第24話 壁の勇者になったった
朝日を浴びながら上空をゆったりと舞う、純白のバハムート。
最大級のジャンボジェットサイズの巨体が、俺達の頭上で滞空している。
これだけでかいモノが頭上を飛んでいると、それだけですごい威圧感を感じるな。
しかも、探知画面で確認するまでも無く、明確な敵意を放っているのだから、なおさらだ。
「アイザルト、アンタの心配事が一つ減ったわ。
こいつがワタシとカゲミツを狙ってきた『敵』の一人よ。」
アルタミラを殺した敵!
彼女とほぼ同等の力を持つこの神竜なら、確かにそれも可能かもしれない。
だが、
「どうして、ここにアルタミラが居ることが判ったんだ?」
「さぁ?
でも、バレちゃったんだから、ドラゴンの力を隠す必要も無くなったわね!」
そうか、俺が「ドラゴンの力を隠して」と頼んだから、人化したままで騎士達を……。
ちゃんと、俺の言ったこと、気に留めててくれたんだな。
いや……今は、そんなことよりも、目の前の敵に備えなければ。
バハムートはグワッと口を開くと、こちらに向けて念話を放ってきた。
< 息災のようだな、アルタミラ。
てっきり息絶えたものと思っておったが。 >
「どの口がそれを言うのかしら?
前回は、アンタと勇者4人がかり、執拗にワタシの寝室まで押し入って嬲り殺してくれたわね。
今度はアンタがくたばる番よ!」
< 盟約に縛られず、我が『死の大空洞』まで降りることができれば、完璧に止めを刺しておったものを。
……まぁ、よい。
今日は、そなたに用があって参ったのではないのだ。 >
ん?
アルタミラに用が無いなら、何しに来たんだ?
< 聖属性を持つその『忌子』。
テリトリーに近付いたのを、気付いて追ってきたのだ。
……よもや無事に孵っていようとはな。
そやつをこちらに寄越すがいい。
さすれば、そなたに手出しはせぬ。 >
聖属性を持つ、っていうと、カゲミツのことだ!
……迂闊だった!
俺達がアイギスまで往き来したお陰で、こいつを連れて来てしまったのか。
しかし……カゲミツが忌子って、どういう意味だ!?
俺は前に進み出て、カゲミツを庇うよう背中に隠す。
「カゲミツをどうする気だ?」
――あっさり無視されました。
確かに俺、雑魚だけど、ちょっと凹むわ。
「この子は忌子なんかじゃない。
ワタシと勇者ヨシーロが待ち望んだ命、この世界からワタシ達への贈り物だわ!
アンタの好きになんてさせない!」
アルタミラは一歩も退く気は無い。
< 母の愛は盲目、というわけか。
だが、聖属性の者など、本来この世界にあってはならぬ者。
その肉体は、聖神と邪神、どちらを降ろすこともできる『器』たりえるのだ。
かつての悲劇を忘れたか? >
かつての悲劇……。
俺の知らない過去で、何が起きたんだ?
カゲミツが、俺の背中にキュッとしがみつき、ふるふると、小刻みに震えている。
落ち着かせようと手を握ってやると、ギュッと握り返してきた。
< 我とそなたの間に生れし者が、その身に邪神を降ろし、この世界を無に帰そうとした時の事だ。
あの時、我らはこの世界の全ての力を結集し、邪神と化した我が子を『世界の臍』で討ち取った。 >
ギリ、と歯を食いしばるアルタミラ。
< あれから、世界の臍は邪神の終焉の地として、高濃度の魔素溜りと化し、生命の育たぬ『死の大空洞』となった。
そなたは、盟約により、邪神が復活せぬよう死の大空洞を監視する守護者となった。
そして我は、二度と我が子の終焉の地に足を踏み入れぬとの盟約を結んだ。
それがどうだ?
この世界を守護する一翼であるそなたが、よもや再び『邪神の器』と成りうる者を世に送り出すとは。
これは、責務の放棄、いや、世界に対する裏切りではないか! >
「あの時、もっと他にやり様があったはず!
ワタシ達がしっかりあの子を守っていれば、あんな事にはならなかったわ!
この子――カゲミツは、邪神なんかにさせやしない。
絶対に守りきって見せる!」
< 世界を滅ぼす『邪神の器』となりうる者を放置することなどできぬのだ。
邪魔をするなら、前回同様、そなたも排除するまで。 >
おいおい、「なりうる」って可能性だけで、生存すら許されないのか?
「ちょっと待てよ!
前回の聖属性持ちがそうなったからって、カゲミツが邪神になるとは限らないだろ?
むしろ、聖神が宿る可能性だってあるんじゃないか?」
< もはや言葉は尽した。
――我は光の神竜バハムート。
光神の意思を代行する者なり。
秩序を守り、この世界をあるべき姿へと導くことが我の使命。
災厄の芽、摘み取らせて貰うぞ! >
俺の発言は安定のスル―かよ!
バハムートが一際大きく顎を開くと、口の中に光が集まる!
ブレスが来る!?
「カゲミツ、聖域を!」
俺が指示するまでもなく、即座にカゲミツの聖域が展開された。
聖属性以外の全属性攻撃を遮断する結界だ。
バハムートの顎から放たれた、無数の稲妻が、辺り一面に炸裂する!
光った、と思った瞬間、千の落雷。
周囲一面に電撃が走り、轟音と共に大地を揺るがした。
街道に散らばっていた騎士達の肉体など、黒こげになって、もはや地面と見分けも付かない。
街道沿いの樹木も落雷でなぎ倒されていた。
焦げた肉の臭いとオゾンの香が漂い、森のあちこちから火の手があがる。
――だが、聖域の中には被害は及ばなかった。
光属性のドラゴンの固有スキルは、ブレスではなく電撃だった。
俺もアルタミラも、光属性攻撃には耐性が無い。
カゲミツが居なければどうなっていたことか。
俺は、ほっと胸を撫で下ろした。
正直ちょっとちびったが、腰が抜けなかっただけ良かったとしよう。
一方、アルタミラは、すぐさま戦士の貌を取り戻した。
「アイザルト、周りに他の敵、居る?」
しっかりしろ、俺!
頭を振って自分の頬をはたき、気合いを入れる。
前回は勇者が4人居たって話だった。
もしチート勇者が何人も付いてきてるならヤバいことになる。
探知スキルで周囲を探ったが、
「周囲に反応は無い!」
アルタミラとバハムートの能力はほぼ互角。
バハムートには闇属性攻撃の耐性が無い。
アルタミラとは、お互いに天敵になる相手だ。
1対1なら角で魔力回復できないアルタミラが不利かもしれないが、カゲミツの聖域と俺のヒールがあれば、圧倒的にこちらが優位だ!
「のこのこ1人で現れたのが運の尽きね、イクシオル!
この前の借り、きっちり返してやるわっ!」
好戦的な笑みを浮かべるアルタミラ。
うわ、何か、俺ら悪役っぽいんですけど。
しかし、アルタミラの言う通り、ラスボスが1人で現れたのはチャンスだ。
3対1とか卑怯かもしれないが、アルタミラとカゲミツが、今後安心して暮らせるようになるためなら、俺だって戦ってやる!
「アイザルト、カゲミツ、二人とも、出し惜しみ無しで行くわよ!」
アルタミラとカゲミツが、空中へと飛び上がる。
「 「 人化、解除! 」 」
二人の周りに空間の裂け目が現れると同時に、その姿が揺らぎ、眩い光に包まれた。
やがて、巨大なモノ達が光の中から形を取って現れる!
一つは、黒い鱗に覆われた力強くも美しい、一頭の巨大なドラゴン。
闇の神竜ダークバハムートのアルタミラ。
もう一つは、黒い鱗に覆われた、背中に蝙蝠のような翼と尻尾の生えた銀髪の巨人の女。
神竜人カゲミツ。
二人は寄り添い、即座にカゲミツが聖域を展開する。
そして俺は。
……ちょっと出遅れていた。
天狗3点セットは、一度収納してから取出さないと、巨大化した俺のサイズに合わせてくれないのだ。
3点セットと、ついでに服も収納してから人化を解除する。
そして3点セットを装備して翼を呼び出し、二人の後を追おうとした瞬間。
――シュバッ!
背後から、強力な魔力の迸りを感じとった俺は、後方を振り返る。
一瞬だけ、探知画面に赤い輝点を感じ取ったが、すぐにロストした。
魔力の流れが向かう先は――、
「カゲミツ、危ない!」
無形の刃が、カゲミツの背中を抉る!
「< ふみゃぁぁぁぁ!? (きゃぁぁぁぁ!?) >」
噴き出した大量の血が、空中で赤い霧と化す。
< カゲミツ!? >
「まずい! ヒールっ!!」
なんだ、今の一撃は?
致命傷になってもおかしくない傷だったが、なんとかヒールが間に合ったようだ。
俺とアルタミラは、カゲミツの体を隠すように、前後から挟んで敵と対峙する。
アルタミラはバハムートと向き合い、俺は背後の見えざる敵へ体を向ける。
「『聖域』を展開しているのに、どうして魔法攻撃が通り抜けてきたんだ!?」
< あれは、属性魔法じゃありませんでした!
カゲミツは、あんな攻撃を受けたことはありません。 >
大空洞での訓練中、威力弱めの魔法でアルタミラと模擬戦してたもんな。
< アレは、勇者流剣術よ、たぶん。 >
やはり勇者が来ていたのか!
冒険者のマウザーが、『魔力の流れを剣技で誘導し、全身の力に乗せて打ち出す――剣魔一如の境地』とか説明してくれた厨二勇者剣術。
普通に魔法でいいんじゃね?と思っていたが、まさかこんな強力な技だったとは!
「探知画面で確認できないんだ。
さっき攻撃した一瞬だけ写ってたんだけど。」
< 『隠密』とか『潜伏』とか、ステルス系のスキル持ちよ、きっと。 >
くそっ、バハムートの会話は、勇者が狙撃するポジションに着くまでの時間稼ぎだったのか!?
< ふん、一撃で仕留められなかったか。
だが、いつまで守りきれるかな? >
そう言うと、突っ込んでくるバハムートの巨体。
カゲミツを挟んだままで避けることはできず、思わずバラバラに回避する俺達。
そこへ、カゲミツを狙って飛来する見えない斬撃。
「カゲミツ、避けろ!」
カゲミツの前に割って入る俺の左腕に、刃が食い込む!
「ぐあっ!?」
< おとーさん? >
この世界に来てから一度も怪我をしなかった俺の体から、血が流れ出る。
腕を切り落とされるほどではないが、骨まで達する傷だ。
すぐにヒールを掛ける。
しかし、チート防御力の俺にこれほどの深手を追わせるとは。
(――死の大空洞で見たアルタミラの切り傷はこれか!)
惨たらしいアルタミラの遺体を思い出し、俺の中で怒りが膨れ上がる。
「アルタミラ、バハムートを抑えてくれ!
俺とカゲミツで、勇者を倒す!」
< わかったわ。
アイザルト、頼んだわよ! >
『寡兵を裂くのは悪手、多兵で各個撃破すべし』みたいな話を何かで読んだが、ここはカゲミツを守るのが最優先だ。
聖域でライトニングを無効化できる以上、勇者の攻撃の方が脅威となる。
先に勇者を倒すべきだ!
アルタミラにバハムートを牽制してもらっている間に、俺が盾になってカゲミツに攻撃させよう。
「カゲミツ、俺の背中に貼り付いててくれ。
敵に接近したらブレスで攻撃だ!」
< はい、おとーさん! >
さっき、斬撃を発する時に敵の反応があった場所は、バハムートのライトニングの範囲から外れた森の中だ。
焼け焦げていない森の辺りにおおよその見当を付け、そこに向かって飛ぶ俺とカゲミツ。
「この辺りか?」
カゲミツにブレスの指示をしようとした瞬間。
――シュバッ!
左下方からの斬撃。
カゲミツの盾になっている俺が邪魔で、先に排除しようとしたのだろう。
俺の首筋を狙った必殺の一撃!
だが、魔力の流れを感じ取った俺は、空中で急制動を掛け、上方へ回避する。
――シュバッ、シュバッ!
さらに追撃が2つ。
(避けきれない!)
背中のカゲミツと首筋だけでも守ろうと、斬撃の来る正面を向き、両手を首筋に交差させて身構える。
一つは俺の左太腿を切り裂き、もう一つは左手首をかすりながら、天狗面を弾いた!
「しまった!」
――天狗面が外れ、翼が消える。
俺とカゲミツは、樹木をなぎ倒しながら、大地に叩きつけられた!




