第92話 観客になったった
薄汚れた白いローブ姿の、褐色肌に銀髪の美女。
黒い修道服に身を包んだ、病的なまでに白い肌を持つ金髪の美女。
熊獣人冒険者・ミハイロフとの待ち合わせ場所、「帝国家庭料理・ダンケルク亭」に来てみれば、スタイル抜群な美女2人が険悪な空気を醸し出していた。
ギラつく視線をアルタミラに向けたまま、微動だにしないマリナ。
店内に入るまでその「殺気」に気付かなかったのは、アルタミラの「気配」が大きすぎて紛れてしまったためだ。
事情を知らない者が見れば、間に挟んだ熊男を取り合う痴話喧嘩にでも見えたかもしれないが。
(『闇神竜』と、『真祖吸血鬼』……)
圧倒的な「気」と「魔力」を感じ取れる俺には、まるで『龍虎対決図』のように見えている。
気分次第で街1つ灰塵に帰することもためらわない「暗黒魔竜」と、地神竜相手にタイマン張った「吸血聖女」。
この2人が一触即発で睨み合っているということは、この町とその住人の命が、風前の灯であることを意味するのだ。
(……マズイ、止めなきゃ!)
一歩近付こうとした途端、俺の行動を牽制するように、アルタミラが声を掛けた。
「……すっかり騙されたわ。また、アンタの仕業だったとはね」
それは俺に向けられた言葉ではなく、吸血聖女に向けられたものだったが、一言で(マリナ以外の)店内の人間全てが凍り付いた。
その不機嫌な声色に、内臓がせり上がるようなプレッシャーを覚える。
「あなたを誘き出すのに、一番確実な手段を取りました。……流石に2回も同じ手が成功するとは思わなかったけれど」
吸血聖女が、この町にアルタミラを引き寄せた?
「あの時はケナンの街に極上の『神竜殺し』があると聞いて行ってみたら、ただ度数が強いだけの『竜殺し』しか置いてなかったし!
今度は『世界樹大吟醸』があると聞いて来たのに、『一杯安酒』しか置いてないじゃない!?
ホント馬鹿にしてるわっ……ング、ング、ング、ぷはぁ~、マズいっ! もう一杯!!」
(……『世界樹大吟醸』って、『長耳族の里』でしか飲めない清酒だよな?)
ロゴス山脈から湧き出る岩清水と、麦に似た穀物を原料に、長寿なエルフが長年掛けて精霊魔法で撹拌しながら熟成させる銘酒で、ごく少量しか生産しない(出来ない)ため、ほとんど里外に輸出されない逸品だ。
……ホントに酒に釣られて来たのか、この駄竜さんは。
あと、お代わりすんのか。
「今回は、50年前とは違います。
隙を突こうが、罠に掛けようが、私1人では神竜を倒すことは出来ない。
だからあなたと、この帝国にいる2人の勇者を、彼らが思う存分力をふるっても問題ない、寂れた辺境の街に集合させることにしたんです」
ニコリ、と美しい笑みを浮かべる吸血聖女。
官能的な、ゾクゾクするような笑顔だというのに。
その瞳は冷たい光を宿し、憎悪に彩られていた。
彼女が皇帝に吹き込んだ、「第一皇子と第二皇子の後継争いを『暗黒魔竜討伐』で決する」という予言は、両陣営に加担する勇者を一カ所に集めるための方便だったのか?
そして、このベーザルゴを、戦場――犠牲となる町に選んだのだ。
旧ルメール敗戦による貧困の中で、たくましく日々を生きる人たちの住む、この町を。
(……かつて、俺の生母マリエルや、ブレタの恋人を犠牲にして地神竜を襲った時のように。また罪の無い人の命を、利用し、踏みにじるのか?)
怒りで、肚の底がカッと熱くなる。
「いい加減にしろぉっ――!!」
俺を庇い、口から吐血して死んでいった、生母マリエル。
その最後の姿を思い出した途端、重苦しい圧迫感を吹き飛ばして、俺は一歩前に踏み出していた。
――――――――――――――――――――
「あら、アンタたち誰?」
「よく来てくれました、『光速ナブラ』、『剣聖ミツルギ』。
邪悪な暗黒魔竜を討つために、お2人は派閥を越えて共闘の道を選ばれたのですね……、あら?
魔力量からたしかに転移者・転生者だと思ったのですけれど、すいません、どちら様でしょう?」
「ヨシュ! よく来てくれたっ、俺、もう帰っていいよなっ?」
「聖女殿、どうしてこちらに??」
「この女が、聖女……」
背中から両親の形見となった短刀を引き抜き、構える俺。
毒気を抜かれたような、白と黒の対照的な2人の美女。
捨てられたチワワのような目で、俺に縋りつくような視線を向ける巨漢の熊獣人。
そして、俺の怒声を聞いて駆け込んできた狼獣人と――炭鉱族。
次の瞬間、ギリっと歯を噛み締める音と共に、女戦士ブレタが腰の戦斧を引き抜くと、無言のまま突進した!
「何をする、聖女殿は国賓待遇……」
「待てブレタっ、そいつは危険だっ」
――ブンッ
俺とナブラが止める間も無く、ブレタが渾身の力でトマホークを振り下ろす。
その刃が、座ったままの吸血聖女の頭をブチ割るかに見えたが――
「ハッ!」
ゴッ、ガキン
鋭い呼気と共に、総真銀造りのトマホークの柄が折れ、刃が吹き飛ぶ。
吸血聖女が、空手の「挙げ受け」のようにして右上腕で斧の柄を払ったのだ。
そのままブレタとの位置をクルリと入れ替えるようにして立ち上がったマリナは、ブレタを床に抑えつけ、鳩尾を膝で抑えながらマウントポジションに移行する。
「ごふっ!?」
「ブレタっ!」
床に叩きつけられた時点で相当なダメージを受け、朦朧として身動きの取れなくなったブレタ。
その彼女に馬乗りになって拳を振りかぶり、整った顔に残忍な笑みを浮かべるマリナ。
「……人間モドキが、この私に歯向かうなんて。
本当なら頭を叩き潰してから、血を全部飲み干してあげるとこですけど。
転生者のお連れのようだから、殺さない程度に遊んであげますわ。
まぁ、死んだら蘇生すればいいだけの話ですし」
グーの形に握られた拳は、繊手と言っていい美しく細い手だ。
だが、人化した地神竜と互角に肉弾戦を行った吸血聖女。
いくら頑丈な炭鉱族といえ、生身の人間が殴られたら――
「やめろぉぉぉっ!」
(間に合わないっ――)
バシンッ
耳を打つ重い打撃音と共に、店内に衝撃波が走った。
ぶつかり合った魔力が、陽炎のような揺らめきを起こす。
「やめときなさいよ。
安酒が余計に不味くなるじゃない。
せめてワタシが飲み終わってからにしなさいよ」
俺が飛び込むより先に、吸血聖女の拳を受け止めたのは、吸血聖女と同じように細く美しい、褐色の掌。
……いつの間に移動していたのか。
それは、円卓を2つ間に挟んで向こうに座っていたはずの、アルタミラだった。
少し短いですが、次話は出来るだけ早めに更新します。




