第11話 自宅警備員になったった
洞窟の中を進む、4名の人影。
他より20mほど先行する偵察は、皮鎧にバンダナ、腰に大振りなナイフと数本の投げナイフをぶら下げた長身痩躯の男。
続いて、紋章こそないが、騎士剣、盾、板金鎧に頬金付の冑、そしてマントで全身を守る重装備の騎士らしき大柄な人物。
その次は、杖を持ち、ローブを深く被った、やや細身の人物。
最後に、鎖帷子を身に着け、背は低いながらもがっしりとした体型で、ハルバードと呼ばれる全長3m程の槍斧を手に持ち、腰の後ろに両刃の戦斧をぶらさげた――若い女性だ。
スカウトが振り返ってハンドサインを送ると、残り3名は警戒を解き、スカウトの元まで進む。
「半径50タルに敵性反応無し。
噂は本当だったらしいな。
どうする、マウザー?」
全員の視線が、騎士に集まる。
「ここまで、生きたドラゴンには、レッサードラゴンの一匹すら遭遇しなかった。
問題あるまい。」
これまで目にしてきたのは、角を切り取られた大小様々なドラゴンの白骨。
ブラックドラゴンのゾンビやスケルトンに遭遇することを警戒していたのだが、角を切り取られた竜の死骸なら、アンデッド化するにしても100年後くらいだろう。
「謎の集団が『暗黒竜の巣窟』を攻略し、暗黒魔竜を討ちとった」という噂が首都アイギスの冒険者達の間に流れたのが、3日ほど前。
しかし、討ちとったという冒険者パーティーが名乗りを上げることは無かった。
「某国の特殊部隊だ。」「いや、光神教の魔法騎士団だ。」と噂が流れては、確証も無いまま拡がっていく。
魔竜討伐の証である角が民衆に披露されることも無ければ、爪やウロコなどの素材が持ち込まれたという話も聞かず、財宝が持ち帰られたという噂も聞こえてこない。
暗黒魔竜討伐の噂自体がガセだったのではないか、という声もあがるようになっていた。
その一方で、暗黒竜の巣窟に近い集落より戻った行商人達や、辺境の集落に詰めている兵士達からは、この1週間から10日程、暗黒魔竜が飛ぶ姿を見なかった、咆哮を聞かなかった、という証言を得ている。
そして、洞窟内に点々と残されたドラゴンの骨。
正体は分らないが、圧倒的な実力を持つパーティーがこの洞窟を攻略したことは、もはや疑いようが無かった。
「しかし、ここを攻略したパーティーは、とんでもない金持ち連中だったんだろうな。
竜の牙やら爪やら骨やら、残したままだぜ?
ウロコと肉だけ取ってったのは意味わかんねぇけど。
なぁ、敵もいないんだし、牙と爪だけでも回収していこうぜ?」
スカウトは、まだ若い男だった。
高価な素材を目の前にして、目をぎらつかせている。
「落ち着けシグ、『暗黒魔竜のねぐら』を確認するのが先だ。
素材の回収は依頼されていない。
仕事が優先だ。」
マウザーの騎士剣も、ブレタの槍斧も、ミスリル製の業物だ。
しかし、竜の牙や爪を叩き斬ろうとすれば、それなりに時間が掛かるだろう。
2日前に受けた彼らの任務は、アイギスの冒険者ギルドからの偵察依頼だった。
『暗黒竜の巣窟』には、一部、魔結晶の鉱脈が露出している。
採掘が可能となれば、ガイエナ諸王国の貴重な資源と成り得るのだ。
依頼の内容は、『暗黒魔竜のねぐら』に主の死骸があるかどうか生死を確認し、可能なら『暗黒竜の財宝』を調査すること。
闇竜の生き残りやアンデッド竜との戦闘は避ける方針である。
後で大規模な討伐隊を送り込む予定なのだ。
「じゃあ、帰りがけに回収するのはいいよな?」
「……いいだろう。
だが、『欲の深すぎる冒険者は長生き出来ない』って訓示を忘れるなよ?」
「相変わらず固いねぇ、『仕えずのマウザー』。
規律を守ってクソ上司を斬った男なだけはあるね。
シグも気を付けないと、バッサリやられるよ?」
「ミス・ガランド、その呼び方はやめて貰おうか。
それに、規律を守れない者は味方全体を危機に陥れる。
私はそのことを肝に銘じているだけだ。」
ミス・ガランド、と呼ばれたローブの女が頭のフードを下ろすと、野性味のあるふてぶてしい中年女の顔が現れた。
「わかったから、私のことも『ミス・ガランド』と呼ぶんじゃないよ。
子爵令嬢だったなんて、誰も信じてやしないだろ?
今の私はただのコルスさ。
それよりも、そろそろ『闇視』の効果が切れる頃だ。
シグも探知スキルでMPが空っけつになってる頃だろ?
一旦小休止にしちゃぁどうだい。」
「――ふむ、いいだろう。
シグとコルスは結界を張って拠点設営、糧食の準備を。
俺とブレタで警戒にあたる。」
暗黒竜の巣窟――闇属性のドラゴンが集うSランクのダンジョンも、今や角無し竜の白骨がころがるばかりの、ただの洞窟だ。
いや、死だけが充満する現状は、まるで、このダンジョンのはるか下にある禁忌の地――『死の大空洞』――がこの洞窟まで侵蝕しているかのようではないか。
何の危険も探知されないにも係らず、マウザーの背にぞくりとした悪寒が走る。
(リーダーの私が、何を弱気になっている!
『暗黒魔竜のねぐら』まであと少し。
この様子なら、暗黒魔竜と眷属の闇ドラゴンどもは狩り尽くされたに違いない。
懸念していたアンデッドも発生していない。
何の問題も無い。
――そう、何の問題も……)
「マウザー!」
「どうしたブレタ?」
無口なドワーフの女戦士が声を上げるのは、何らかの異変を察知した時。
「下から。
これは、肉の…焦げる臭い。」
ドワーフは、ヒュームよりも夜目が利き、嗅覚も優れている。
「シグ、コルス!
休憩はお預けだ!
コルス、全員に暗視を。
シグは先行し、敵性未確認者の配置と数を捕捉。
俺とブレタはシグの後方30タルを追随、シグのハンドサインを逐次確認、状況判断の後、合流、戦闘開始する。
コルスはいつでもぶっ放せるよう詠唱準備しながらついて来てくれ。
行動開始っ!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺は、大広間にて、アルタミラの財宝――とは名ばかりの、焼け焦げて使えない衣服や壊れた細工品を一カ所に集めて燃やしていた。
ついでに、アルタミラと子ドラゴンのおやつにするため、「ドラゴンゾンビの腐って無いところ」から厳選して集めたお肉を焼いていた。
当初、「共食いになるけどいいの?」と聞く俺に対し、「他者の血肉になるのが、敗れたドラゴンの定めであり、願いでもあるわ。」というのがアルタミラの返事だった。
悟り開いてるなぁ、ドラゴン。
まぁ、ドラゴンは魔力さえあれば飢え死にすることは無いらしいので、俺の食事に付き合ってくれてるだけ、という可能性もある。
ところで――、
さっきから、3D探知画面に点滅していた4つの黄色い輝点。
どうやら今までのようなドラゴンゾンビではないらしい。
おそらく、人族だろう。
斜め上方500mくらいの位置を、こちらに向かって進んでくる。
こちらの存在に気付いたらしく、4つの輝点は赤に変わった。
「はぁ。
まずいなぁ、何とかアルタミラと子ドラゴンが戻る前に、お帰り戴かないと。
――主に、侵入者の命と俺の心の平穏のために。」
やがて、先頭の一人が、大広間の入り口付近にある岩陰に潜んでこちらを窺い始めた。
人化しておいて良かった。
相手の鑑定能力がよほど高く無い限り、俺が「人化している『魔神』」だなんて夢にも思わないだろう。
自分が魔神であることが判明してから、大空洞でアルタミラと戦闘訓練する時以外は人化して過ごすようになった。
幸か不幸か、人化した俺の容姿は、生前の日本人の頃とほぼ変わらない。
……もっとイケメンでも良かったのに。
「しかし、参ったな。」
アルタミラから人族社会の公用語を習い始めたが、片言の練習文しか覚えていない。
【あなた達は餌なのですか? いいえ、僕達はドラゴンです。】
誰との会話で使うんだよ!?
こちらの発音も通じないだろうし、相手の言葉も、たぶん聞き取れないだろう。
「いっそ念話を使うか。」
人族が人族相手に念話を使うのはおかしいのだろうか?
言葉が通じないくらい遠くから来た、とかごまかせないものか。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
シグのハンドサインが「伏敵無し、排除可能」から「判断を要す、後退する」に変更されたのを見て、その場でシグが戻ってくるのを待つ。
「なんかよぅ、裸のガキが一人で焚き火してんのよ。
ドラゴンは居ねぇ。
死体も無ぇなぁ。
どうすんよ?」
暗黒魔竜のねぐら――そう呼ばれていたはずの広間に、ぽつんと座って焚き火をしているヒュームの若い男、いや、少年だろうか。
「コルス、来てくれ。
相手を鑑定できるか?」
「ほう?
ヒュームに間違いは無いらしいが、正確に読めないね。
ふぅむ、闇属性持ちか。
スカウトか、狩人か、アサシンの技能を、……持ってるようには見えんわ。
隙だらけだよ。」
「シグはどう見た?」
「あんなマヌケなスカウトが居てたまるかよ。
追剥にあってここに逃げ込んだ運の悪い奴、に1000ゴル賭けるぜ。」
危険性は低いか。
「よし、俺とコルスで交渉してみる。
シグとブレタは両側に回り込んで様子を見てくれ。」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アルタミラと子ドラゴンが大空洞に出掛けて1時間以上経つ。
普段なら後2時間は帰らないが、今日はブレスの練習とか言って張り切ってたよなぁ。
アルタミラがいつもより多めにブレス吐いちゃった場合、早めにMP切れおこして帰ってきてしまう。
そうなれば、侵入者の命は風前の灯に……。
ん?
相手に動きがある!
しかも、輝点が赤から黄色に戻っている。
こちらを見て油断したのか?
交渉の余地があるなら、何とか言いくるめてお帰り願おう。
2人、こちらに向かい、後の2人が両側に回り込む。
探知画面で見えてますよ~。
近付いてきたのは、大柄な騎士と、細身のローブを纏った人物――魔術師か?
「*************!
***********?」
心配した通り、聞き取れない。
やはり念話しかないか。
< あの~、初めまして。
かなり遠い所から旅をしてきました。
この辺りの言葉が不自由なので、念話でお話できませんか? >
騎士がぎょっとした表情を浮かべ、魔術師と顔を見合わせる。
魔術師は、中年のおばさんだ。
若い頃は美人だったかも。
魔術師は、こちらへニヤリと笑いかけると、念話で返してきた。
< 坊や、盗賊にでも身ぐるみ剥がれたのかぃ?
黒髪黒眼か。
確かに、このあたりの者では見かけないね。 >
< はい、そーなんですよ!
盗賊に襲われちゃって、路銀も衣服も取られちゃいまして。
いや~参りましたよ、アハハ。 >
< ふ~ん、そうかぃ。
――で、何でこんな所に一人で? >
< ぇ、その、迷い込んで、ここまで来ちゃいました。 >
< その肉は? >
< 洞窟入ってから、ドラゴンの死体がいっぱいあったので、食べられそうなところを。 >
< ふ~ん。
まぁ、とりあえず、アヤシイね、あんた。 >
やっぱりぃ?
< 訳アリらしいけど、とりあえず危険人物じゃなさそうだね。
詳しい話は、街に戻ってギルドで聞かせて貰おうか。 >
< すいません、無理です。御断りします。 >
アルタミラ達が戻った時に、俺がここに居ないとまずいことになる。
< どういうつもりだい!?
助けてやろうっていってんだよ? >
いや、そんなこと急に言われても。
< 待ち合わせしている人達が居るんです。
ここを離れられません。 >
< ほ~、他に仲間がいるのかぃ。
じゃ、あたしらもここで待たせて貰おうかねぇ。 >
いや、帰ってきちゃったら、危ないんですって、あんたらの命が!
その時、俺の3D探知画面に二つの青い輝点が現れた。
< あ、あの、すぐ帰って下さい!
うちは新聞とか間に合ってますから!
テレビ無いんでN○Kも見ませんからっ!! >
< 何言ってんだぃ、あんた?
ん――、 >
恨まないでくれ。
俺は頑張った。
なけなしのコミュ力を総動員したんだ。
「 アイザルト、ただいま~! 」
「< にゃ~! (ただいま~!) >」
そこには、全裸の美女と、立ち上がった高さが10mに達しようという子ドラゴンの姿があった。