変わっていく自分
「いらっしゃい」
ピンポーン、と家のチャイムが鳴ったからドアを開ける。
コンビニの袋を見せるように掲げてから、水野は結城の家に足を踏み入れた。
「もし良かったらと思って、飲まないって言ってたけどお酒買ってきちゃった」
彼は袋から2缶チューハイを出した。一つはもう一つよりアルコール度数が低いもので。
「あ、別に飲みたくないなら大丈夫だよ。一口だけでもいいし」
でも何か相談したいなら、お酒の力借りるのもアリってだけだよ。
そう水野は優しく笑った。
その優しさに少し慣れた結城は、ただ頷いてその缶を冷蔵庫にしまった。
「もう少し後で飲もう」
「おう」
あと、と袋からお菓子とコンビニスイーツを取り出す。
「途中になんもなくて、コンビニのだけどさ」
ロールケーキとクレープ。「私これ食べていい?」と結城がロールケーキを指差すと、「勿論」と返事があった。
「で、どうしたの?」
スイーツを食べようとしたとき、水野は彼女に問い掛けた。
「あの、これ一緒に聴いて欲しいの」
テーブルにカツン、とアルバムを置く。
「CD?」
「慧くんが好きだったアーティストなの。今日見つけて、思わず買っちゃって。でも聴く勇気なかったから……」
「俺でいいの?黒城さんは?」
その問いに、ふるふると首を振った。
「水野くんとなら、大丈夫な気がしたから。良い?」
「勿論どーぞ」
彼の返事に結城は立ち上がってコンポにCDを入れた。
再生ボタンを押す。
「っ……」
流れてきた音楽に動揺する。慧くんと一緒に聴いた歌、初っ端から思い出がある曲だった。
「結城さん?大丈夫?」
「うん」
結城は席に戻ってケーキを口に運んだ。
ふと思い出してしまう。
だけどぐちゃぐちゃになったケーキの姿はなく、食べかけのケーキと本物の甘さが口にあった。
「大丈夫かも」
ぽつりと零した言葉に、水野は首を傾げた。
「今までは、思い出してたけど……大丈夫かも」
バックではスローテンポなミディアムバラードが流れている。
懐かしいとか、悲しいとか。漠然とした感情は心の中をまだ占領はしているものの、取り乱す程のものでもなくて。
「良かったじゃん」
そう言った水野に、嬉しそうに笑った。
思い出に変わっていくのが怖かった。だからいつまでも引きずって、後ろばかり見ていた。
だけどもう大丈夫だ。
どんなに懐かしい、思い出深い曲が流れても、もう思い出にしかなりようがなかった。
あの頃の縋りたい記憶や景色が思い浮かぶ。だけど現実に目をやれば、ニコニコとした水野がいた。
それが"現実"だと、もう結城には理解出来ていた。
(こういうこと、ね)
黒城が言っていたこととはこういうことだったんだ。彼女はそう気付いた。
半缶飲んだ結城は案の定酔い、最終的に「もうだめ!」と水野に取り上げられてしまった。
「えー、まだ飲み足りなあいー」
舌っ足らずな言葉を放ちながら、水野に甘えてくる。彼は溜め息をついて、残りを一気飲みした。
「あー」
「もう寝たらどう?俺はそろそろ帰……って、何してんの」
とろん、とした目できゅっと服の裾を掴んでいた。それに可愛いと思いながらも水野は指を解いた。
「ちょ、何……っ!」
ぐい、と胸元を引っ張られ、前につんのめる。
ちゅ、と柔らかい音。
不意打ちに水野もびっくりして数秒硬直状態だった。
だがその後すぐに聞こえた寝息に、ほっと胸をなで下ろす。
「おやすみ、未来ちゃん。……今のことは忘れてね。いつか俺は君の前からいなくならなきゃいけないから」