第94話 忠犬になったった
(ざっくりした前回までのあらすじ)
若くして死亡した相澤広人は、天狗の面を被った自称風神によって異世界転生した。
しかし、転生後にまた死亡した「アイザルト(相澤広人)」は、彼が転生した『異世界』が、実は人類滅亡後1万年ほど経過した元の世界――地球だったことを知る。
そして、彼は「ジョシュ・イーロ」として再び過去へ転生した。
『魔神アイザルト』として復活し、世界の破滅を回避するために……
転生者ジョシュ・イーロ(ヨシーロ)が、ベーザルゴ・中央市場近くの酒場で、闇神竜アルタミラと吸血聖女マリナの闘争に巻き込まれようとしていた、ちょうどその頃。
街の外壁から1km程離れた地点、街道から見えない森の中、木々に囲まれた小高い丘の上に、異形の1人と1匹の姿があった。
優美な立ち姿で街の方を眺めながら、横に手を伸ばして白い巨獣のたてがみを撫でているのは、近寄りがたいほど神秘的で、非人間的なまでに美しい娘だ。
全身を覆う外套の上からでも、スタイルの良さが分かる。
深く被ったフードから零れるのは、艶やかで絹のような真っ白の髪と、白磁のような白い肌、切れ長の紅い瞳。
名工の作り上げた人形のように整った顔だちだが、推定される年頃にはそぐわぬ童女のようなあどけない表情を浮かべている。
それが、今にも壊れてしまいそうな、儚げでアンバランスな雰囲気を醸し出していた。
そしてその横に侍るのは、ギョロリとした目玉にゾロリと並ぶ鋭い牙、渦巻くような白い体毛に全身を覆われた巨大な毛玉……もとい魔獣。
魁偉な容貌と全長10mの巨躯の持ち主でありながら、大人しく美女に寄り添っている姿は、忠犬のようにしか見えない。
ジョシュの妹?『アイシャ』と、愛犬??『ブランカ』(またの名を駄犬シロ)である。
「呼ばれるまで待機しているように」とジョシュに言いつけられた1人と1匹は、街道を外れた森の中でお留守番しているのだ。
(……はぁ、もう夕方だよ)
ベーザルゴの街を眺め続けることに飽きたアイシャは、振り返って夕暮れの空を仰ぎ見た。
瞳と同じ色の夕日に目を細めた彼女は、疲れ切った幼子のようにしゃがみこむと、ぽふっ、とブランカに額をくっつけて、寄りかかった。
「ねぇ、ジョシュにーさま、いつになったら呼んでくれるかな?」
「わふっ、くぅ~ん! < アニキが、オイラたちのこと忘れるはずないよ! >」
白い毛皮の山――ブランカが、答えながら尻尾を振ってみせた。
そのまま『伏せ』の姿勢からゴロン、と転がってお腹を見せる――アイシャを元気づけようとする姿は、普通の飼犬と変わらない。
今でこそ全長10mの巨大狛犬だが、もともとは、ジョシュに育てられた白い大森林狼だった。
それが、ある事件のせいで『大熊猪狼』という魔獣になってしまったのだ。
ギョロリとした目で巨大な咢を開いて舌を出している姿は、知らない者が見れば凶暴な魔獣にしか見えないだろう。
実際、長耳族の里では「魔王に進化するかもしれない」と恐れられていたのだ。
ベーザルゴの普人族たちも、ブランカを見れば『魔獣襲来』とパニックになるに決まっている、だから2人はお留守番な、というのがジョシュの説明だった。(アイシャも目立つから、というのはさすがに黙っていた)
(こんなに可愛いのになぁ)
アイシャにとって、幼いころから自分を守ってくれたブランカは怖くないし、邪気の無いクリクリした目も愛嬌があってユーモラスだと思う。
巨大な頭に抱き着くようにしてアゴを撫でてやると、お腹を見せたまま嬉しそうにクゥ~ンと鳴き声を上げる。
アイシャは大人の背丈より高い位置にあるブランカのお腹の上にひょいと飛び乗ると、両手を使ってワシャワシャとお腹の毛並みを掻き回してやった。
「ハッハッハ、キュゥ~ン、ばぅぅぅぅぅんっ < ぁぅぁう、アイシャ、もっとぉぉっ >」
ジョシュが見れば「この変態の駄犬め!」とツッコミを入れる場面だが、「変態」の意味が分からないアイシャは、ブランカを甘えん坊の弟みたいだな、としか思わない。
決して裏切らず、裏表なくジョシュやアイシャに愛情を向けてくれる、大事な家族の一員。
ブランカと念話で触れ合う時間は、アイシャにとって心休まる一時なのだ。
(ふふ、モフモフで気持ちいい)
ブランカも仰向けのまま、脱力して完全に伸び切った体勢で、気持ちよさげに目を細めていたが――。
その耳がピクリ、と震えたかと思うと、アイシャを載せていた柔らかいモフモフの絨毯が、盛り上がった膨大な筋肉で硬い鋼のような感触に変わる。
アイシャがお腹から飛び降りた瞬間、俊敏に巨体を捻って起き上がり大地を踏みしめたブランカは、従順な愛玩犬から猛々しい魔獣へと変貌を遂げていた。
「バウッ! バウバウ! < アニキの笛だ、オイラたちの出番だ >」
「うん! 行こう!」
ブランカにしか聞こえない「音の出ない笛」――ジョシュの言っていた『犬笛』の合図が、たった今ベーザルゴの街中から発せられたのだ。
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俺の目的は闇神竜アルタミラを探し出して交渉し、あわよくば信頼関係(もっと欲を言えば恋愛関係)を築くことだったが。
そのアルタミラを相手に、吸血聖女マリナが壮絶な肉弾戦を仕掛けていた。
ズタボロになった修道服から伸びる白い手足が、背筋の寒くなるような音を発して空気を切り裂き、当たる物みな粉々にする。
俺の隣では、狼獣人の女剣士ナブラが、マリナに加勢すべく抜刀のタイミングを計る。
決して広いとは言えない酒場で、テーブルやカウンターが粉砕され破片が飛び交い、ボトルやグラスの破片が散乱し、人々は逃げ出すか床に伏せている。
レンガ造りの壁にはいくつも大穴が開き、倒壊するのも時間の問題だ。
唯一の救いは、バトルジャンキーかと思っていたアルタミラさんが、自分から手を出さず回避に専念していることだった。
格闘戦において無策に後ろに下がって回避することは、攻撃の糸口を掴めないばかりか相手の追撃を許すことになる。
相手の攻撃を躱しながら自分の攻撃が当たる位置へ移動しなければ不利になるはずだが、彼女は優雅とも言える動きで回避し続けていた。
最初は気付かなかったが、彼女が後退する際に全く体勢を崩さないのは、床を蹴ったり摺足で下がっているのではなく、魔法によって移動しているからなのだ。
ごく微量の魔力しか使っていないが、浮遊魔法で僅かに床から浮かび上がり、飛翔魔法によって滑るように身を翻す。
巨大な闇神竜の姿で天空を自在に飛び回っていたアルタミラさんにとっては、この2つの魔法は息をするのと同じくらい馴染み深いものなのだろう。
初対面の幽体だった時は、魔法の強度をコントロール出来ない駄竜っぷりが余りに印象的だったが、実際には精妙なコントロールが可能らしい。
だが、いつまでも人化した姿で回避だけしていてくれる保証は無い。
もし彼女がその気になったら、人化を解いて神竜の力を解放し、壮絶な破壊をもたらすだろう。
酒場1軒どころか、街1つ消滅することになる。
そうなる前に、この場を納めなければならない。
闘いを止めるため、俺がやろうとしているのは、アルタミラが本気を出す前にマリナたちから引き離すことだ。
具体的には、帝国の第二皇子トーマ殿下謹製の『簡易転移結晶』を使って、アルタミラだけを伯父の館へ連れ去ること。
伯父の館は魔法系の術やスキルを阻害する建物で、そこへアルタミラを誘い込んで討伐する、というのが当初の皇子たちの策だった。
みすみす策に乗るような形になるが、もちろん、彼女に傷1つ付けさせる気はないので、彼女を守りながら一緒に逃走するつもりである。
何よりも、2人きりになれば、彼女を説得するという本来の目的の、絶好のチャンス。
問題は、マリナの攻撃をかすらせもしないアルタミラに、この俺が接触出来るのかどうか、だ。
今のままでは触れることも出来ないだろう。
何か、(マリナたち含め)アルタミラの虚を突くような、意外な出来事でもない限り。
(どうやら、アイツらの出番だな)
いつでも転移できるよう、左手でナブラに手渡された『簡易転移結晶』の存在を確認する。
そして、右手で触れたのは、腰の後ろに戻したミスリルの短刀ではなく、いつも首に下げている小さな笛――『犬笛』だ。
エルフの里で、魔獣化して隷属紋の消えたブランカと一緒に暮らすためには、「安全に管理できる」という保証が必要だった。
そこで、念話の届かない距離でもブランカに命令できるアイテムとして、元勇者のハイエルフ・青野氏の協力のもと、前世の記憶を頼りに試行錯誤して作り上げたのが、魔道具の『犬笛』である。
本来の犬笛は、犬の訓練などに用いられるホイッスルで、人間には聞き取れない高周波の音を出すことが出来る。
だが、高周波の音は遠くまで届かず、障害物や高低差によっても遮られてしまう。
その欠点を補うため、遠話や遠見など通信用の魔道具を参考に、遠くまで指向性を持った音を飛ばせるよう、貴重な魔結晶を用いて改良してあるのだ。
(それじゃ、切札を呼ばせて貰おうか。その前に……)
「ナブラ、闘いの場を街の外に移そう。ここでは俺の精霊魔法も、貴女の勇者流剣術も使えない。住民に被害が出るし」
「しかし、この状況では……」
通常の突き蹴りのコンボでは埒が明かないとしびれを切らしたマリナが、変則的なスライディングからアクロバティックに跳躍して跳び膝蹴りを繰り出す。
さらに跳び膝蹴りを躱された勢いのまま天井に飛び上がり、天井板を蹴り砕きながら反動を利用し踵落としを狙うも、またアルタミラに回避されて石畳の床に亀裂が走る。
まるで吹き荒れる暴風のような戦闘だ。
まずはこの状況をどうにかしないことには、手がつけられない。
勇者ブルーに武術で鍛えられたお陰でハーフエルフとしては格闘戦に強くなったとはいえ、俺はステータス的には生身の人間に過ぎない。
下手に割って入れば、砲弾のような突き蹴りで血の詰まった風船のように爆殺されるのがオチだ。
となれば、魔法の出番だな。
(そこだ!)
「――っ!? なにっ?」
着地した後、一気に距離を詰めてロングフックと裏拳とリアストレートのコンボを打ったマリナが、さらに追い打ちしようとしたタイミングで、突然バランスを崩す。
無詠唱で構築した俺の障壁魔法が、見えない30cm四方の板となって、踏み出そうとしたマリナの右足に足払いを掛けたのだ。
攻撃を繰り出す前に体重移動する瞬間は体勢を変えられないので、カウンターを極めるチャンスになる。
これは合気道などの柔術における「タイミングの見切り」でもあるのだ。
転ぶかと思いきや、トンッと片手を付いて倒立しながら前転宙返りし、すぐにファイティングポーズを取ったのは、さすがだ。
だが、既に新しい障壁を顔の前に展開してある。
高位アンデッドの打撃力なら障壁を打ち破るのも簡単だろうが――、マリナが透明な障害物に気を取られた一瞬、背後を取った俺が、襟を掴んで前後に揺するようにしつつ真下に引き落とすと、ペタリと尻もちを着いた。
いくら腕力のステータスが高くても、動き出してスピードが乗る前なら掴むことが出来るし、体重に大差がなければ「崩し」を掛けるのもそれほど難しくない。
虚を突いて呆然としている隙に、そのまま肩と肘を取って関節を固め、動けないように抑えつける。
「邪魔をなさるのですか? 勇者であるあなたが、同じ転生者で聖女であるわたくしと、敵対するおつもり?」
俺を見上げてキッと睨みつけながらも、凄艶な色気を漂わせているマリナ。
高位アンデッドの肉体の動きに耐えられず、ボロボロに破れた修道服から広範囲に白い肌が露出して、煽情的な姿になっている。
……と言っても、こちらは猛獣を素手で捕まえているようなもので、緊張感からちっとも変な気分にはならない。
相手が暴れ出したら関節技も振りほどかれてしまう可能性が高いので、いつでも逃げ出せるよう集中しているのだ。
「あら、アンタどっちに味方する気なの? 3人掛りで相手してくれるんじゃなかったの?」
こちらは、あれだけ回避し続けたのにローブを乱すことも息一つ切らすこともなく、余裕のアルタミラ。
だが、興味深げにこちらを窺う瞳は、面白いことを期待するようにキラキラと輝いている。
攻撃がかすりもしなかったことから分かるように、マリナ1人では相手にならないから、俺たちの参戦を待っていたようだ。
リラックスしているが、彼女に接触して転移結晶を発動させる隙はなさそうだ。
っていうか、やっと俺に注目してくれたな。
……ここからは、賭けだ。
「ここで争っては街中に被害が出ます。先ほど暗黒魔竜殿が提案されたように、街の外で戦っては如何でしょうか。我ら3人まとめて相手する、というお話でしたから。ここから夕日の沈む方向、城壁の外で落ち合いましょう」
「アタシはいいわよ? 別に逃げる気もないし、その方が思いっきり戦えるわね。いい暇つぶしになるわ」
アルタミラさん、余裕の即答。
悲しいかな、愛の告白より果たし状の方が効果的なのだ、このバトルジャンキーさんは。
そして、俺の手を振りほどいて立ち上がったマリナは。
「……人間モドキ共の心配など無用、と今のあなたに言っても無駄ですわね。いいでしょう、真実は後ほどゆっくり教えて差し上げます。今はあなたの言葉に従いましょう」
闘いに水を差されたことで頭が冷やされたのか、マリナは俺の提案を受け入れてくれた。
申し訳程度に肌の隠れた修道衣を手で押さえながら、アルタミラの後を追って歩き出す。
正直ホッとして胸を撫で下ろす俺を、狼獣人の女剣士ナブラが意味ありげな目付で見詰めていた。
――――――――――――――――――――
酒場――「帝国郷土料理ダンケルク亭」の外に出ると、店内の激しい物音を聞きつけたのか、野次馬たちがぐるりと囲んでいた。
「痴話喧嘩らしいぜ」「いや冒険者PTの仲間割れだろ」「あの優男を巡って女戦士と女魔術師と僧侶がキャットファイトしたらしい」「僧侶の女、あんな恰好で……ゴクリ」
マリナの姿に鼻の下を伸ばした野次馬たちが、ニヤニヤしながら無責任な噂話をする中。
「ナブラ、ヨシーロ、無事だったか!」
俺たちに声を掛けてきたのは、紋章の無い甲冑を着た人相の悪いスキンヘッドの大男――クリーグだ。
同じ甲冑を着た男たち――トウマ殿下付の近衛騎士たちも、野次馬に紛れてこちらを見ている。
一応心配してくれてたのか。
まぁ炭鉱族のブレタが負傷して、熊獣人の冒険者・ミハイロフに担ぎ出されてたしな。
「一体どうなってんだ? ドワーフの姉ちゃんは伸びてるし、熊野郎に金はせびられるし」
「コルスはどうした?」
ナブラが気にしたのは、姿の見えない女魔術師コルスだ。
「ドワーフの姉ちゃんと一緒に、部下4人付けて殿下の元へ送らせた。それよりヨシーロの告白とやらは失敗したのか? っていうかどっちの女だ、二股かけてたのか? いや、ドワーフの姉ちゃん入れると三股か」
「ぶっ!? な、何だそれ」
何言ってんだハゲ、ブレタは同志っていうか相棒だし、あのおっかない吸血聖女を勘定に入れるな!
俺はアルタミラ一筋だ。
吸血聖女の胸とか尻とか見えても、これっぽっちもガン見してない。
たまたま視界に入っただけだ!
とりあえず、今にも崩れそうな酒場から青い顔をして出て来たダンケルク亭の主人に、金貨の詰まった袋を渡してくれと指示しておこう。
アルタミラの酒代が心配でクリーグについてきて貰ったが、まさか店の修理代が必要になるとは。(壊したのは俺たちじゃないけど)
「そんなことより、場所を変えてどうにかなるのか? 何を考えている、ヨシーロ」
野次馬を引き連れて先を行くアルタミラとマリナの後を追いながら、俺へと鋭い視線を向けるナブラ。
彼女は居合だけでなく、無属性の魔法攻撃を斬撃に乗せて放つ「勇者流剣術」の達人でもある。
神竜の鱗さえ傷つける非常に攻撃力の高い技だが、それだけに建物の壁など何の障害にもならない。
アルタミラを狙った攻撃が外れれば、無関係な通行人や、近隣の建物を切り裂いて中の住人まで被害が及ぶ危険性がある。
街の外へ出ることは、それらの制約無しにナブラが存分に技を披露出来ることを意味するが。
同時に、彼女は俺がアルタミラを傷つけたくないことも知っているのだ。
「場を引っ掻き回すために、今から俺の切り札を呼ぶんだ。多分、パニックになると思うんで、クリーグたちは野次馬と周辺住民の避難誘導、ナブラは吸血聖女の引き留め役を頼む」
「切札? まだ仲間がいたのか?」
「おぃおぃ、住民がパニックって、一体ナニ呼ぶ気なんだ」
「妹と犬ですが、なにか」
ただし、ちょっと普通じゃないけどね。
まだ問い質したい空気の2人を無視して、首に下げた犬笛を取り出す。
大きく息を吸い込んで、アイシャとブランカが潜んでいるはずの森へ向かい、
『――ッ、――ッ、――ッ』
短い間隔で3回吹き鳴らすのを、数回繰り返した。
これが『緊急事態、至急集合』の合図だ。
人間には聞こえない周波数なので、クリーグは怪訝な顔をしていたが。
「いきなり何をするんだヨシーロ、聴覚がマヒするじゃないか!?」
思わぬ方角から苦情が来て振り向くと、尻尾を丸め両手で耳を塞いでいるナブラの姿。
そうか、狼獣人の聴力は犬並みなのか。
魔導具で増幅された音は、よほど大きく聞こえたのだろう。
いつも毅然としている女性がちょっと涙目になってると、ギャップ萌えでキュンとするな。
「ゴメン、普人族には聞こえない音なんで注意し忘れた。それより、今から現れるのは味方なんで、くれぐれも本気で攻撃しないでくれ!」
そう言いおくと、アルタミラたちの後を追って、俺は街の西門へ向けて駆け出した。
――――――――――――――――――――
西門に辿り着くと、アルタミラとマリナを門番の警備兵が押し止めようと説得しているのを、野次馬たちがぐるりと囲んでいた。
どうやら門を閉める時間で、今からの外出は自殺行為だと引き留められているらしい。
街道沿いは帝国兵や冒険者ギルドが定期的にモンスターを狩っているとはいえ、街の外はロゴス山脈にほど近い魔の森――魔物の跋扈する世界。
陽が落ちれば活気付くモンスターも多く、女2人で出ていくのを許可するなど見殺しにするようなものだ、と。
「あーもー、面倒くさいわねぇ!」
案の定、アルタミラさんがキレそうになってて、ヒヤリとする。
真面目で仕事熱心な警備兵の命も、風前の灯かと思われた時。
――フワリ、と宙に舞ったアルタミラは、5m程の高さの壁を軽々と飛び越えて街の外へ。
魔力に敏感な長耳族の俺にすら発動を感じさせない、絶妙な浮遊魔法と飛翔魔法の使い方だ。
「ぁ、お待ちなさい!」
ダンッ、と石畳を蹴って跳躍したマリナも、軽々と壁を越えていった。
「ぇ、嘘だろ。なんなんだ、あの女たちは……」
呆然とする門番と、喧嘩の続きが見られなくなってブーイングする野次馬たち。
そこへ、物見櫓で監視していた警備兵から、警告が発せられた。
「お、おぃ、何か近付いてくるぞ!」
遠くから、何かの接近に驚いて飛び立つ野鳥の羽音とギャァギャァ鳴きかわす声がして、それがどんどん近づいてくる。
やがて、引っかかった枝をバキバキとへし折りながら、ドシンドシンと足音を響かせて。
「バウッ、バウゥゥゥゥンッ! < アニキ、アニキ~ >」
「に~さま~」
小山のように巨大な白い魔獣(と首にしがみついた娘)が、深い森をかき分けて物凄い勢いで突進してくる。
まだ開いている門からその姿を見た野次馬たちは、阿鼻叫喚の悲鳴を上げながら我先に逃げ出した。
クリーグたちが誘導する暇もない、蜘蛛の仔を散らすような素早さだ。
たくましいな、この街の住人。
あとクリーグ、無駄な指示出してごめん。
「は、早く門を閉めろ!」
「何だあれは、見たことも無いデカい魔獣だぞっ!?」
「警備隊、いや駐留軍の出動を」
警備兵たちは慌てているが、持ち場から逃げようとしないのは感心だった。
しかし、ブランカの大きさなら容易に飛び越えられる高さの壁で、門を閉めることに大した意味は無いだろうけど。
とはいえ、俺が外へ出られなくなるのは困る。
俺が街の中にいると、ブランカが入って来ちゃうし。
「ナブラっ!」
「任せろっ!」
居合の袈裟切り上げでオリハルコン刀が一閃すると、分厚い鉄製の門が斜めにスッパリ断ち切られ、重みを支えきれなくなった蝶番が外れて片方の扉が内側に倒れる。
その隙間を縫うようにして、俺とナブラが城壁の外へ飛び出すと。
< アニキ、アニキ~ >と暢気に尻尾を振っている小山のようなブランカの前では。
褐色肌の銀髪美女と、紅い瞳に金髪の吸血聖女と、全身真っ白な妹。
3人の美女が、バチバチと視線に火花を散らせながら睨み合っていた。
どもお久しぶりです^^;
猫派ですが、最近、犬もいいなぁと思い始めた太もやしです。
今年度からはもう少し時間に余裕ができるので、小説書けそうな気がします。
エタらないよう頑張りますよ~