彼らの掟
通話が途切れた携帯を見つめ、水野は溜め息をついた。
キスも、きっと彼女自身の気持ちにも気付いてない。彼女はきっと"友情"と勘違いしていると。
深すぎる異性への友情をあまり知らないから。
「もしかして結城さんから?」
隣でキーを叩いていた鈴木が尋ねる。それに彼は苦笑いで頷いた。
「俺、そろそろ消えようかな」
「心配なら、他の支店に飛ばしてやろうか?」
竹本が笑いながら口を挟んだ。
「えー、流石に嫌ですー」
「しないわよ!こっちだって純くん居なくなったら大事な客失うんだから」
「どんどん入れちゃってください、仕事。会えないように」
良いのね?という竹本も質問に、ブレずに頷く。それを確認した彼女は、すぐに自分の部屋に戻っていった。
「で、どう消えるつもり?こないだは止められたんでしょ?」
「……だよなあ。俺苦手なんだよね、この作業」
カツカツと指で机を叩く。そして長く溜め息をついた。そんな水野の情けない姿を見て、鈴木は笑って背を叩く。
「いって!」
「留学はリスク高いもんね。いっそ結婚しましたー、とか?」
「え、それ行けるか?」
怪訝な様子で彼女を見ると、ニンマリとしながら親指を立てる。
「結婚までいかなくても、彼女が出来れば他の女に関わらない男なんていっぱいいるじゃない?」
「そうか。ちょっと考えてみよう」
「あとはー、家政婦になってみました、とか?」
首を傾げる鈴木に、真面目にやれと肩を落とす水野。
「ここはいつ家政婦相談所を兼ねたんだよ」
「お得意様と関わるにはこれかなーと」
「いいや、自分で考える」
「ちょ、純くーん!」
今日は帰るわ、と言って水野は手を降って事務所を出た。
そして最寄り近くの、美味しいケーキ屋に寄った。ある人物の好みなケーキを幾つか買っていく。
「餌付けなわけではない、はず」
左手に持った箱を見ながら心の中で呟いた。
「お邪魔します」
「いらっしゃい、純!」
「急にごめんな?」
水野が訪れた家から顔を出したのは、美女と言っていいほどの可愛らしい女の子。彼と同い年だが、童顔で年下に見える。
名前は新島侑李といった。
「純が家に来るなんて久しぶりだし、嬉しいよ」
「あ、ケーキ食べて」
彼女に箱を渡せば、更に顔を輝かせた。
「ありがとう!上がって上がってー」
パタパタとそれを冷蔵庫にしまいにいく。水野は良く知る家に上がってリビングに向かった。家には誰もいなかった。
「おばさんは今日も遅い?」
「21時には帰るんじゃないかな」
麦茶を彼の前に置いて、彼女は向かいに座った。
「で、何かあるんじゃないの?」
水野の幼なじみなだけあって、彼の考えていることはお見通しで。それに少し気まずげな表情を見せながら、説明を始めた。
「そういうことね……仕事でしょ?私は全然構わないよ」
水野には懐いているし好きだが、恋愛感情は一切無く。だからこそ水野自身も頼みにくいことを新島には言えた。
「ありがとう、助かる。殆ど関係ないとは思うんだけどさ」
「純が遊んでくれるなら何でも」
にっこり笑った彼女に、水野はほっと胸をなで下ろした。
元々鈴木はその役に黒城を推していたのだが、水野はやめた方がいいとかわしたのだった。裏切りのダメージを考えろ、と。正直黒城と水野にくっついて欲しいと考えている鈴木は、残念そうにしたが。
そんな役を買って出てくれる幼なじみがいて良かった、と彼は思った。
(これで第一関門突破、かな?)
「"結婚を前提にお付き合い"することにした」
次の日、水野は鈴木と竹本にそう伝えた。