刀も無いじゃない!
返してよ、大事にしてるんだから、私の『鬼神丸クニシゲ』!」
「誰がアルツハイマーだ!
さっきまで俺達を殺そうとしてた奴に武器返すワケないだろ?
……ん?」
同級生。
亜麻色の髪。
新撰組の齋藤一の愛刀、『鬼神丸国重』。
「もしかして、齋藤 愛理、さん?」
「どんどんぱふぱふ~、せいか~い!
お久しぶりっ、相澤くん。」
俺は、頭の芯がクラリと痺れるような感覚に襲われた。
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齋藤さんとは、中学2年・3年とクラスが同じだった。
俺達の地元は、細々とした伝統的地場産業でかつて栄えた田舎の町だ。
補助金使って大規模な工場を誘致するようなこともなく、外国人労働者を見かけたことはない。
校則で髪染め禁止されている中学で、母親がハーフでクォーターの齋藤さんは、染めてもいないのに亜麻色の髪の毛をしていて、大人しい性格なのに変に悪目立ちしてしいた。
そんな彼女と俺が仲良くなったのは、休み時間、いつも一人で小説を読んでいる彼女の本がたまたま『一○斎夢録』だったのを見て、俺が声を掛けたからだ。
『齋藤さん、浅○次郎、好きなの?』
『ううん、新撰組ものが好きなの。』
『壬生○士伝や輪○屋糸里は読んだ?』
『それはまだかな~。普段はラノベや漫画読んでるし。司○遼太郎なんかもいいかな。』
『あ~、燃○よ剣、良かったなぁ。土方歳三、かっこよかった。』
『私は、齋藤一が好きなんだよね。悪・即・斬!みたいなの。』
中2の時からそんな他愛もない話をするようになった。
別に、付き合ってた、ってとこまでは行ってない。
当時、他に好きな子いたし。
しかし、あの頃の齋藤さんは、こんな目鼻立ちのはっきりした肌のキレイなスレンダー美少女じゃなかったよな?
「え~と、齋藤さんって、ちょっとぽっちゃりして、眼鏡はめて、顔にそばかすがあって、もっとこう、なんていうか、地味な性格だったよね?」
「しっつれ~い!
女子の外見を面と向かってけなすとか、デリカシーなさすぎ~。
でも、性格はそうね、おとなしかったよね~、あの頃。
……だから、いじめられてたんだよね、私達。」
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そう。
俺と齋藤さんは、中学3年の時、いじめられていた。
きっかけは、齋藤さんの亜麻色の髪が、クラス内ヒエラルキーの頂点、地元で代々続く山科家のお嬢様、『山科朱里』に目を付けられたことだ。
今にして思えば、読者モデルが載ってるような雑誌を取巻きの女子達と読んでいた山科朱里は、髪を染められないことを悔しく思っていたのかもしれない。
そんなの、校則の緩い高校に行くまで我慢すれば済むことなのに。
まぁ、きっかけは些細なものでも、いじめというのはエスカレートしていくものだ。
まず、齋藤さんが女子のグループから孤立するようになった。
それまで話していた女子達も、彼女を避けるようになったのだ。
そのうち、男子の中から便乗する者が現れる。
やがて、クラス中が山科朱里の言動に逆らえない流れができた。
挨拶しても無視、から始まり、靴や教科書を隠す、弁当をゴミ箱に捨てる、雑巾を絞ったバケツの水を掛ける。
俺も、教室では齋藤さんに話しかけられなくなっていた。
自分も標的にされるのが怖くて。
だが、ある日、そんなヘタレの俺がやってしまったのだ。
山科朱里に命じられた取巻き男子の一人が、齋藤さんの亜麻色の髪に墨汁を掛けていた。
困ったような泣き笑いのような表情で、しかし逆らいもせずじっと座っている齋藤さん。
俺は、ニヤニヤ笑いながら墨汁を掛ける取巻き男子を見て、思わず墨汁の容器をはたき落してしまったのだ!
『なにすんだテメェ?』
『こっ、こ、(こんなこと、やめろよ)』
『コッコッ、ってニワトリかてめぇは!?』
他の取巻き達も集まってくる。
俺は、救いを求めるように、ずっと憧れていた、片思いしていた美少女――山科家のお嬢様、山科朱里を見た。
美少女の顔に浮かんでいたのは。
弱者をいたぶることに興奮してギラギラと輝く吊りあがった目。
攻撃的に、眉間と鼻の頭によったシワ。
嘲り蔑むように、牙を剥くかのように歪められた唇。
とても醜い表情を浮かべた美少女は、『やっちゃいなさい!』と宣言した。
数人にボコられ、ズボンを脱がされた俺は、あわやパンツまで、というところで教室に入ってきた数学教師に救われた。
あの時は、自分が弱者であることを、屈辱とともに痛感したものだ。
暴行現場が教師の目に留まったことで、その後、直接的な暴力によるいじめは沈静化したが、地元の有力者の娘が主犯格のいじめは、教育委員会に取り上げられることもなく、陰湿ないじめ――無視や聞えよがしの悪口はずっと続いた。
齋藤さんは、それからしばらくして、「家庭の事情」とやらで転校していき、ボッチになった俺は、隣県の私立の高校を目指してひたすら勉強した。
元から成積はそんなに悪くなかった俺は、皮肉なことに、学校で勉強しかすることがないので学力だけは上がっていき、私立の進学校に入学することができたのだ。
裕福でもない親に私立高校の高い授業料と交通費を負担させたことが心苦しく、大学は国立を目指した。
そして、地方の国立大学に入学した、までは良かったのだが。
……まさか20歳で死亡し異世界に転生することになるとは。
それはさておき、
「齋藤さん、名字変わってる?
それに、年が合わないんだけど。
俺と同い年で20歳のはずなのに、なんで外見が若いままなの?」
見た感じ、15~6歳くらい?
「え、相澤くん、ハタチなの?
どうりでこんなに大きくなって。
ってゆーか、デカすぎ。
ちょーウケるんですけど~!」
「俺がデカくなったのは、種族が変わったからだけど。
……まぁいいや、混乱して頭がどうにかなりそうだから、話はまた後で聞かせて貰うよ。」
「ちょっと待って、相澤くん。
肝心な話をしてないじゃない!
その聖属性の、人とドラゴンの不細工な合いの子よ。」
カゲミツのことか?
ずいぶんな言い様だな。
エ○ァンゲリオンみたいでかっこいいと思うんだけどな……。
「どうして、その怪物を庇うの?
イクスの話、聞いてたでしょ?
そいつが生きてたら、邪神が復活するかもしれないんだって。
私、勇者だから、世界を救うためにそいつ殺さないと。」
その言葉に、イラっとした。
「髪の毛の色が違うだけでいじめられた齋藤さんが、聖属性に生れついただけのカゲミツを殺そうとするのか?
本人が何も悪いことをしていないのに!?
あのバハムートや齋藤さんが、カゲミツの何を知ってるっていうんだ?
邪神が復活する『かもしれない』って、あくまで可能性の話でしょ?
カゲミツはそんな子じゃないし、俺とアルタミラが邪神になんてさせない。
バハムートの意見に流されて、よく知りもしない相手を、可能性だけで悪って決めつけて、寄ってたかって殺すのか?
そんな勇者、いじめっ子に扇動されていじめに加わるヤツと、どう違うんだ?」
言った後で、最後の言葉が自分に返ってくるものだった事に気付く。
俺も、一時期、齋藤さんのこと無視してたじゃないか。
気まずい沈黙が流れる。
せっかく再会した元の世界の知人だけど、感情的になってしまった。
一旦、距離を置こう。
「ごめん、仲間を助けに行くから、また後で。」
アルタミラがそう簡単にやられるはずは無いけど、互角の相手との戦いでボロボロになってるだろうし、加勢に行かないとね。
「あ~、相澤くん、ちょっと待って~。
回復アイテムとか持ってないかな?
なんか、体が動かないし、一人にされるのは、ちょっと不安、かな?」
それはちょっと、虫が良すぎるんじゃないか?
「悪いけど、今は治療できないよ。
また攻撃されたら困るから。」
とりあえず、刀は預かっているし、勇者としての戦闘力を発揮できないくらいの負傷をしているらしい彼女に、止めを刺す必要は無いよな。
というか、
(止め刺せるわけないじゃん、知り合いなんだし!)
これは、アルタミラとカゲミツに対する裏切り、とかじゃないんだ。
俺は、齋藤さんを殺さずに、現状をなんとかしよう決めた。
齋藤さんの体の上に覆いかぶさる太い枝とか大きめの石だけ取り除き、彼女の横たわる地点を中心に『リジョネーター・フィールド』を発動しておく。
これで、傷が悪化して死ぬことは無いだろう。
探知画面で見る齋藤さんは、今は赤ではなく黄色で表示されている。
2D画面に切り替えて、周囲に危険な動物が居ないことも確認しておいた。
「齋藤さん、隠密スキル使わずに、ここ、動かないでいてくれる?
――後で治療するよ。」
そして、3点セットを装備して翼を出し、カゲミツを連れて空へと舞い上がる。
2D画面の端には、目まぐるしく動き回る青と赤の輝点。
アルタミラと白いバハムートが、闘いを続けているのだ。
どうやって決着を付けるにせよ、あのバハムートを倒して、こちらの実力を示さなければならない。
一度削がれた気勢を取り戻すべく、俺はバハムートを倒す方法を考えながらアルタミラの許へ向かった。