原因
水野と再会したあと、結城は少しずつ慧が居なくなる前の生活を取り戻しつつあった。
黒城はそんな彼女を見て舌を巻いた。
「流石忘れさせ屋だ。もう大分外にも慣れたし、パニック障害も落ち着いてる。なにより、壁が薄くなった」
「それは良かった」
忘れさせ屋の事務所でコーヒーを飲みながら、彼女は水野に言った。それに彼は微笑みを浮かべる。
「やっぱり大切な人になっちゃったのかな、水野くん」
「それは困るんだけどね……」
「恋愛禁止、か」
黒城は、強い光を宿した目を水野に向けた。あまりにじっと見つめるから、彼はたじろいだ。
「もし相手が好きになっちゃったら、どうするの?」
それには隣で会話を聞いていた鈴木が答えた。
「どんな手を使ってでも忘れさせるよ。時には冷たく当たるとか」
「または別れさせ屋にバトンタッチするとか」
鈴木の言葉を継いで、水野も答える。
「あとはそーだな、結城さんには通用しないと思うけど、夢を語るとか」
「それで、海外留学のフリをする、と」
黒城の言葉に、二人はコクコクと頷いた。
「昔、冷たくして、浮気して、毎晩遊んでってして、向こうが諦めて別れるまでやったよ」
「酷い……」
水野の告白に、黒城は本気で引いたようだった。軽蔑の色が淡く宿る。
それに鈴木も、
「あれはやりすぎだったなあ」
と笑いながら言った。
「俺だって好きでそうしたわけじゃねえし!結構辛かったんだからな」
「優しいもんね、純くんは」
その言葉に、それもそうか、という風に黒城は相槌を打った。
「信用しろって」
にやっと笑った水野は、黒城の肩を叩いた。
「はいはい、信用してるよ」
黒城ものっかって言う。
突然、「あ」と声があがる。
「私お得意様の予約が入ってるんだ。もう行くね」
鈴木はカバンにスマホや小物をしまうと、席を立った。
「いってらー!」
「いってらっしゃい、加奈さん」
黒城と水野も手を振り、鈴木は事務所を後にした。
「あの二人、お似合いだなあ」
なんて、出てからクスクスと笑いながら依頼人に電話を掛けた。
「慧くんと出会う前の彼女、どんな子だったの?」
無くなった二人分のコーヒーカップに、水野は中身を注ぎながら問いかける。
「んー、別段今と変わってるわけじゃないけど――あ、ありがとう――今より友達は多かったかな。割と活発というか、行動力もあったし。人を惹きつける子だった」
「へえ」
「でも依存しちゃうんだよね。私とか、慧くんとかに。私もそんなに一緒にいてやれるわけじゃなかったけど、友達としては他にも依存してて」
「うん」
「でも慧くんに会って、付き合ってから慧くん一筋。彼氏ってデカいんだなって思ったよ」
一旦一息置く。黒城は丁度良い温度になったコーヒーを口に入れた。
「これじゃいけないって見てて思ったけどね。寂しがりに拍車がかかって、なんかもう、見てらんないって」
「うん」
「慧くんに『甘やかさなくていいから』って言ったの。束縛激しすぎて彼の時間奪ってる気がしたから。そしたら『大丈夫』だって。『俺も傍に居たいし、そうやって求めてくれるのも嬉しい』って」
「偉いというか、凄いというか」
俺には無理かも、という水野に、当たり前じゃんと黒城は笑う。
「もし、別の理由で亡くなったなら、あそこまで落ち込まなかったと思う」
「え?」
「慧くんが死んだのは、未来の所為なの」