第19話 空の旅人になったった
アイギスの街へ出掛けることにした俺達。
とは言っても、コルスやシグのように、転移石を使うことはできない。
転移石の使用は国の厳重な管理下にあり、身元の保証された者が、所轄の行政官もしくはこれに準ずる者の許可を受けない限り、転移石を起動してもらえないのだ。
ギルドに所属すれば身元を保証してもらえるが、加入にはメンバーの推薦が必要である。
そして、コルス達に推薦してもらうには、彼女達が所属しているアイギスのギルド本部に出頭しなければならない。
つまり、転移石に頼らず自力でアイギスに辿り着くほかない、ってことだ。
< 『暗黒竜の巣窟』からアイギスまでの距離ですと、馬車を乗り継いで4日間、徒歩なら2週間ほどになるかと。
北東にあるアイギスまでの直線進路上からは外れますが、一旦、ここから徒歩で2日ほど西にあるアンケロ村まで行って、行商人の馬車に乗せて貰うのが良いのではないでしょうか? >
まぁ、俺達飛べるんで。
< 移動手段については考えがあるので、お気遣いなく。
それより、身分証とか無いんだけど、アイギスへ入るにはどうしたらいい? >
< 警備兵に申告すれば、詰め所で人物照会を行って、犯罪者でなければ仮入市証を交付されます。
念のために、詰め所に行ったら、警備兵のOBで組織される『治安維持協賛会』への寄付を行うといいでしょう。
一人銀貨一枚くらいが妥当です。 >
やっぱりこっちの世界でもあるんだ、そういう袖の下的な何かって。
< アイギスでコルス達に会いたい時は、どこに連絡したらいいかな? >
< シグの実家がアイギスの平民街で酒場兼宿屋を営んでおります。
アイギスの南門を入ってすぐの広場で右に曲がり、3本目の路地、東へ150タルほど進んだところを左に折れ、20タルほど北上したところにある『ステアー親父の満腹亭』という店です。
そこの店主に伝言して戴ければ、連絡が付くようにしておきます。 >
横目でシグを見ると、興奮気味にカゲミツに何かを話しかけている。
相槌を打ちながら楽しそうに話を聞いているカゲミツ。
アルタミラは、俺達の会話に興味無さそうに敷物の上で寝そべっているが、会話の中身はチェックしてくれているはずだ。
< 了解です。
ギルド加入の時はお世話になるんで、よろしくお願いします。 >
今回の食糧や衣服の謝礼として、ブラックドラゴンの爪を4本渡しておいた。
前回のようなカラフルな洋服ではなく、この世界の平民階級の人達の普段着を持ってきてくれるよう頼んでおいたのだ。
コルスに渡そうとしても受け取らないので、シグに渡すと、何か言いながら親指を立てて受け取った。
たぶん「おう、気が利くな!」くらいのことを言っているんだろう。
< それじゃ、コルスもシグも、道中気を付けて。 >
< はい、聖者様も道中お気を付けて。
アイギスでお目に掛かれるのをお待ちしております。 >
シグは、鼻の下を伸ばしてカゲミツに向かって手を振っている。
――分り易い奴め!
シグに向かって、心の中で「早くお帰りやがり下さい!」と念じていると、カゲミツが近寄ってきて囁いた。
「心配しなくても、私が大好きなのは、おにーちゃんだけだよ!」
はぅぅ。
どこで憶えた、そんなスキル!?
俺は今、猛烈に充実しているっ!(下半身が。)
次の瞬間、背中に柔らかい膨らみが押し付けられ、俺の首と胴にしなやかな腕が巻き付けられる。
「アイザルト、どうしてココがこんなことになっているのか、釈明する気があるなら聞いてあげるわよ。
ううん、体に訊いた方が早いわね?」
「それはむしろご褒美です!」
シグは「爆発しろ!」とでも言いたげにこっちを見ていたが、やがてコルスを追って洞窟を駈けて行った。
美女の尻に敷かれ、美少女に手玉に取られる生活。
ここでの暮らしも悪くなかったかな、とちょっと名残惜しさを感じた。
コルス達が立ち去った後、持ち出す荷物の整理を始める。
大広間にある荷物のうち、アルタミラの宝物庫?にあった宝飾品など、高価なものだけ俺のアイテムスロットにしまっていく。
収納スキルのLVが上がったお陰でスロットに余裕があるので、酒や余分な洋服の着替えも詰めていこう。
背嚢3つには、コルス達から受け取った少々の金銭と、保存の効く食糧に皮の敷物、寝袋、雨具、スコップ、手斧、薪、若干の着替え、少量の酒などを分けて詰め込んだ。
そして、俺達が身に付けているのは、木綿の服上下、皮のブーツ、皮の胸当て、短弓に矢筒、短剣もしくは大型ナイフ、等々。
ハンターか軽装な冒険者、といった感じで纏めてみた。
しかし、現代風の洋服に比べ、この世界の木綿の服の着心地はよろしくない。
肌触りがごわごわしているし、通気性や吸湿性、生地の裁断・縫製にも問題がある。
アイギスの「ブティック・かつを」の製品が売れているのも、デザインや色だけでなく、着心地が良いからだろう。
もし、現代風の下着類も取り扱っているなら、是非アルタミラとカゲミツにプレゼントしたいな。
黒くて透けてるヤツとか。
「顔がにやけてるけど、またエロいことでも考えてるの?」
「うん、その通り!
まぁそれだけじゃなくて、ここの生活も悪くなかったな、ってちょっとしんみりしてたんだよ。」
「ここが気に入ったなら、このままここで暮らしてもいいのよ?」
「いや、俺は、この世界を、自分の目で見て、自分の手で触れて、自分の足で歩いて、感じたいんだ。
前の人生で出来なかったことを、この世界で体験したい。
だから、外の世界に行くよ。
二人にも付いて来て欲しい。
勝手な話だけど、アルタミラとカゲミツには、ずっと一緒にいて欲しいんだ。」
「ワタシ達は『番い』なんだから、一緒に行くに決まってるでしょ!
でも、寂しがり屋で甘えん坊の魔神か~、ちょっとカッコ悪いわね。
……まぁ、アイザルトだから仕方ないわよね?」
「ぅ、反論できないなぁ。
カゲミツもいいかい?」
「私も、外の世界を見てみたいです。
それに、おとーさんに付いていきたいです!」
「ありがとう、二人とも。
――それじゃ、出掛けるとしようか!」
全員が背嚢を背負って、簡素な武器防具を装備したことを確認してから、俺達は大広間の上に伸びる縦穴――地上へ繋がる裂け目――に向かって浮遊を開始した。
竪穴は複雑に折れ曲がっていて、飛翔で真っ直ぐ飛び上がって抜けることは出来ない。
こちらから出ることを選んだのは、人族が出入りできる構造では無いため、出口で誰かに鉢合わせたり、目撃される心配が無いからだ。
天狗の翼による飛行での速度調節に自信が無いので、曲がりくねった縦穴の壁に激突する危険を避けるため、翼は出さず、アルタミラとカゲミツに、体の両側から抱き付いてもらった状態で上昇していく。
浮遊魔法によって重力が遮断され、二人の長い銀髪がフワリと宙に舞う。
幻想的、いや、いっそ神秘的といっていい光景。
「二人は、本当はドラゴンじゃなくて女神なんじゃないか?」
薄暗いのに、アルタミラの眸がキラリと光ったのが見える。
「あら、今頃気付いたの?
正確には、女神くらい美しいドラゴンよ!」
「それ、完全にドラゴンですから。」
「おとーさんは、ドラゴンより女神の方が好きなんですか?」
ちょっと心細げなカゲミツ。
「いや、そういう意味じゃないんだ。
二人が、神々しいくらい美人だな、ってこと。
もちろん、ドラゴンだろうと女神だろうと、二人のことが大好きだよ。」
「まぁ、当然よね。」
「そうですか(ポッ」
ドヤ顔のアルタミラと、恥ずかしげに頬を染めるカゲミツ。
顔の造りは似ているけど、対照的な美女と美少女。
本当は、平民の着る服よりも、貴族の着るようなドレスとかが似合うんだろうな。
勇者と接触する危険性が高まるので貴族社会に近付くことはできないが、いずれ冒険者としてお金を稼いで、二人には良い服を着せてあげたい。
そんなことを考えているうちに、浮遊したままどんどん上昇していく俺達。
やがて、周りの縦穴の壁がただの亀裂のように狭まってきたところで、地上に出ることができた。
縦穴の出入り口は、山の中腹にある岩の裂け目になっていた。
時刻は、ちょうど日没した後のようだ。
急速に、辺りが夜の闇に覆われていく。
探知スキルの2D画面を出し、周囲を確認する。
洞窟内ではほとんど3DかVR画面しか使わなかったので、久しぶりに2D画面を出したら範囲の広さに驚いた。
いつのまにか、全方位探知スキルのLVが19まで上がっていたのだ。
徒歩で西へ2日、とコルスの言っていた「アンケロ村」が画面内に表示されている。
この世界の人族の体力が江戸時代の日本人と同じくらいだと仮定すれば、1日の徒歩行は約30~40km、村まで徒歩2日の距離なら60~80kmってとこか。
現在の探知可能範囲は、半径100km近くありそうだ。
その村には、いくつもの黄色い輝点があり、村人達が何十人も生活していることが分る。
村へ向かっている2つの青い輝点はコルスとシグだ。
彼らが大広間を発ったのが2時間くらい前なので、それにしてはずいぶん移動していると思うが、まだ村までの距離の半分も行っていない。
今夜は野宿確定だな。
周囲に赤い輝点は無い。
盗賊達も、少数での洞窟探索は不可能だと諦めたようだ。
たまにうろついている黄色い輝点は、野獣か魔獣かは分らないが、人族の類ではないようだ。
夜空は曇っていて、月も見えない。
姿を見られずに飛ぶには、都合のいい夜だ。
「俺も、自分の翼を出すよ。」
大空洞でも飛んでいたけど、あれは本当の空じゃなかったからな。
雲の上まで飛んで、自由に夜空を飛びまわってみたい。
せっかく皮のブーツに足を押し込んだけど、収納スキルで高下駄に履き替える。
装備したモノを収納スキルで仕舞った場合、次に取出すときは装備した状態で現れるので、これからは履き替えに苦労することもないだろう。
天狗面と団扇を取出すと、それぞれ顔と右手に自動的に装備される。
そして現れる、白銀の翼。
「はぁ、いつ見てもかっこいいわ~、……翼が。」
「俺は翼のオマケか!
で、二人はどうする?
自分で飛ぶ?
それともこのまま一緒に飛ぶ?」
「このままでいいわ。
魔力節約できるし、翼のフィールド内は風除け効いてるし。」
「私もおとーさんと一緒がいいです!」
「よし、行こう!」
翼の推力が発動して垂直に上昇し、加速していく。
俺は、美女と美少女を両脇に抱えて、雲の上目がけて夜空を駈けた。