第21話 教祖様になったった
念話で呼び寄せたアルタミラは、ひどく真剣な眼差しで俺を見詰めている。
その瞳には、深く静かな怒りが秘められていた。
「ねぇ、アイザルト、どうしてあんなことをしたの?
無関係なことに首を突っ込んで、一人であんな無茶なマネしたうえに、ヤツらを全員見逃すだなんて。
一体なにを考えてるの?
……ワタシ達が納得できるように説明してくれるかしら。」
確かに、説明しなきゃいけない事だ。
「見過ごしたくなかったんだよ、弱者が、ただ弱いからというだけの理由で強者に蹂躙されるのを。」
……元の世界で、俺も『弱者』だったから。
「それだけの理由?」
「そのことについては、詳しく話せないんだ、ごめん。」
「まぁいいわ。
それじゃ、あいつらを見逃したのは?」
「あいつらは、ここの集落の人を虐殺するのが目的だったみたいだし、目的を果たしたって言ってたから、上司にそういう報告を入れさせておけば、もう来ることも無いだろうと思って。
下手に殺せばあいつらの仲間が来るだろうし、生かして返した方がいいかな、と。」
「本当に、それだけ?」
「――いいや、そうじゃない。
怖かったんだ、……人を殺すのが。」
剣や槍をやつらに刺した時、自分の腕の力で突いたわけではなく、自然と相手の体を貫く位置に手を置いて、装備アイテムとして出現させたのだが。
――致命傷になる場所に出すことが出来なかったのだ。
「それに、ただでさえ人じゃない種族に生まれ変わったのに、怒りや憎しみの赴くままに人を殺すようになれば、ますます人だった頃の自分じゃなくなってくんじゃないかって。」
肉体に引きずられて、心まで魔神になってしまったら。
「それなら、ワタシに命じればいいじゃない。
何のためにアンタに角を捧げたと思ってるの?
ワタシはアイザルトの剣なのよ。
アンタに出来ないなら、ワタシがやれば済むことじゃない!」
「自分が手を汚せないからって、アルタミラにやらせるなんて、卑怯じゃないか。
それに、アルタミラが力を使えば、暗黒竜の巣窟でドラゴンを虐殺した――アルタミラ達を殺した奴らに、生きてることがばれちゃうよ?
俺は、もう一度アルタミラがあんな死に方をするの、見たくないんだ!」
次の瞬間、パシンッ、という乾いた音が俺の頬で鳴った。
「アンタはワタシを何だと思ってるの?
ワタシはドラゴンなのよ!
ワタシ達と幸せに暮らしたい、とか言ってたけど、ドラゴンの力を封じてコソコソと隠れ暮らすのが、ワタシ達にとって、本当に幸せだと思ってるの!?」
頬を張られたことより、言葉の方が痛い。
俺は、自分の独り善がりで小市民的な願いを、彼女達に押しつけてしまっていたのか。
「それに、ワタシがやられた時は、カゲミツの卵を護ることが最優先だった。
今なら、むざむざとやられたりはしない!
アンタは、自分のドラゴン(ワタシ)の力を信じられないの!?」
「違うんだ、そんなつもりじゃ……」
「アンタがワタシの力を必要としないなら、傍に居る必要無いわよね?
しばらく単独行動を取らせてもらうわ!
――アイギスの酒場で落ち合いましょう。
カゲミツは通訳でもしてやりなさいな。
じゃあね、アイザルト、カゲミツ。」
そう言い残し、アルタミラはさっさと浮遊し、飛び去った。
「待ってくれ、アルタミラ!」
すぐにでも後を追いたいが、この村の人達を蘇生せずに行ってしまうのは、あまりに無責任だ。
まだ火の消えぬ集落を見回すと、VR画面に若干の黄色い輝点――生存者が居ることが分る。
生き残った村人達は、俺に対して警戒していた。
あれだけ剣や槍で斬られたり突かれたりしたのにピンピンしているし、天狗面と皮のブーツだけというほぼ変態の姿で騎士達の周りをスキップする所を見られていたのだから、まともな人族だと思われないのも仕方ない。
天狗面を外すと、カゲミツに預けてあった背嚢から平民服の気替えを出して着る。
ベルトを斬られたはずみに落としたナイフも拾っておく。
殺された村人達を蘇生するために、俺の念話とカゲミツの公用語で、生存者に協力を呼び掛けた。
俺とカゲミツ、若干の生き残り達で、村の中央へ死体を集める。
並べられた40人以上の死体の中央に立つと、聖魔法の『リジョネーター・フィールド』を展開。
この魔法は、そのフィールドの内部にいる者のHPを、少量ながら常時回復し続けるものだ。
致命傷を負った体にリザレクションを掛けてもすぐにまた死んでしまうし、魂が戻った瞬間を狙ってヒールを掛けるのは、時間差、というよりほぼ並行して二つの魔法を使う必要がある。
聖魔法のLVが高いだけで、魔法の使い方に習熟していない俺には至難の業なのだ。
その点、リジョネーター・フィールドは発動後しばらく自動的に効果が持続しているので、ヒールを掛けるのは後回しにして、リザレクションだけ掛けて回ることができる。
複数の人間を蘇生する時は、もってこいな魔法だ。
俺がリザレクションを掛けると、激痛に呻きながらも、息を吹き返していく人達。
最初は、アンデッドかもしれない、と怖々見ていた生存者達も、蘇生した者達と言葉を交わして本人であることを確認すると、抱き合って喜んでいる。
ほとんどは蘇生できたのだが、2人蘇生できなかった。
一人は、燃やされて完全に中まで炭化した死体。
年齢も性別も分らないくらいだ。
もはや、魂の器となる肉体として機能しないのだろう。
リザレクションを掛けても素通りする感じで、何度掛けても反応が無かった。
もう一人は、胸を刺された老婆。
肉体はそれほど破壊されていないのに、呼びかけに応える魂がいないようだ。
寿命だった、ということだろうか。
上限LVの聖魔法でも、蘇生できないこともある、ということのようだ。
しかし。
母親らしき女性にしがみついて泣いている少女。
胸に抱いた赤子に頬ずりしながら、涙を流している若い母親。
しっかりと抱き合い、お互いの体を確かめている夫婦達。
友人らしき者と肩を組んで喜び合う男達、女達。
老人に縋りついて泣く少年と、目を細めて少年を見降ろす老人。
俺のやったことは自己満足の偽善かもしれないけど、ここに流れる安堵の涙と人々の顔に浮かぶ歓喜の笑みは本物だ。
この村の人々を蘇生できたことだけは、絶対、後悔しない。
人々が落ち着いてきたところで、範囲回復魔法の『ワイド・ヒール』を掛けて全員のHPを回復した後、念話で話を聞かせて欲しいと呼び掛ける。
大男の騎士に喉を刺された青年と、垂れ耳の村長らしき人物が進みでて、俺の前で平伏した。
村長の言葉を、青年が念話で伝えてくれる。
< 私共の命を救って戴き、感謝の言葉も御座いません。 >
< 顔を上げて下さい、俺はただの平民の風神教徒です。
それよりも、なぜこの村が襲われたのか、分る範囲で良いので教えてもらえませんか? >
顔を見合わせる村長と青年。
< ガイエナ諸王国の国教である光神教では、獣人を人として認めておりません。
国法による保護もなく、労働する場合も通常より低い給金しか貰えませんが、ヒュームの低所得者からは、低賃金で働き仕事を奪う者として排斥されるのです。
ここは、元々この地方がクヴェルガ国だった頃から住んでいる者を中心に、ガイエナ諸王国の各地から差別や排斥運動で追放された獣人達が寄り集まって開墾した村です。
おそらく、我々を襲撃したのも、ようやく開墾したこの村を我々からとりあげて、ヒュームの困窮者達を移住させることで貧民救済をアピールする、光神教の布教活動の一端だと思います。 >
ってことは、
< じゃあ、ヒュームの移住者達がやってきた時に、あなた達がここに居れば、再び虐殺が繰り返されると!? >
< ほぼ、間違い無く、そうなるでしょう。 >
それじゃ、俺のした事は無意味だったのか?
< 移住者達が来るのは最短でいつですか? >
何か、この会話コルス達ともしたような。
< 神殿騎士達が最寄りの転移石のある村へ辿り着くのに3日は掛かります。
入居者の公募が済んでいたとしても、手続にある程度時間が掛かるでしょう。
早くても10日以上は掛かるものと。 >
< その間に、皆でどこかへ逃げることは出来ませんか? >
老人は、ため息をつきながらゆっくりと首を横に振る。
< どこへ逃げろというのです?
北には首都アイギス、西と南には既存の集落が点在しています。
ここより東で現存の集落が無いのは、『魔の森』と呼ばれる、凶暴なモンスターの生息する地域だけです。
最近、魔王復活が近いと言われ、モンスター達の動きも活発化しております。 >
< 獣人差別の無い他国はどうでしょう? >
< 西の『神聖ノトス帝国』は、獣人であっても兵役を務めあげれば帝国民として認められるそうです。
しかし、ガイエナ諸王国の敵に回る訳ですから、国境を通しては貰えないでしょう。
帝国との国境沿いにあるトルメク、イスハン、どちらも獣人の出入りには神経を尖らせているそうです。
東の『商業都市国家連合ギリーク』では、獣人であっても人頭税さえ払えば市民として認められますが、魔の森を抜けるのは自殺行為です。
ガイエナ諸王国内の北部を迂回する、ポゴーダ男爵領を抜けるルートであれば辿り着くことも可能ですが、男爵の発行する通行証が無ければ、途中の関所で拘束されるだけです。 >
ん、ポゴーダ男爵とな!?
ブティック・かつをのパトロンって話じゃなかったっけ?
< その男爵の知り合いに会えるかもしれないんですけど、通行証ってどうすれば貰えるんでしょう? >
< さて、私共では分りかねます。
貴族様の紹介などがあれば、或いは。 >
これは、コルス達の知恵を借りた方が良いだろう。
それに、アルタミラに早く追いついて合流したい。
彼女の怒りを解くことができるか分らないけど、お互いが何を考えているのか、もっと話し合う必要があると思う。
< 俺達は、一旦アイギスへ行って、何か方法を考えてここへ戻ってきます。 >
アルタミラとカゲミツの力で、魔の森を突っ切ることも視野に入れよう。
せっかく蘇生した人達を、むざむざ殺されたくは無い。
< お待ち下さい、聖者様。
夜も更けてございます。
燃え残った家もございますので、せめて一晩の宿を提供させて下さい。 >
あれ、また聖者?
まぁ、乗っかっておくかな。
< 俺のことは、出来るだけ内密にお願いします。
連れが先行してますんで、早く追いつかないと。
道中のことはご心配無く。
俺達には、『翼』がありますから。 >
天狗面、高下駄、団扇の3点セットを装備し、現れる白銀の翼!
この人達に隠しても仕方が無いからなぁ。
カゲミツに抱き付かれ上昇していく俺に向かって、手を合わせて拝んでいる村人たち。
何か、変な新興宗教の教祖様になったような気分だ。
正直、やめて欲しい。
俺達は、アルタミラを追って、北のアイギスを目指し夜空を飛翔した。