MISSION DEFAULT
水野と黒城がバーで会った数日後。
お昼に暇だからと、午前中に講義の終えた結城を水野が誘った。大学は都心にあったので、付近のお洒落な店に連れていったのだった。
「イタリアンで良かった?」
「はい」
大人しくついてくる結城に、振り返って水野が尋ねる。嫌そうな様子でもないのでそのまま店に入って席に着いた。
「そろそろ敬語、やめない?もっと仲良くしたいし」
「えっ、あ、うん」
急な提案に少し驚いたようだが、たどたどしく敬語を外して返事をした。
「水野くんって、何の仕事してるの?」
結城は、水野の安っぽいスーツを見て尋ねた。「ああ、」と一瞬スーツに目をやってから答える。
「小さい事務所のね、ただの事務員」
高卒だから、と苦笑いする。
勿論、ターゲットに正体を知られてはいけないパターンの依頼だから嘘なのだが。
結城はそうなんだ、と返事をした。
「結城さんのこと、もっと教えてよ。あの日もそんなに自分のこと話さなかったでしょ?」
左手に顎を乗せて水野が言う。それに結城は気まずそうな目を一瞬浮かべたが、「こないだ言ったけど」と前置きした。
「私、少し前に彼氏が亡くなって。本当は後を追おうか迷った。だけどさおりや他の人に止められて。……水野くんは、私がそういうことをしたら怒る?」
「俺?」
急に振られて少したじろぐ。だが数秒考えて水野は答えた。
「怒るよ、そりゃ。友達の立場なら、必死で止めるし、怒って諭す。……もし好きな人を置いて先に死んでしまっても、俺はそんなこと望まない」
「そうだよね……」
「もしかして、まだそんなこと考えてたの?」
その問いに結城は首を横に振った。
「ううん、大丈夫。さおりを裏切るなんて出来ないから。水野くんがそう答えてくれると、なんか慧くんの答えな気がする」
和らいだ表情に、水野は眉をひそめた。
「どういうこと?」と聞く前に、結城が笑って言う。
「やっぱり似てるんだよね、水野くんと慧くん。いつも優しくて、温かい目をして、私の難ある性格を肯定してくれた」
「そうなんだ」
何て言ったらわからない。流石の水野も上手い相槌が分からなかった。
「でもね、」
「ん?」
「優しすぎるのは、だいっきらい」
食べてる途中で、フォークを置く。結城は下を向いたまま立ち上がった。
「え?結城さん?」
「ごめんなさい」
早口で謝って頭を下げる。そして直ぐに出口に走っていった。
その早さに水野は引き止められないまま立ち尽くす。
「泣いてた、よな」
申し訳ない気分になりながら、ほんの少し残されたパスタを見る。
「折角なら食べていけば良かったのに」
最後になるくらいなら、さ。
水野はため息をついて、自分の皿に残ったパスタを口に入れた。
水野には何となく分かっていた。
自分を見ていると、結城が少なからず揺れていることを。
勿論素でも紳士的であるよう勤めているし、女性には割と優しくするタイプだとも思う。
だが忘れさせ屋であるために、クライアントが心を許しやすい性格を作り上げる。過去の恋愛を参考にしながら。
結城には"慧"しか居なかった。だから黒城から聞いた性格を主に模した。
ターゲットが"慧"に固執している以上、"慧"を彷彿とさせるものに目がいくはずだ、と。
だが水野の作戦は半分成功であり、半分失敗だった。
気を引かせることには成功した。計算通り、結城は水野の偽った性格で"慧"を重ねた。
けれどその鍵では、先に行くことは出来なかった。
愛するが故に、その優しすぎる性格が憎かったのだ。結果論としては、彼女を置いていってしまうことになったから。
深入りを避ける傾向にある結城は、これ以上引きずると深入りしてしまうと感じたのだった。
これはミッション失敗かもしれない、と思った彼は、後日黒城に話をすることにした。