第22話 脇役になったった
俺達を残して飛び去ったアルタミラを追って、2Dの探知画面で青い輝点を探しながら、アイギスの街へと急ぐ俺とカゲミツ。
「おとーさん、ママなら心配要らないですよ。
私達を見捨てるようなことは、絶対ありません。」
「俺もそう思うよ。でも……」
今まで、何となくお互いに相手のことを分っているのだと思っていた。
だが、今、俺にはアルタミラが何を考えているのか分らないし、アルタミラは俺が理解できないと言っている。
すぐ再会したからと言って何と言っていいのか分らないけれど、時間をおけばおく程、会った時に言葉を掛け辛くなりそうだ。
すれ違いを解消するために、一刻も早く合流したい。
ただひたすら、アイギスへ。
だが、先を飛んでいる筈のアルタミラの存在を探知することなく、俺達はアイギスの南門に着いてしまった。
未明の早朝、いや、まだ深夜といって良い時間帯。
門の前には、いくつかの天幕や馬車が、焚き火をしながら並んで列をなしている。
行商人や巡礼者、冒険者達。
昨夜の門限までに着くことが出来ず、ああして朝の開門を待っているのだろう。
街の中を探知すると、たくさんの黄色い輝点に交じって、2つの青い輝点があった。
アルタミラでは無い。
冒険者で元騎士のマウザーと、ドワーフの女戦士ブレタだ。
野営中ならいざしらず、街中でこの時間なら就寝中だろうし、外壁を飛び越えて彼らに会いに行ったところで、アルタミラの情報を知っているはずもない。
お邪魔するのは遠慮しておくことにする。
自由行動、なんて言ってたけど、アルタミラは一体どこへ行ったんだ?
……彼女の存在が傍らに無いことで、これほど自分が不安を感じるとは。
「カゲミツ、何だかイヤな予感がするんだ。」
「イヤな予感、ですか?」
「このままだと、二度とアルタミラに会えないんじゃないか、って気がするんだ。
おかしいかな、ちょっと離れたぐらいで、こんな不安になるなんて。」
カゲミツはふるふると首を横に振って、切れ長の眸で俺の目を覗きこみながら言った。
「会いたいなら、探しにいきましょう。
ママだって、本当は、後を追って来て欲しかったんじゃないでしょうか?」
そう、だったのか……な?
「よし、これから戻ってアルタミラを探しに行こう。
行き先とか、心当たりない?」
すこしうつむき加減に、言い淀むカゲミツ。
「……集落を襲っていたヒューム達を追っていったのかも?」
そうか!
俺がやるべきだったのに、出来なかったこと。
俺達の、そして獣人の集落の人達の安全を守るなら、あの騎士達を帰してはいけなかった。
それを、代わりにやってくれるつもりだったんだ、彼女は。
「……きっとそうだ。 急ごう!」
アイギスの南門前に集まる人々に気取られないよう、街道を徒歩で走って離れたところで飛翔する。
獣人の集落から最寄りの転移石が設置された村まで、徒歩3日の行程という話だった。
転移石には人数制限や重量制限があるらしく、騎馬の類は一緒に転移できないらしい。
神殿騎士達は、集落の東側の門を出て、そのまま道なりに歩いていったのだ。
行軍速度は大したこと無いはず。
一旦獣人の集落付近まで戻り、そこから東へ向かおう。
辿り着く頃には、神殿騎士達の殲滅は終わっているだろう。
アルタミラに会えたら、謝るべきなのか、礼を言うべきなのか、考えても分らない。
それよりも、早く、彼女に、会いたい。
それだけを念じて、まだ暗い空を駈けた。
アイギスの貴族街と平民街の境目にある、石造りの神殿。
ガイエナ諸王国の光神教団の中枢にして、教団の総本山でもある光神神殿――『アストラルパレス』。
その尖塔の一つにある教皇の寝室で、抱き合う裸の男女。
男は渋み掛かった金髪の美丈夫。
女は、まだ少女と言っていい、幼さの残る顔立ちながら、妖艶な笑みを浮かべている。
「アレがそうなのね?」
「間違い無いな、聖属性を持つ、人と竜の合いの子だ。
出来そこないめ。」
「あの暗黒竜、意外にしぶとかったのね。
卵を孵す前に力尽きるのは確定だったはずなんだけど。」
「やはり、詰めが甘かったようだ。
『暗黒魔竜のねぐら』で仕留められなかったのがな。」
「どうするの?
後を追う?」
「聞かれるまでもない。
見つけた以上、追って殺す。
愛理、お前も来い。」
男は、素肌の上に司祭のローブを被っただけで、窓辺に立つ。
少女は、瞬時に完全武装していた。
ミスリルのチェインメイルにガントレッド、革のズボンに腿までのグリーブ、背中には竜革のマント。
そして、腰には一振りの刀。
「準備出来たわ。
行きましょうか?」
少女が抱きつくと同時に、金髪の男はふわりと夜空に舞った。
遡ること、数刻。
光神教の神殿騎士達の一行が、転移石のある村を目指し、森の中の街道を行く。
先頭を含む何人かの者は、槍を手に、光の基本魔法『ライト』で浮遊する光球を作り出し、周りの闇を照らしながら進む。
エリートである彼らの中には光属性の者が多い。
聖魔法のヒール程の回復量は無いが、回復魔法である光魔法の『ムーンライト』、水魔法の『アクエリアス』などを使える者が数人おり、有る程度の傷は回復することができた。
致命傷や重症の者が一人も居なかったことが幸いし、行軍速度を妨げる怪我人は居ない。
むしろ、武器・防具を剥ぎ取られたおかげで身軽となり、往きよりも速度が上がっているのが皮肉だ。
「あのいまいましい風神教徒め。
首都の風神教会にねじ込んで、破門させたうえで拘束してやる。」
小隊長の巨漢、ワルター・フォン・ヒンデンブルグは、心の中でふざけた天狗面の男への復讐を誓っていた。
「風神の格別な加護によるものか、剣も槍も効かなかったが、破門させてしまえば奇跡の御技も及ぶまい。」
ワルターもひとかどの武芸者として、腕に覚えのある男である。
天狗面の下がどのような顔かは知らないが、体型や体の動かし方のクセは目に焼き付けた。
加えて、あの黒髪。
この国に、黒髪の者は少ない。
街道沿いの関所で片っ端から黒髪の男を拘束すれば、必ず見つけ出すことができるだろう。
近寄れば虚空から剣や槍を呼び出して攻撃されたが、魔法での攻撃は受けなかった。
補助系の魔術師を揃え、『スタン』や『バインド』などの魔法で動きを封じて縛り上げてやり、そのまま風神教会に引っ立てて破門させれば、もはや何の力もないただの貧弱な平民に過ぎない。
「貴族であり、栄えある光神教の神殿騎士である我らを愚弄した罪、どうやって償わせてやろうか。
――あっさりとは殺すまい。
回復させながら、ありとあらゆる拷問テクニックを駆使して嬲り尽くしてやる。」
悲鳴を上げ、泣き叫んで許しを乞うあの男の姿を想像し、股間を膨らませるワルター。
相手の性別を問わず、加虐することに性的興奮を覚える真正の嗜虐趣味者だった。
「そうだ、あの妙なスキルのことを吐かせねば。」
小隊50人、ほぼ全員の武器・防具を奪って消し去り、奪った武器を虚空から呼び出したスキル。
アイテムインベントリのスキルは、ごく稀に使うことのできる者が存在するが、薬や貴金属など、ごく少量かつ軽量な物しか持ち運ぶことができない。
そもそも、自分の魔力を通し刻印した物、つまり自身の所有物でなければ収納できないはずだ。
それなのに、現に他人が装備している品、それも50人分の武装を収納できるとは。
「あれは風神教が秘密裏に編み出した秘術なのか?」
何より重要なのは、あのスキルの秘密を暴けば、転移石の重量制限に意味が無くなる事だ。
糧食に武器弾薬、これらを気付かれずに首都に持ち込めるなら、各地の神殿騎士団を平民の姿で首都に呼び集めて武装蜂起させ、現在首都で開かれている諸王国会議を制圧する――すなわち、クーデターも夢ではない。
風神教団に先を越されないうちに、我が光神教団が事を起こすべきだろう。
駄弱な諸王共を誅殺し、光神教団がこの国を導くのだ。
その暁には、功労者であるワルターが神殿騎士団のトップに立つことだろう。
現在の名ばかりの騎士団長――異界からやってきたという触れ込みの少女、教皇の覚えが目出たいだけの肉人形――よりも、武勇に優れ、3男とは言え名門に名を連ねる貴族の出である自分こそが、神殿騎士団の長に相応しい!
その時には、あの華奢な少女を自分専属の従卒として、日夜嬲ってやろう。
股間を膨らませつつ、未来の栄光、というか妄想に相好を崩すワルター。
不気味な笑顔だが、周囲の部下達は、誰も突っ込もうとしない。
機嫌を損ねれば、何をされるか分らないのだ。
枯れ木を折るように首の骨をへし折られた従卒は、一人や二人ではない。
部下達からは、密かに「オーガの血が混じってんじゃねぇか?」と言われている彼だが、人間を捕食するとは言え、庇護下にある同族には細やかな愛情を見せるオーガよりも、些細なことで部下さえ殺してしまうワルターの方が、或る意味よほど凶暴であった。
そんなワルターであったが、武人としては神殿騎士団の小隊長を務めるのに相応以上の実力を備えていた。
突如、背後から突風が上空を吹き過ぎると、
「むぅ?
……近辺の街道沿いにモンスターが出るとは聞いていないが?」
部下達の誰よりも早く、異様な殺気を感じ取った。
従卒に持たせているのは、負傷者の足から引き抜いた騎士剣である。
奪い取るように剣を手に執ると、叫んだ。
「抜剣せよっ、敵だ!
先頭は何をしておる、前方を照らせ!」
全員分の武器は無いが、負傷者の手足に刺さっていた剣や槍、20数本を、各々が手にとり、隊列を組んで身構える。
素手の者も、『ライト』で照明を当てる者、火の攻撃魔法を詠唱準備する者、投石用の石を拾う者など、それぞれが援護の役割に回る。
複数のライトに照らされ、前方の街道が真昼のような明かりに照らし出されると、50タルほど前方に、一人の女が立っていた。
背中の背嚢に短弓を括りつけ、腰に短剣と矢筒を下げている。
ハンターか斥候役の冒険者、と言ったいでたちだ。
女は武器も構えずにこちらを見ているが、
「……1人だけか?
囮かもしれん、伏兵に注意!
周囲の警戒を怠るなっ!」
ワルターは油断せず、周囲の気配を探りながらも女への警戒を緩めようとはしない。
自分達は今、板金鎧を着ていない。
女の細腕で引く短弓といえども、致命傷を受ける可能性はある。
「半径50タル、あの女以外の敵性反応はありません!」
『気配察知』のスキルを持つ斥候の部下が報告すると、ワルターを除く隊員達の空気が弛緩する。
街道から50タル(50m)以上離れた森の中に埋伏の兵が居たところで、木々が遮蔽物となって弓や魔法による正確な狙撃は不可能だ。
唯一警戒すべきは範囲魔法を使える高位の魔術師だが、そんな稀少な人材は宮廷魔術師や高ランク冒険者として名が売れており、滅多な犯罪に手を貸すマネはしないだろう。
「おーい、そんなとこに突っ立ってないで、俺達としっぽり楽しもうぜ?」
「ケダモノ相手の後の、口直しといこうか。」
「武器を捨てて服を脱いで股を開きな!そうすりゃ天国にイかせてやるぜ!」
口笛を吹いたり、野卑な言葉をがなりたてる隊員達。
女はその言葉に従う気なのか、短弓を括りつけた背嚢を下ろし、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
小隊の20タルほど前方で立ち止まり、傲然と胸をそらし、その場で肩幅に足を開いて立つ女。
ライトの光が照らし出したのは、褐色の肌に、流れるような銀髪、通った鼻筋に濡れるような切れ長の眸、細面だが線の細さよりも気の強さを窺わせるヒュームの美女。
スラリとした長身だが、女性的な膨らみも申し分無い。
「良く見りゃいいカラダしてんじゃねえか?」
「ツラもいいぜ、こいつは楽しめそうだ!」
「おい、服を脱げよ、それとも破かれながらされるのが好きか?」
女の美貌と、簡素な服の上からでも分る肉感的な体つきに、隊員達はよだれを垂らしそうな顔つきで隊列を乱しかけている。
そこへ、進み出たワルターの檄が飛んだ。
「気を抜くな!
こいつは見かけ通りのただの女じゃない。
魔法を放てる者は、詠唱準備!
武器を持つ者は半円隊列にて包囲、合図したら一斉に突け!」
いつもなら率先して女を組み敷いたであろうワルターが、真剣な表情で攻撃の命を下す。
隊員達も、遅ればせながら女の姿に違和感を抱く。
暴力と性に餓えた男達の前に姿を晒しているというのに、怯えるどころか緊張している気配すらない。
いや、そもそも、こんな時間にこんな場所で、女一人で何をしている?
そして、まるで虫けらを見るかのような、冷酷な瞳。
隊員達に生じた疑念が警戒心、いや、軽い恐怖心に変わる。
中断していた詠唱を再開する者、剣を手に包囲に回る者。
小隊全体の空気が変わったのを見て、ようやく女が口を開いた。
「やっとその気になってくれたわね、さっさと掛かってきなさいよ。
固まってるところをいきなり焼き払った方が楽なんだけど、一応、そっちから襲ってきたことにしとかないとね。
……アイツに嫌われたくないもの。」
アルタミラの脳裏に、ヒュームに騙されそうになって街ごと焼き払った話をした時の、アイザルトの顔が浮かぶ。
口では非難しなかったが、困ったような、悲しんでいるような、微妙な表情を見せた彼。
前の世界で人族だったアイザルトは、人族を殺すことに抵抗があるようだった。
目の前の連中にすら、止めを刺せなかったくらいなのだ。
アイザルトのために、こいつらを生かして返すわけにはいかない。
それも、ドラゴンの力を使わずに、だ。
(使役するドラゴンの身の安全のために、力を使うな、か。)
とんでもない甘ちゃんだが、そんな彼を軽蔑することはできなかった。
アイザルトが、彼なりの拙い表現で、自分達を愛していることは疑いようがなかったから。
例え嫌われることになったとしても、彼の剣である自分が、こいつらを抹殺しなければならない。
そう思いつつも、言い訳が欲しくて、ここまで手を出せなかった。
わざと相手に気付かせて、「相手から攻撃を受けて反撃した」――それが彼女の考えた言い訳だったのだ。
「頭がおかしいのか、一体何を言っている?」
ワルターは相手が女だからと言って油断はしない。
しかし、魔法や弓での遠隔先制のチャンスをみすみす棒に振り、ろくな防具も無しに近接での多対一など、どれほどの達人でも正面から闘って勝てる状況ではないはずだ。
それなのに、相手の放つ気配は圧倒的な強者のもの、そのプレッシャーと冷酷なまでの殺意は見間違えようも無いものだった。
わざわざ弓を置いてきた以上、ショートソードのみで闘うつもりのようだが、体格からして、筋力に恵まれているようには見えない。
スピードを生かした体裁きと攪乱系の魔法が得意なのだろうか。
しかし、彼我の距離は20タル。
足運びや体重の移動を見逃さなければ、ショートソードの届く間合いにすら入ることなく女は倒れるだろう。
「魔法、放て!
着弾と同時に斬りかかれ!」
「破壊の炎よ、敵を穿つ矢となりて疾く行け、――『フレイムアロー』!」
「凍て付く氷よ、彼の者を縛る鎖となれ、――『アイシクルバインド』!」
「小さき石塊よ、螺旋を纏いて敵を貫け、――『ストーンバレット』!」
詠唱の完成と同時に、包囲していた騎士達も武器を振りかざして突進する。
だが、複数の魔法が撃ち抜き、槍が突き込まれ、剣が振り下ろされた空間には――、
つい先ほどまで立っていた女の姿は、転移魔法でも使ったかのように掻き消えていた。
「どこだ、どこに転移した?
魔法の詠唱は無かったはず――ぅぐ!?」
視線を下ろすと、いつ懐に入り込まれたのか、胸のあたりに女の銀髪が見える。
ワルターの右腕は、肘から先が無くなっていた。
剣を握りしめた腕ごと、引き千切られていたのだ。
女の細腕で。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁあ、ぐ、ごふっ」
女の右手が、ワルターの腹に、ぞぶり、という音と共に無造作に突き入れられると、腸を掴んだ腕が引き抜かれる。
「正直言って、アンタ達なんて、まともに相手する価値も無いわ。
でも、ワタシのツレに手を出した奴らは、生かしておけないの。
生かしておくと、後々まで祟りそうだしね。
――ここで、死になさい!」