バイオレットフィズ
黒城は水野から報告を受けた。
「そうか……別れなきゃいけないか」
いつものバーで飲みながら、彼女は呟いた。
やめろ、なんて言えない。
彼らの掟は十分承知であるし、黒城も結城の依存傾向に注意を向けていた。このままにしておいたら、水野に依存してしまうだろう。やはり早めに切った方が彼女のためであるのだ。
「こんなその場しのぎみたいな嘘で騙せるか分からないけど」
「安易……でも一番ダメージは少ない、と」
ああ、と頷く。
水野はバイオレットフィズを口にした。あまり酔いたくない、というのが彼の気持ちだった。
「分かった、協力する。私はどうすればいい?」
「特に動かなくて大丈夫。俺も指輪つけてアピールするし。でも……そうだな、何か聞かれたらさり気なく匂わしてよ」
うん。
本当にそうするんだ、という確認が雰囲気で伝わる。
「巻き込んでごめん」
黒城の謝罪に、水野は優しく笑って言った。
「お金貰ってる立場ですから。お仕事はちゃんとやらなきゃね」
「まー、そうなんだけどさ」
語尾が窄んだ彼女に、ふっと吹き出す。
「黒城さんって優しいね。上手く運べなかったこっちにも落ち度はあるから」
「未来がややこしい奴だしね」
「そりゃ違いねえや」
何度かこなしてきたような依頼ではある。
依存体質の女性と関わってきたことだって沢山ある。
だけどこんなに引っ掻き回すのは結城が初めてだ。
状況だけじゃない、気持ちも。スパッと切り捨てられないのは、彼女が初めて。
「情けねーな」
お昼一緒にどう?とメールが来たのは宣言から10日後のことだった。
水野が待ち合わせ場所に着くと、随分にこやかな結城が出迎えた。
「久しぶり。こないだはごめんね」
「ううん。最近どう?」
「元気だよ」
安いランチのお店に向かう道中、彼女はニコニコとしながらお喋りをした。
彼が正直こんな子だったっけ、と本気で思ってしまう程に。
ただ元々仲良くなれば明るい性格だというのを思い出す。
水野は「ほぼ完全に持ち直したんだな」と判断した。作業に入るには完璧な時期であることを確認する。
勿論彼の左薬指には婚約指輪がはめられている。(因みに、事務所にカモフラージュのために置いてある安物である。過去に何度か彼らが作業でお世話になっている代物だ)
お店に入って席に着けば、嫌でもその目印が目に入る。それは結城もで。
思惑通りに引っかかった彼女は水野に尋ねた。
「それ、は?」
若干の動揺が声に現れている。それに、何でもないように彼は告げた。
「もうすぐ結婚しようかなって思って」
「えっ」
さり気なく表情を伺うと、彼女は瞳を揺らしていた。罪悪感が過ぎるが、今までも騙していたことを思い出す。
彼女も自分が動揺しているのは分かっていたが、その原因に気付いていなかった。"恋はまっぴら"という気持ちだけは、まだ覆らなかった。
「だから、あんまり会えなくなる。ごめんな」
「そうなんだ……ど、どんな人?」
「んー、俺には勿体無いくらい可愛い」
これは事実である。幼なじみとして彼は自慢に思っていた。
「そっか」
中途半端な情はいらない、彼はそう言い聞かせた。
それからは先程までの明るさとは少し違う、無理した感の否めない元気さで結城は振る舞った。
それを水野は成長したなと感じ、思いがけず肩入れした案件だったと思った。今までだったら凹んだままだっただろうから。
水野は紫色のリボンのついたプレゼントを確認した。
別れのプレゼント。