第20話 信者になったった
雲海の上を、星明かりに照らされながら、北東にあるアイギスの街を目指して飛ぶ。
高度は3000m以上あるだろう。
翼のフィールドに守られて風は遮られているものの、気温がかなり低いので、カゲミツが火の基本魔法のファイアを出し、それにアルタミラが風の基本魔法ウインドを掛け合わせて合成魔法の『熱風』を発動させ、フィールド外縁を巡らせている。
これで内部はぬくぬくだ。
この世界の夜は人工の光が無いうえに、大気も汚されていないので、星の光が凄い。
ちょうど月の出ていない夜だったこともあり、満天の星に、手を伸ばせば届きそうな錯覚さえしてしまう。
元の世界でこんな星空を見ようと思ったら、南洋の孤島か、高山の秘境にでも行かなければならないんじゃないだろうか。
もっとも、星に詳しくないので、今見ている夜空が元の世界で見上げていた夜空と同じ宇宙なのかどうか分らないけど。
アルタミラは、俺の左側に抱き付いて、背嚢から酒の入った水筒を取出し、星空を肴にちろちろと舐めるように飲んでいる。
カゲミツは、右側に抱き付いて、発動したファイアを途切れさせないように集中している。
熱風に合成されたことで、肉眼で火が見えない状態なので、火加減は消費魔力で調節するしかないのだ。
皆が黙りこんでいるものの、気づまりな感じはしない。
この物凄い星空の下にいると、美しさに感動しながらも、決して手の届かない星の世界から拒絶されているような孤独感も憶える。
そんな中、両隣りに感じる体温は、物理的な温かさだけでなく、心の内側まで暖めてくれる温もり、大切な家族の温度だった。
探知スキルの2D画面で、地表の様子を確認しながら飛び続ける。
途中、2D画面上にいくつかの集落を見かけたが、アンケロ村と大差の無い規模だった。
雲の下にあるので直接見ることはできないが、黄色い輝点が集まっているのでそれと判る。
この世界の村の規模は、数十人から数百人といったところだろうか。
夜なので、活動している者はほとんどいない。
そんな中、妙な集落を見付けた。
夜だというのに、ほぼ全員が活発に動き回っている。
黄色い輝点は、村の中央と、それをぐるりと囲む集団との二つに分かれている。
一体、何だろう?
夜祭りでもやっているのだろうか?
「ねぇ、アルタミラ。
人族の集落では、この季節に夜祭りとかやるところあるの?」
「収穫祭や年越しの祭りならともかく、この時期にはあまり聞いたこと無いわね。」
ちょっと好奇心が沸いてきたな。
「少しだけ寄り道してもいいかな?
雲の下に降りて、見てみたいんだ。」
「このペースなら早朝にはアイギスに着くわね。
余裕もあるんだし、いいんじゃない?」
「はい!
カゲミツも人族のお祭りを見てみたいです。」
俺は速度を緩めると、雲の下へ降下するコースをとった。
真っ暗な雲の中を突き抜けると、前方下に明るい集落が見えてくる。
盛大に火を焚いている、のか?
高度を下げるに従って、肉の焦げるイヤな臭いが。
「これが、人族の祭りなのでしょうか?」
いや、違う。
これは……、
「人族の集落が、襲撃を受けているんだ!」
襲ってきたのは魔物か?
高度を下げていくと、中央に集められた村人と、それを囲んでいる武装集団――統一された装備に身を包んだ、人族の兵士?たちが見えてきた。
他国から侵入した私略兵団か?
しかし、このあたりは、国境からは遠いはずだ。
盗賊や傭兵崩れの野伏せりにしては、装備が整い過ぎている。
この国の兵士だとしたら、何故この国の民間人を焼き討ちに??
雲に星明かりが遮られているので、こちらに気付かれる心配はあまりしていないが、炎の明かりが届かないよう、一定の距離を保って様子を伺った。
民家には火が掛けられ、倒れた死体が燃えている。
数人の兵士が、若い女を引きずり倒し、押さえつけてのし掛かっている。
跪いて命乞いをする母親が、胸に抱いた幼児ごと串刺しにされている。
逃げようとする老人が、後ろから首を斬り飛ばされる。
倒れた老人に縋る少年が、頭をスイカのように斬り割られる。
俺は、耐えきれなくなって、集落から少し離れた地上へ降りると、天狗面を外して盛大に嘔吐した。
「イヤなもの見ちゃったわね。
胸クソ悪いわ、さっさと行きましょうよ。」
雲の上の美しい星の世界と、雲の下の醜くて残酷な世界。
あまりのギャップに、そして目の前で奪われる命の軽さに、ただ吐き続けることしかできなかった。
「げぇっ、なんで、ぅぐ、あいつら、あんなことを?」
「さあ?
ヒュームはそういう種族でしょ?
身を守るためか、命を繋ぐ糧を得るためにしか、命を奪うことをしない種族の方が多いんだけど、ヒュームは同族同士でよくあーゆー争いをしてるわね。」
「大丈夫ですか、おとーさん?
カゲミツが、あのヒューム達を焼き払ってきましょうか?」
「人族同士の問題に、下手にクビ突っ込まない方がいいわよ?
ドラゴンにも、魔神のアンタにも、関係無い連中なんだから。」
アルタミラの言うことは正論だ。
俺には何の権利も義務も無い。
だが……、
「二人とも、ちょっとここで待っててくれないかな?
少しだけ、時間が欲しい。
俺の納得行くようにさせて欲しいんだ。」
中身は、平和な日本で暮らしてた大学生のままなんだよね、俺。
そして、中身はヘタレでも、不死身の体と極限LVの聖魔法がある。
前世の俺なら見過ごすしか無かったことでも、今の俺なら何かできるはず。
「何する気なの?」
「おとーさん、カゲミツも一緒に……」
「二人は、俺が呼ぶまで、絶対に姿を見せないで!」
アルタミラとカゲミツの力を、人前で使わせたくないから。
俺の発言に黙り込む二人を後に残し、歩いて集落へと向かった。
団扇を仕舞い、高下駄を皮のブーツに履き替える。
天狗面だけは着けておく。
顔を見られたくない。
集落の入り口に差し掛かると、槍を持った兵士が、こちらに気付いた。
VR画面の中の兵士の姿が、黄色から赤い光に包まれた表示へと変わる。
兵士が声を上げると、周りの兵士達も、全員が敵性表示された。
こちらに武器を向け、目をぎらつかせてニヤニヤと薄笑いを浮かべている。
マウザーやコルス達の時とは異なり、こいつらに話し合う余地は無さそうだが。
しかし、一応虐殺を止めさせる努力をしよう。
滅多刺しにされた子供の死体を見て、怒りで腕がプルプル震え、嫌悪感で血の気が引いていく。
だが、最初から喧嘩腰では話ができない。
怒りを抑え、出来るだけ冷静に、念話を対象未指定で飛ばす。
< 私は、この村に用あって立ち寄り、村の異変を察知して様子を見に参った者です。
あなた方は、野盗山賊の類ではなく、立派な騎士様方とお見受けしました。
どなたか念話を使える方がいらっしゃるなら、なぜこのような非道なマネをなされるのか、ご説明願いたい。 >
顔を見合わせる兵士達。
村の中央に居た大柄な男がこちらを向いて手招きすると、二人の兵士が俺に槍を突き付けてきた。
大男の下へ歩いて行け、ということだろう。
近付いてみると、大柄な騎士の身長はマウザーと同じくらいだが、腰周りや肩幅はマウザーの倍ぐらいある。
相撲取りのような巨漢だった。
この男が隊長格か?
< 我らは栄えある光神教の神殿騎士団であるっ!
この紋章を見れば一目瞭然であろう?
見たところ、風神教のゆかりの者のようだが、その姿、司祭でも貴族でもあるまい。
ただの平民に、国教である光神教の教えに従う我らを咎めだてする資格などないわっ!
まず面をとって、自身の口で貴族への礼節を尽くすがいい! >
天狗は風神ティタンダエルと関係がある、って認識されているんだな。
自称風神の天狗には二度目の人生を与えられた恩があるが、魔神にされた恨みもある。
この世界の風神教の人達には悪いが、俺がやらかすことは、風神に責任を押し付けておこう。
< 故あって仮面は外せません、ご容赦を。
それよりも、確かに司祭では無いとはいえ、私も風神の教えに従う者。
この非道な振る舞い、到底見過ごしにはできません。
戻り次第、我らの神殿に報告させていただくが、よろしいか? >
< 非道だと?
笑止!
一体何を言っておる。
我らはただ犬人鬼の集落を討伐しているだけのことよ。 >
大男は、笑いながら足元に転がる少女の死体を蹴りつける。
衣服を剥がれ、うつろな目を見開き手足を投げだす少女の両足の間には、犬のような尻尾が生えていた!
良く見ると、耳も、尖って毛の生えた、犬のような耳だ。
しかし、顔や体つきはどう見ても人間。
これがコボルト、だって?
その時、一人の村人が立ち上がって念話と共に叫んだ。
< 違う!
俺達はモンスターなんかじゃない、ただの犬系の獣人だ!
かつて、ここがクヴェルガ国だった頃は、正式な国民として認められていた!
俺達は――人なんだ! >
次の瞬間、大男が足音も立てずに一足で犬耳の青年に近寄ると、いつ抜いたのか、右手に持つ騎士剣で青年の喉を貫いた!
< 全く汚らわしい。
尻尾の生えたケダモノが、人族だと?
我ら光神教の教えでは、人族はヒューム、エルフ、ドワーフまでと定められておる。 >
青年の喉から剣を引き抜くと、その死体に唾を吐きかける大男の騎士。
< おぬしも、平民とは言えヒュームの端くれであろう。
ケダモノに肩入れなど、無用なマネはせず、疾く立ち去るがいい。 >
こいつら……、
< ケダモノは、お前らだろうが!
神が、獣人を殺せと命じたか?
獣人を犯せと命じたか?
お前らが自分達の醜い欲望に従うために、神の名を持ち出しただけだろうが!? >
< 邪悪な者を滅するのは、神の御心に従う行為よ。
……このあたりは、危険なモンスターどもがうろついている。
旅人の一人や二人、死体も残さず消えたとしても、誰も不審には思うまい。 >
そう言うと、大男は巨体に似合わぬ素早い動きで、俺に向かって剣を突き出した!
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そして、全裸の俺の目の前には。
インナーだけの姿になったむさくるしい神殿騎士達が、或る者は腕に、或る者は太股に、剣や槍を生やして呻いていた。
< 馬鹿な、なぜ死なん、あれだけ突かれ斬られたというのに!? >
大男に剣を突き立てられた瞬間、俺は剣に手を添えて、「収納!」と叫んだ。
続いて、驚愕している大男の盾、鎧、冑、小手、具足、短剣など、全て収納してあげたのだ。
その後も、同じ作業の繰り返し。
頭に血の昇った大男の「斬れ!斬れ!」という言葉に、兵士達が一斉に襲いかかってきたが。
ザクッ。――ぐふっ、「収納!」
ドシュッ。――いてぇ、「収納!」
スパッ。――っう、「収納!」
……
中には火魔法のファイアアローで攻撃してきた者も居たが、俺のチート耐性で無効化され、燃えたのは既にズタボロになっていた服だけである。
矢を射ってきたのも、すべて収納。
結局、MPが切れ矢の尽きた者達も、接近してきたところを収納スキルで装備を剥ぎ取ってやった。
顔を真っ赤にして怒り狂う騎士達は、俺を取り押さえようと掴みかかってきたが。
収納スキルで奪い取った武器を一旦装備してから仕舞い、近寄った者や組み付いた者に何も持っていない手を近付けて、アイテムを亜空間から呼びだして手に装備させると、間合いが読めないせいか、面白いように刺さる、刺さる。
結局、50人の騎士達の半数が、手足を負傷して行動不能に陥った。
< いや~、こういうのが神の加護ってやつっすかね~。
傷一つしちょりませんわ、デュフフフフ。
で、あなた方、光の神の加護とかどうなってるんでしょうか~?
仮にも神殿騎士と名乗った方々が、司祭でもない平民の一信者の俺に、全く歯が立たなくって、恥ずかしくないんですか~?
今どんな気持ち?
ねぇねぇ、どんな気持ち? >
渾身のウザ顔で、ぶらぶらさせながら、連中の周りを跳ねまわる全裸の俺。
それを見ながら、為すすべもなく立ち尽くす大男の騎士。
< キサマッ、我らの剣を返せ! >
俺を殺そうとしたくせに、何言ってんだこのオッサンは。
< では、こちらにいらして下さい。
胸板かどてっ腹か、筋肉の詰まった頭か、好きなところにブチ込んで返してやんよ! >
< 我らをここまで愚弄しおって……!
憶えておけよ!
風神教の総本山にねじ込んでやる!! >
俺は名乗ってもいないし、顔も面で隠しているし、肉声も発していない。
見当違いの風神の神殿に文句を付けても、俺まで辿り着くことは無いだろう。
悪いね、風神教の皆さん。
恨むなら自称風神の天狗系公務員を恨んでね。
< この地のケダモノどもは粗方狩り尽くした!
目的は達したのだ、撤収するぞ。 >
退却じゃなくて撤収か。
ものは言い様だな。
動けない者に肩を貸して撤退していく、インナー姿の神殿騎士達。
アルタミラとカゲミツに頼めば簡単に全滅させられる相手だろうが、それをするつもりは無い。
彼女達の力が行使された痕を残したくないし、獣人達の虐殺に成功した事実を記録に残しておいた方が良いからだ。
俺は、念話でアルタミラ達を呼び寄せると、村の人々の蘇生に取り掛かったのだった。