第17話 変態紳士になったった
刀に詳しい読者様方から、「子竜影光」の表記が間違いで、
正しくは「小竜景光」であることをご教示いただきました。
そこで「小竜景光」によく似てるけど、全く別の「子竜影光」という(実在しない)刀という設定で、このままの表記を通そうと思います。
ご理解のほど、よろしくお願い致します。
コルス達を洞窟の入り口まで見送った俺は、帰りがけに点々と横たわるドラゴンの骨をゴーレム化しながら「大広間」へと戻ってきた。
ゴーレム化したドラゴンの数は、およそ100体。
大型のブラックドラゴンではなく、中型のダークレイドスや小型のダークラプトルが大半だ。
ブラックドラゴンについては、牙、爪、骨も素材として価値が高いそうなので、ゴーレム化するのは10体にして、残り20体ほどはアイテムとして収納しておいた。
そして、今。
俺達は、死の大空洞に来ている。
「子ドラゴンよ、コイツを倒してみるがよい!
――いでよ!
ドラゴン・ボーン・ゴーレムッ!!」
アイテムスロットから、俺が初めて暗黒竜の巣窟を訪れた時に大広間で遭遇したLV97のブラックドラゴンの骨だけになった巨体を取出し、魔力を注ぎ込んだ。
全長30mを超す骨格標本が、四肢でひょこっと立ち上がると、虚ろな眼窩で放心したように俺を見降ろしている。
「焼き払えっ!
どうした、それでも世界で最も邪悪と言われた竜族の末裔か!?」
左手を腰にあて、右手を前方に伸ばしてビシッとポーズを決めてみる。
こーゆーの、一回やってみたかったんだよな。
まぁ、形はスカルドラゴンでも中身はただの簡易ゴーレムだから、ブレスなんて吐けないけどね。
「ドラゴンが邪悪ってどーゆー意味よ?
返答次第じゃ、魔力全部吸い取るわよ!」
「それはむしろご褒美です!
っていうか、ただの冗談だから、気に障ったなら訂正するよ。」
「そう? ならいいわ。
どっちみち魔力は吸い取るけどね!」
俺の背後からグイグイ抱き付いて、髪をワシワシとかき回してくるアルタミラ。
薄い布越しに密着されるのもなかなかイイ。
今日のアルタミラは、大空洞に降りても人化したままだ。
足元は冒険者用の野暮ったい皮のブーツだが、ライトブルーの布地に白文字で「海人」とプリントされた男物のシャツを着て、やたらと短い白のミニスカートを履いている。
フリルの付いてるような女物の服もあったのだが、カラフルでシンプルな男物のシャツが新鮮だったようだ。
アルタミラの薄い褐色の肌に、明るい系統の布地が映える。
シャツの胸囲が足りていないため、伸縮性のある生地を胸の果実が押し上げ、上半身のスタイルが丸分りだ。
そして、ミニスカートはスラリと伸びた肉感的な足を強調している。
ある意味、裸よりエロい!
――うん、いい光景だ。
おっと、そんなことより。
「< にゃー、みゅう~?(おかーさん、まだ~?) >」
「お待たせ、子ドラゴン!
コイツをドガッとか、バキーッとか、ピリリリリッ、って感じでやっつけちゃって!」
「< みゃ~! (は~い!) >」
「最後のぴりりりり、って何よ?」
「口からレーザーとか?」
「ドラゴンにそんなスキル無いわよ!?」
確かにそんなブレスは見たこと無かった。
子ドラゴンなら吐けそうな気がしたんだけど。
俺が実行可能な命令をしないので、ボ~っと突っ立っているだけの30m級のボーンゴーレム。
そして、ジャンプしてその目前に着地し、対峙する全高15mの子ドラゴン。
リアル怪獣対決とか、迫力あるな!
ゴーレムは命令しなければ攻撃してこないから、アンデッド相手より安全なんだけどね。
「< みょみゃっ! (じょわっ!) >」
「子ドラゴン、がんばれ~!」
子ドラゴンがその場でクルリと回転すると、尻尾の横薙ぎの一閃で骨格標本は粉砕された!
――ぁう。
「腐ってやがる、早すぎたんだ!」
「え、肉ならキレイにこそぎ取ってあるわよ?」
「いや、それはお約束っていうか、……再利用は無理かな。」
骨の大部分が、砕けたりヒビが入ってしまって使い物にならない状態だ。
核石が破壊されない限り再生可能なゴーレムと異なり、骨そのものが核石代わりの簡易ゴーレムでは、骨の大半が失われると機能しないようだ。
「LV97のゴーレムを何回か繰り返し倒せば、簡単にLV上げできると思ったのになぁ。」
素材としての価値が高そうな、牙の付いてる頭部と、爪の付いてる肢だけ回収しておくことにする。
今の戦闘でLVが上がって、子ドラゴンの身長が少し伸びたようだ。
多少の成長痛はあるだろうから、ヒールを掛けておいた。
心眼スキルでLVを確認すると、
≪―≫
種族: 神竜人
LV: 23
――――――――――――――――
【ステータス】
HP : 12300/12300
MP : 1430/2250
力 : 72
体力 : 97
知力 : 72
精神 : 72
器用さ: 62
速さ : 122
運 : 100
成長ボーナスポイント:7
――――――――――――――――
LV16⇒23か、7上がったな。
LV30まで後7つ。
まぁ、まだLV70代のが2体、LV60代のが3~4体あったはずだから、それ全部壊して貰えばLV30に届くかな?
ちょっと勿体ない気もするが、ヘタにその辺の街で売ったらトラブルの元になりそうな骨よりも、子ドラゴンの成長が優先だ。
時々ヒールを掛けながら、LV77、LV74、LV69、と順調にゴーレムを壊して骨の破片の山を築き、LV68のボーンゴーレムを倒した時、子ドラゴンはLV31になっていた。
体高は25mぐらいまで伸びて、そこからは急激な変化は無い。
アルタミラの竜の巨体に比べるとずいぶん小さいが、人とドラゴンのハーフだということを考えれば、これぐらいで成長期は過ぎたということなのだろう。
「気分はどうだい、子ドラゴン。
どこか痛いところとか、無いかな?」
「< みゃ! (平気だよ!)>」
見た感じ元気そうだ。
ただ、気になるのが……、子ドラゴンの体型、ちょっと変わってないか?
何か、胸のあたりや腰周りが膨らんでいるような?
爬虫類の性別の見分け方とか分らないし、実の親のアルタミラも「ドラゴンの性別は大きくなるまで分らないわよ」なんて言ってたし。
今まで何となく性別のことは先送りにして気にしないようにしてたんだけど、もしかして女の子だった?
今から初の人化をさせる気なんだけど……。
このままでは、全裸の美幼女か美少女が出現してしまう!
『YESロリータ、NOタッチ。』
俺にも、変態伸士としての矜持が残っている。
魂に誓った伸士の心得を、反故にすることなどできない。
俺を親と慕ってくれる子ドラゴンを、邪まな目で見ることは、断じてできんのだ!
――ソワソワ。
「挙動不審ね。ちょっとあちらで話を聞かせて貰えるかしら。」
ぐわしっ、と頭を掴まれ、ぷら~んと吊り下がる俺の体。
「アルタミラさん、足が浮いてますぅ!」
「ワタシ以外の女にふしだらな想いを抱くとは……。
ちょっと、教育が必要のようね!」
「検閲反対っ! 妄想の自由はコレを保障せよっ!
……いや、嘘です、僕が間違ってましたぁっ!」
掴み上げた俺を見詰めるアルタミラの瞳孔が窄まっていく。
こ、これは怖い。
そこへ――、
「ママッ! おかーさんをいじめないで!」
子ドラゴンが俺を掴むアルタミラの右手に縋りついた。
いつのまにか人化してる!?
こ、心の準備がっ。
――それは、アルタミラに似た銀髪に褐色の肌、そして全裸の、……人族なら17~18歳くらいに見える美少女だった!
「良かった。セーフだ。俺の誓いは守られた!」
……アルタミラは、優しそうにさえ見える微笑を浮かべ、俺の股間を見て言った。
「アイザルト、有罪。」
そして、俺の股間に、結構な魔力の注ぎ込まれた「ウォーターボール」が撃ち込まれた!
水圧で千切れ飛んだ俺のTシャツと短パン。
俺はまた裸族に戻っていた。
300mほど吹き飛ばされたので、トボトボと(そしてブラブラと)歩いてアルタミラ達の元へ帰る俺。
「あのメイドさんの名セリフのシャツ、お気に入りだったのに。」
着替えは子ドラゴン用の一着しか持ってきて無かったし。
シグの置いてった背嚢に詰まってる服の山を、空きアイテムスロットに移動しておくべきだったか。
アルタミラ達の所へ戻ると、美少女子ドラゴンがアルタミラの着ていたシャツとミニスカを着ていて、アルタミラはブーツだけの姿になっていた。
ブーツだけ、ってのもエロいな!
「アイザルトって、ほんとにエロいわよね。
まぁ、今日に始まったことじゃないけど。」
アルタミラの姿を見ておっきした俺の姿に、アルタミラは呆れながらも許してくれたようだ。
「アルタミラ、替えの服あるから着なよ。
もっと見ていたいけど、話が進まないから。」
鼻血を出しながら差し出した「新撰組」のシャツと、「adidaz」のジャージ下を受け取るアルタミラ。
「ところで、この子も人化して大丈夫なLVまで大きくなった事だし、そろそろ名前を付けてあげたいの。
アイザルトが良い名前を考えてあげて!」
俺が、子ドラゴンの名前を?
「いいの? 俺なんかが考えた名前で。
この世界の言葉で深イイ意味の名前とかにしたほうが良くない?」
子ドラゴンが一歩進みでて、瞳をうるうるさせながら言う。
「おかーさんに、名前を付けて貰いたいの!」
「分った、俺で良ければ。
その代わり、子ドラゴンも俺のことを『おかーさん』じゃなくって、『おにいちゃん』と呼んでくれないか?
……いや、アルタミラさん、落ち着こう!?
そう、そうだ、『おとーさん』と呼んでくれ!」
「うん、おとーさん!」
もう成長期も過ぎて、俺が角から魔力を送ってやる必要も無いのだ。
ちょっと寂しい気もするけど、『おかーさん』も卒業だな。
さて、どんな名前がいいだろう?
子ドラゴンだから、ドラ子。
安直すぎるから却下。
子竜――プロレスラーじゃまずいな。
子竜――実家の地元にあるプロ球団のマスコットなんだけど、ちょっとイメージ違うか。
子竜――「影光」!
一度だけ、上野にある東京国立博物館で見たことがある、備前長船影光――「子竜影光」。
備前長船の一派からは「大般若長光」で有名な「長光」や佐々木小次郎の「物干し竿」で有名な「兼光」など、有名な刀工が輩出されている。
子竜影光は、長光や兼光に比べると派手さや豪壮さは無いけれど、見ているだけで吸い込まれるような地鉄の冴えに、精緻な倶梨伽羅竜の彫り物が映える、とても優美な刀だ。
楠木正成の佩刀だったとされ、幕末に山田浅右衛門から明治天皇に献上されたという名刀。
アルタミラに似ているけど、派手な美女という訳ではなく、控え目だけど凛として冴え冴えとした美しさのある子ドラゴンにぴったり、な気がする。
「カゲミツ、でどうだろう?
俺の居た国にある宝刀の名前なんだけど。」
「却下。
女の子らしくないじゃない、もっと可愛い名前にしてよ!」
アルタミラさん、さっき俺に丸投げしたじゃん。
「私、カゲミツがいいです!
……おとーさんが考えてくれた名前だから。」
「言われてみれば女の子の名前じゃないけど、ホントにいいの?」
「はい!」
アルタミラは「むぅ、仕方無いわねぇ」とちょっと不満げだが、本人が気に入ってくれたみたいだし、これに決めさせて貰おう。
「じゃあ、アルタミラ、カゲミツ、大広間に戻ろうか。」
「わかったわ。
――今日はアイザルトのせいで魔力の無駄遣いしちゃったから、後でたっぷり搾り取ってあげるわよ!」
そう言って浮遊から飛行に移るアルタミラ。
天狗3点セットで翼を出して後を追おうとする俺に、カゲミツが小走りで近寄ってくると、こっそりと囁いた。
「素敵な名前をありがとう、おとーさん。
これからもよろしくね……『おにーちゃん』!」
子ドラゴンが子悪魔になったった!?
先に飛び立っていく子ドラゴン――カゲミツを見上げながら、俺はしばらく鼻の下を伸ばして立ち尽くしていた。