another happy
結城が気付いたときにはもう朝だった。
「痛い……」
頭が重い。これが所謂『二日酔い』か。
ベッドから降り、ふらふらとした足取りでリビングに向かう。未だ覚醒してない頭は昨日のことは靄が掛かっているようで。
「えーっと、水野くん、は?」
テーブルに目をやると、男性にしては整った字で帰るという旨が書かれたメモが置かれていた。
「そっかあ、ベッドまで運んでくれたんだ」
不思議と自然に口角が上がる。
飲んだ、という漠然としたことは覚えているが、泥酔してからの記憶がない。結城は何か失態をしてないか心配して、お礼を兼ねて水野に電話した。
『もしもし』
「もしもし、おはよう」
『おはよう、二日酔い大丈夫?』
「んー、結構きついね。でも今日講義ないから」
『そっか。普段飲まないのに飲みすぎなんだよー』
「ありがとうね。あ、私変なことしなかった?」
『……別に、何もないよ』
二言、三言交わしてから電話を切る。彼の返事の一瞬の間に首を傾げたが、特に気にすることなく結城の頭の中から消えた。
「今日はゆっくりしよーっと」
冷蔵庫から水を取り出し、がぶがぶと飲み干す。少し頭痛が和らいだ気がした。
目を移すと、テーブルの上に昨日のCDのケースが置きっぱなしで。結城はふらふらとコンポに近づき、再生ボタンを押した。
「何で、今まで前に進めなかったんだろう」
トラックナンバーを10にする。切なめのロックバラードだけど、歌詞はエール系。その曲は結城が一番好きな曲だった。
〔I think you have another happy day〕
(幸せになってもいいのかな?貴方を忘れることは出来ないけれど)
写真立ての中で笑う慧を見つめる。少しの罪悪感が彼女の足を引き止めていた。
〔I wish I stayed ever beside you〕
『酷いこと言うようだけどさ、過去は過去なわけ。もう戻れないんだよ』
黒城が悲しそうに叫ぶ。
「慧くんが私を置いていくはずがない!さおりだって知ってるじゃん!」
『だから目を覚ませって!』
気付かないフリはもうやめよう。
待ってるフリで逃げるのはやめよう。
過去にばかり浸ってるなんて、人生の無駄遣いしてたら慧くんに怒られる。
結城は一度深呼吸をすると、パチンと両頬を叩いた。
「まずは思い出整理から、かな」
写真立て一つだけ残して、他の思い出の品は段ボール箱に詰めた。貰ったものも、プリクラも。全部しまい込んだ。
傷を埋めるように。
心の整理と共に、部屋が片付いていく。
『もう、大丈夫だよ。時間かかっちゃったけど、過去は過去だもんね。さおり、ありがとう』
結城は綺麗に片付いた部屋の真ん中で、送信ボタンを押した。
『出だしの文面ちょっとびっくりしちゃったー。でも良かったよ、最近の未来元気そうだったし。やっぱり水野くんのおかげかな?(笑)笑ってれば良いことあるって!いつでも私ついてるから、忘れないでよ』
すぐに来た返信に、涙が滲む。良い友達が居て幸せだと実感した。
結城はそのメールを保護してから、少し早めのお昼の準備にかかった。
午後は休もう、と思いながら。
だけど、昨日のキスも自分の気持ちもまだ気付いていない。
気付いたときには手遅れだって、何度後悔すればいいのか。
そのことを彼女はまだ知らない。