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忘れさせ屋  作者: kanoon
12/22

感情

「あ……」

水野が声を発する。

それに、一緒に居た女性が「どうしたの?」と言った。

「ううん、何でもない」

取り繕った笑顔で返せば、相手も甘い笑顔で「そう?」と言う。

車に乗り込んだ女性を見てから、再び水野は顔を上げた。道路の向かいを見る。

「やっぱり、未来ちゃん」

声をかけたくてもかけられない、そんなもどかしさの中、水野は車に乗り込んだ。

最後に見えた結城の表情は、ただただ泣きそうだった。



任務を終え、水野は事務所に戻った。今日は普段より早めに終わったために、報告書を書き上げるつもりだった。

「ただいま」

とドアを開ける。

「おー、おかえり純ちゃーん」

「何のノリだよ!」

変なテンションの鈴木に、水野は笑ってツッコミを入れる。それに満足げに頷いた彼女は、所長室をさした。

「所長がお呼びだよー」

「うん、さんきゅ」

水野が所長室に入ると、所長の竹本は「よっ」とかっこよく言う。

「加奈ちゃん心配してたぞー?純は依頼放棄を好まないからねえ」

「今までそんな依頼少なかったですからね。俺は結構セレブ御用達だし」

「自分で言うかなーそれ」

ふふふ、と笑った竹本は書類を手渡す。

「今日もお疲れ様。報告書、頑張って仕上げてね」

「はーい」

水野は彼女から書類を受け取って一礼すると、ドアの方に歩きだした。

だが扉の前で立ち止まる。その立ち止まり方があまりに唐突で、竹本は眉をひそめた。

「純?」

「今日、結城さんを見かけました。一瞬、目が合った気がするんです」

そっか、と竹本は零した。水野は少しだけ口角を歪ませた。

「声を、かけたくなったなんて」

「……大丈夫?」

「、はい」

目を伏せたまま、会釈して出て行く。

竹本はその珍しい姿に少し動揺した。

何が彼の心を変えたのか分からなくて。結城を変える依頼に、何故肩入れするのか分からなくて。

だけどそれは、水野自身にも分からなかった。どうしてか結城を放っておけないと思っていた。



「どうするのが正解なのかな」

水野は携帯を握り締めていた。

自分はプロの忘れさせ屋だ、そう言い聞かせる。

今までは『恋愛禁止』の絶対条件を何とも思わなかったし、依頼人やターゲットは"ビジネスパートナー"でしかなかった。

なのに何故今回だけ情が移ったのか。そもそも同情なのか惹かれているのかすら分からない。

水野は通話ボタンを押せずにいた。

依頼は中断すると決めた、それはクライアントとの総意だ。下手に同情で近寄ると火傷をする。

「俺のこと、嫌いになったかな」

彼女の望まない優しさを演じて、勝手に消えて……。

水野は少し寂しそうに笑った。

そして彼は首を振ってその雑念を取り払うと、報告書に手をつけた。


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