心の拠り所
ピシッとスーツを決め込む。本当に出張ホスト紛いな……と水野は改めて思う。あそこまで小汚くないつもりだ。
「よし、行こう」
ドレスコードのある店に、水野と今日のクライアントは向かった。
食事券を使いたいから愚痴に付き合って、というのが先方の依頼だ。勿論何度となく相談に乗ったり慰めたりしている常連である。
「純くんごめんね。他に誘う人いなくって」
ライアントの川崎夫人が苦笑する。彼女は大手企業の社長夫人であるが、そのために味方が少ないとよく水野に嘆いた。
「いいえ。奥様の力になれるならいつでも」
「ありがとう。あ、好きなもの頼んで頂戴ね」
はい、と答えたものの、彼は金持ち思考ではないためどうしても遠慮してしまう。それを見かねた川崎夫人は適当なものをピックアップした。
「純くん、どうしたら居場所なんて出来るのかしらね」
「居場所、ですか?」
水野は一旦、食べる手を止める。夫人は手で進めるように促しながら頷いた。
「先週ね、夫の親戚が来たの。勿論手厚くもてなさなきゃと思ってそうしたわ。だけど何かが気に障ったようで」
「うん」
「お義兄さんを怒らせてしまったの。だけど心当たりなんてないのよ」
「八つ当たりですかね」
重い溜め息をつく様は、お金持ちだけれど苦労が絶えないことを表していた。
「でも、こうやって純くんと一緒に食事するだけで気が紛れるわ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。それが仕事なんで」
それに上品な笑いで返した夫人の目の前に赤ワインが置かれる。水野の前にもフルーティーな香りの赤ワインが置かれた。その横には小さなショコラケーキ。ミントと生クリームが添えられている。
「どうぞ。このケーキとワインの組み合わせが一番好きなの」
「いただきます」
水野は一口ケーキを口に入れて、ワインを嗜んだ。
甘いショコラの味に、果実の甘みが強い赤ワインが混ざる。それがくどくない甘さに変わる。甘いものが好きな水野にとって至福の時だ。
「……美味しい」
「でしょう?」
得意げな夫人に、ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべた。それが一番満足したような彼女も、ワインを口にした。
多少の話はしつつも、その後二人はただ「美味しい」と感想をいいながらデザートを楽しんだ。
「今日はありがとうね、純くん」
会計の終えた夫人が水野に言う。そっと差し出したのは、ワインだった。その中に報酬が入っていた。
「ありがとうございます」
「所長さんと飲んでちょうだい」
「はい、いただきます。またいつでも連絡下さい。優先的に時間あけておきますから」
「ええ、その時はまた頼むわ」
ワインと報酬を受け取った水野は頭を下げた。夫人は晴れ晴れとした笑顔で去っていった。