思い出の曲
「慧くんが死んだのは、未来の所為なの」
水野はその言葉にはっと息を飲んだ。
「どうしてか、聞いていい?」
「うん。例によって、未来は慧くんを呼び出してたんだ。寂しいって」
「うん」
「トラックに引かれたの、未来の家に向かう途中。持ってた未来の好きなケーキはぐちゃぐちゃになってて」
黒城は唇を噛んだ。そのときの結城の取り乱しようを思い出していた。
「病院に運ばれたけど、亡くなって。未来は狂ったように泣き喚いてた。私、怖かった」
水野は躊躇いがちに手を伸ばすと、黒城の頭を撫でた。
「黒城さんも辛かったんだね。ごめんね、こんな話聞いて」
「ううん、私より未来だよ。一時は本当にどうなるかと思った。自殺はしなくても、抜け殻みたいになっちゃうんじゃないかって」
「抜け殻……でも俺と会ったときからそうじゃなかったよね?」
水野の問いに、まあね、と薄く苦笑して答える。黒城は自分の指先を見つめながら言った。
「恋愛出来るようにさせてやりたかった。男友達に相談して、絡むように頼んでも無理だったんだ」
「だから俺らのところへ……」
こく、と頷く。
水野は「そっかあ」と言いながら、背もたれに体重をかけた。天井を見上げ、小さい声で呟いた。
「自信ねぇなー」
「ごめん」
彼女の申し訳なさそうな声に横を向くと、
「別れるのが、だよ」
と笑った。
「別れるのが?」
反復しながら首を傾げる黒城に、水野は頷く。
「だって依存体質だろ?俺に依存されたら、冷たい策をとるわけにはいかない」
「なんで?」
「今度傷つけたら、絶対立ち直れない。そういうタイプでしょ?」
そっか、と返事する。
水野は再び空になったコーヒーカップを手にとるが、黒城に「もう大丈夫」と止められた。
「もう私帰るね、予定あるから」
「うん。じゃあまた何かあったら連絡して」
玄関まで送っていく。黒城は一度も振り返らずに帰っていった。
その頃、結城は近所CDショップにいた。好きなアーティストのCDの発売日だった。
「あ、あった」
新曲の棚に駆け寄る。心なしか嬉しそうな顔で商品を取る。
ふと隣を見たとき、そのCDに釘付けになった。
慧が好きだったアーティスト。
懐かしさを感じながらそれを手に取った。ベストアルバムで、良く聴いていた曲も入っていた。
気付けばそれも一緒に購入していて。
彼が亡くなってから、一度もそのアーティストの曲を聴いていなかった。きっと聴けば思い出して泣いてしまう。でも心を掴んで離さなかった。
「買っちゃった」
本当は怖かった。折角慣れつつある彼のいない生活が、また辛くなりそうで。
そこで無意識的に電話を掛けていた。
プルル、と無機質な音が響く。
『もしもし』
柔らかな声が聞こえた。その声が結城の緊張を解いてくれた。
「あ、あのっ」
『結城さん?』
高台のときの呼び方はしなかった。それが少し寂しく感じた。
「水野くん、今暇?」
『うん、何も予定ないよ』
「家、来ない?」
上手い誘い文句が見当たらず、かといってCD聴かない?とは言えず。とりあえずストレートに聞いてみた。
電話越しに、水野の笑い声が聞こえる。
『いいよ、何かあったんでしょ?食べ物買ってく?』
「うーん、家に何も無かったかも」
『おっけ。じゃあちょっと待ってて』
電話が切れる。だけど結城は口角を少し上げて帰路についた。