デート
水野純は優しい笑みで隣の女性を見る。
「買い物、まだ行く?」
「純くんは平気?」
甘ったるい声でその女性は彼に話しかける。
「うん、俺は平気だよ」
「じゃあ行こう」
自然と腕を絡める女性に、水野は表情を変えずにいた。
恋人同士に見えるが、彼は忘れさせ屋という職業の者である。そして神崎有理というこの女性、立派な忘れさせ屋のターゲットであり、クライアントだった。
勿論、あんな猫なで声で話す彼女も忘れさせ屋とクライアントの絶対条件は既知である。
「こんなのどうかな。似合う?」
神崎は淡いピンクのスカーフを首に巻いている。それに少し悩んだ水野は、別の白地に淡い柄のスカーフを手にとった。
「こっちの方が有理に似合うよ」
忘れさせ屋とクライアント、その関係を分かっていても、彼のクライアントはいつも頬を染めるのだった。
「じゃあ、これ買ってくるからちょっと待っててね」
彼女はそう言ってレジに向かう。
その間水野は表情を緩め、ふっと短く息をついた。そして携帯に目をやり、時間を見る。
「そろそろかな」
「お待たせ!」
そう言ってにこやかに戻ってきた神崎は、大きい袋とは別に、小さな紙袋を手にしていた。
「今日楽しかったから、これ」
「ありがとう。……ブローチ?」
「そう。あんまり忘れさせ屋にアクセサリーはどうなんだろうって思って」
ホストでは無い上、多額の報酬を貰っているが、クライアントの満足度次第でこうやって上乗せで物やお金を贈られることもある。
彼女は性格が良いな、と水野は思った。
「気を遣わせてごめんね。使わせてもらうよ」
「じゃあそろそろ。ありがとう」
「ああ。またのご利用お待ちしてます、なんてね」
あっさりと別れ、水野はもう一度袋の中身を見た。
そこそこ高いブローチと、追加料が入っていると思われる茶封筒。
「よっしゃ、ミッションクリア」
『終わったよ』と所長にメールを打ってから、事務所に向かった。
「お疲れー」
口々に他のメンバーに声をかけられる。それに水野は「ただいま」と言って、そのまま所長室に入っていった。
「はい、追加料」
「お疲れ、今回も随分満足させたようね。貴方の評判は鰻登りね!」
「ちょっと優しくしてるだけなんですけどね」
満足げに札束を数える所長、竹本咲に水野は苦笑する。毎度毎度こうやって幸せそうに札束を数える姿は可笑しくて笑えた。水野たちが稼いでくるお金なのだが。
「明日、クライアントが相談に来るわ。早めに来てちょうだい」
「了解」
水野はにやりと笑って、事務所を後にした。