第23話 共犯者になったった
隊長の悲鳴に気付いた騎士達。
ある者は助太刀にと武器を手に駆けより、ある者は月光や命の水の詠唱を始める。
だが、それらが間に合うことは無かった。
女の、引きずり出した腸を離した右手でフルスイングした平手が、ワルターの側頭部を捉える。
ぶちりっ。
イヤな音を立てて首が千切れ、吹き飛んだ頭は木の幹に当たって弾けた。
頭と右手を失った肉体が、どさり、と横倒しになる。
首の傷口からは、心臓の鼓動に合わせて、ピュー、と血が噴き出していた。
オーガと見紛う身長2タルの巨漢、あの『鬼人ワルター』が、女に殺された。
しかも、女は唯一の武器であるショートソードを抜きもせず、素手でそれをやってのけたのだ。
「隊長がやられた?」
「ば、ばけものだ。」
「ひるむなっ、前衛で足止めをしてから魔法を打ち込むんだ!」
女の常識離れした怪力と移動速度を見て、副隊長が指示を出す。
ワルターの出した、魔法で先制して武器で止めを刺す、という指示も、決して間違いではなかった。
――相手があの女でなければ。
大半の者は気付かなかったようだが、あれは転移魔法などではなかった。
最初に女が立っていた場所から消えた瞬間、副隊長は、真横を流れるようにすり抜けた銀色の光芒――あの女の銀髪を視界の隅に捉えていた。
あの移動速度、強化系の魔法を使っていたとしても、ヒュームではありえない。
おそらくは魔族、それもかなりの強敵だろう。
神殿騎士団は、『騎士』とは名乗っていても、実際のところ神殿の抱える私兵団に過ぎなかった。
作戦の中心は、教団の人気取りのため、正義の名のもとに犯罪者や獣人を狩り出すことである。
家督を継げない貴族の2男3男が中心で、武術の心得はあっても、戦場での経験や冒険者として高位の魔物と戦った経験のある団員はほとんど居ない。
魔族相手の戦いでは、素人同然。
このままでは全滅の可能性もある。
「この際、前衛に多少の犠牲が生じるのは仕方が無い。
武器を持った数人で足止めをさせて、巻き添え覚悟で魔法の集中攻撃を浴びせてやる。」
副隊長と数人の騎士が攻撃魔法の詠唱に入った瞬間、ぶんっ、と音を立てて何かが飛来した。
副隊長の顔面に、『右手』が生えていた。
女の投げた「ワルターの右肘から先」が、顔面に突き刺さったのだ。
がっくりと首を背中に折り曲げた副隊長の体が後方に勢い良く倒れ込むと、詠唱を始めていた騎士は悲鳴を上げて逃げ腰になった。
そこにショートソードが飛来し、さらに一人の騎士が骸となる。
女はワルターの右手が握っていた剣を手に取ると、武器を手に駈けよる騎士達に向かう。
突き出された槍をすり抜けるような身ごなしで女が一人の騎士の背後に回ると、いつの間に斬られたのか、騎士は両腕と胴から血を噴き出しながら、上半身は後ろに、槍を持った両腕と下半身は前に崩れ落ちた。
再び包囲を突破され、女の姿を見失う騎士達。
血と糞尿の臭いがあたりに充満する。
前方の街道に集めていた光球が慌てて呼び戻されるが、照らし出された空間に、既に女は居ない。
時折、視界の隅に銀の光芒を見た者が、濡れ雑巾をはたくような音と共に、血と肉を撒き散らしながら死体となる。
剣を打ち鳴らす音など、一度も聞こえない。
騎士達は、武器を一合も交えず、一方的に屠殺されていった。
時折絶叫が響くが、悲鳴を上げる間もなく死ぬ者の方が多い。
暗闇の中、一人、また一人と、神殿騎士達は数を減らしていくのだった。
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やがて、あれほど辺りを照らしていた光球も消え失せ、肉を断つ音も消こえなくなった頃。
一人の騎士が、街道を外れた森の中に隠れて様子を窺っていた。
手にしていた槍を投げ捨てて、逃げてきたのだ。
(もうイヤだ、あの化け物が去るまで、やり過ごすんだ。)
失禁していたが、臭いも生温かさも気にならない。
ひたすら生き延びることだけを願っていた。
これまで剣を向けてきた相手は、ほとんどが非武装か、せいぜい軽装の者たちだった。
肉体能力に優れていても、貧乏で農具程度の刃物しか持たない獣人たちや、ナイフやショートソードをみせびらかし、街中で無頼を気取っていたチンピラ達。
彼らの武器では、自分達のプレートメイルに傷をつけることすら出来なかった。
そして、自分達の武器も、剣や槍など、重武装の相手を想定しない武器だった。
全身を金属鎧で防護した相手には、するどい刃の付いた武器よりも、戦槌や戦斧、ハルバードのような、重量を生かして殴りつけ、相手を昏倒させる武器が有効だが、彼らの小隊に一人たりともそのような装備を持つ者は居なかった。
ろくな防具など身に付けていない獣人やチンピラ相手には、剣と槍で十分だったからだ。
(自分達は、より弱い相手を蹂躙して、自らを強者と勘違いしていただけの道化だったのだ。)
格下の相手を包囲、殲滅する戦いしか経験していないツケが回ってきたのだろう。
強敵に遭遇した場合に備え、色々な連携や武装、魔法を使えるよう訓練しておくべきだったのだ。
(生きて帰れたら、これまで下賤な冒険者のする事と侮っていたモンスター狩りを行うよう、神殿に提言しよう。)
街道の物音が静まってから、しばらくの時が過ぎた。
そろそろ、夜の闇も白みかかっている。
もう大丈夫か? と気を抜きかけた騎士の背後から、男の声が掛かった。
「栄えある光神教の神殿騎士が、このように逃げ腰でこそこそ隠れているとはな。」
振り返った騎士が目にしたのは、
「イクス猊下、アイリ団長、なぜ、このような場所に?」
神官のローブを纏った光神教の教皇と、華美な装備に身を包んだ騎士団長。
跪いた騎士に冷たい一瞥を投げた教皇イクスは、何の感情も込めずに言い放った。
「貴様の知るところでは無い。
愛理、始末しろ。」
「猊下!?
一体、な、」
しゅばっ。
愛理が舞うようにふわりと一歩踏み出すと同時に、彼女の腰から刀の一閃が迸る!
何事も無かったかのように歩き過ぎた愛理が、刀の血を振り払って納刀すると、しばらくして、背後で騎士の首がポトリと落ち、噴水のように血が噴き出す。
舞うような優雅な動きのなかで、鯉口を切りながら鞘を水平にし、歩きながら抜刀して水平に騎士の首を切り落としたのだ。
刀を抜く動作がそのまま斬撃に移行する――居合の妙技だった。
足の動きを制限されるグリーブを装着していながら、体の軸をぶれさせることなく、流れるような足運び。
斬られてから首が落ちるまでにタイムラグがあったことが、斬り手の尋常でない腕前と、刀の壮絶な切れ味を物語っていた。
「今からここで起こることを、誰にも見られる訳にはいかんからな。」
イクスは、ローブを脱ぎ捨てると、愛理に向かって放り投げる。
空中でローブを掴み、亜空間へ収納する愛理。
金髪のイクスは、年のころ、30代半ばくらいだろうか。
しかし、整った顔立ちに、均整のとれた体つきで、全身にバランスよく筋肉が付き、贅肉など一切見られない。
彫刻のように見事な肉体だった。
「この変態中年、ちょーウケるんですけど。
ロリコンの上に露出狂なんて、元の世界なら即通報レベルだし。」
少女の前で全裸を晒した金髪の美丈夫は、悪びれる様子もない。
「この形態の我の体など、既に見飽きておろう?
それより、打ち合わせ通り頼んだぞ。」
イクスは、愛理を地上に残して浮遊すると、街道に向かって飛びながら呟く。
「人化――、解除!」
イクスの周りに空間の裂け目が現れると同時に、その姿が揺らぎ、眩い光に包まれる。
やがて、巨大な何かが光の中から形を取って現れた!
それは、白い鱗に覆われた力強くも美しい、一頭の巨大なドラゴン。
光の神竜バハムート、光神アストルの化身とも謳われる、イクシオルの真の姿だった。
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明けかかる空の下で、俺とカゲミツが現場に辿り着いた時、騎士団はほぼ全滅していた。
街道を、数十人分の血と臓物が彩る。
その街道の真ん中に立つアルタミラ。
一条の朝日が、その血塗れの姿を照らし出す。
その姿は、為すべきことを為した戦士の姿。
血に汚れていても、気高く、神々しくさえ見えるのに。
――どこか儚げに見えた。
アルタミラの傍に着地した俺達を、彼女は見ようとしない。
近付こうとした俺に、アルタミラが言葉を投げつける。
「これが、ドラゴンのやり方よ。
アイザルトが村を救う選択をした時、こいつらは敵になった。
アンタは、戦いを始めたのよ。
戦いを始めたなら、最後まで責任を取らなければならないわ。
自分と仲間達を守るために、敵を倒す義務がある。
そうじゃない?」
俺は、アルタミラに何も言い返せない。
正しいのは、彼女だ。
それなのに、なぜ、何かに怯えたような顔をしてるんだ、アルタミラ?
「どう、アイザルト、ワタシのことが怖くなった?
ワタシは、人族の姿を取っているだけで、中身はドラゴン。
人族を殺すことなんて、なんとも思ってないのよ。
――中身が人族のままで、人族の世界で暮らしたいと思ってるアンタが、こんなワタシと、本当に一緒に暮らしていけるの?」
こちらを向いて、視線を合わせたアルタミラの眸は、ひどく弱々しかった。
「俺は――」
応えようとした、その時。
突如、探知画面に赤い輝点が表示される。
「そんな、今まで何の反応も無かったのに!?」
街道の北、森の中から、巨大な何かが現れた!
それは、
≪イクシオル≫
種族: バハムート
LV: 941
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【ステータス】
HP : 1100000/1100000
MP : 187820/188000
力 : 992
体力 : 903
知力 : 750
精神 : 612
器用さ: 413
速さ : 345
運 : 75
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【スキル】
・ライトニング LV 100
・ペトロブレス LV 100
・アイスブレス LV 100
・ファイアブレス LV 100
・トルネードブレス LV 100
・念話
・人化
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【魔法】
・光魔法 LV 100
・地魔法 LV 87
・水魔法 LV 93
・火魔法 LV 100
・風魔法 LV 100
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【属性】
光
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【耐性】
光・火属性の攻撃無効
魅了・麻痺・石化・睡眠の状態異常無効
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【加護】
光神
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純白のバハムート。
アルタミラの竜型の時の姿と瓜二つな、巨大な神竜の姿だった!