依頼
こざっぱりした格好で、水野は事務所に向かう。着いたのは予定の時間の30分前。
「相変わらずギリギリねえ」
と同僚の鈴木加奈にからかわれるも、「間に合ったからいいの」と返す。いつものことだ。
予定時間になって、事務所の扉が開いた。水野が目を向けると、背の低いボーイッシュな女性が立っていた。
「こちらへどうぞ」
そう事務の女の子に声を掛けられ、彼女は所長室に入っていく。水野は所長に呼ばれるまで同僚たちと談笑していた。
「純、」
所長のよく通る声が響く。
ゆったりとした、でもイライラさせない仕草で立ち上がると、所長室に入った。
「初めてまして、水野純です」
「今回ターゲットの相手をするのが彼です」
「初めてまして、黒城さおりです」
互いににぺこりと頭を下げる。所長は挨拶の終わった水野に依頼の説明をした。
「今回、クライアントが望むのは、ターゲットの元恋人を忘れさせること。彼女は随分と依存していたみたいで、今は傷心でふさぎ込んでいるそうよ」
はい、とそのターゲットの情報がプリントされた紙が渡される。
『結城未来、21歳。都内の大学に通っている。3ヶ月前に恋人を亡くしてから、塞ぎこんでいる。大学は留年ギリギリで行ってはいるが、人と接触せず、他は家に籠もる』
可愛い女の子らしい人の映っている写真も渡された。
「この子が、ターゲット……」
「そう。とりあえず初めは家から出させることが目標ね」
水野はじっと写真やプリントを見つめた。それを不安に思った黒城は恐る恐る聞く。
「難しい、ですか」
「難しいですよ。でもやりますから大丈夫。難しいし、一般人なので成功報酬ということで」
ちら、と所長を見ると彼女は頷いた。それにクライアントは若干安堵の色を見せる。「お願いします」
「はい。お任せ下さい」
そうして、黒城は頭を下げてから帰っていった。
「どうやって接触するの?」
「まずそこだよねー」
所長の問いに、ピンッと書類を弾きながら言う。
「外に出なきゃ俺には会えない。かと言って大学に行くのもなあ」
ペラペラと紙を捲りながら、情報を見ていく。すると、ある一点のところで目が止まった。
「これだ」