遠く
(あんなこと言わなきゃ良かった。最後になるくらいなら)
そう思って俯く。
結城はある店の前に立ち止まった。
水野と最後に言葉を交わしたレストランの前で。
この日、結城は黒城に呼ばれていた。「元気がないって聞いたから、会いたい」と言われ、ある店に行くことになった。
『外の空気吸うついでに、大学行ったら?別に馴れ合う必要もないと思うし。』
そう水野に優しく諭されてから、ほんの少しではあるが出席日数を増やしていっていた。
そこで同じ学科の友達が心配していたのだった。
「さおり、急にどうしたの?」
黒城は結城に一切水野の行方は伝えなかった。そして彼女自身も結城と接触する機会をあまり持ち得なかった。
「未来、元気?夏帆ちゃんから元気ないって聞いて、心配したんだ」
「え?大丈夫だよ。大学も少しずつ頑張って行ってるし」
黒城は穏やかになった笑顔を見て安心した。
何度か水野のことを聞かれたときは、もしかして傷付いているのかと思っていた。だがこうして対面すると、そうでもなさそうに見える。
「やっぱり、教えてくれないんだよね」
ふと結城が呟いた言葉が、二人の空気を重くする。
黒城は困ったように目線を巡らせた。
「連絡、とってみたら?」
「……出来ないよ」
黒城の提案に、下唇を噛む。
結城は目の前のパスタを見た。前回水野と来たときと同じもの。
「会って謝りな?確かに純くんは大丈夫だって言ってたけど」
「そう、だよね」
でも怖いんだ、と零す。
黒城は「大丈夫」とは言えなくて、口を閉ざした。
無言で食事を進めていると、黒城が突然ニッコリ笑って言った。
「そうだ!ライブのチケット当たったんだけど、一緒に行かない?未来の好きな人たちの」
「えっ!?行く行く!」
女子らしく目を輝かせて話題に乗る結城。黒城は空気を変えられことにほっと溜め息をついた。
「またメールする!」
「ライブ楽しみにしてるね!」
笑顔で手を振り合った。
結城は久々に気分も良くて、明日からまた頑張れる気がした。
それから結城は今のところ2週間、休まず講義を受けていた。
待ちに待ったライブも一週間後ということで、いつも以上にニコニコとハイになっている。
そんな中、大学の帰り道。
ふと反対側の歩道を見る。
「っ!?」
良く見知った顔。"慧"と同じように突然消えた……
「純くんっ」
でも彼は笑顔で女性と歩いていた。一目で分かる、違う世界の人。
普段とは打って変わった整った雰囲気に、結城は足が竦んだ。横断歩道の手前で立ち止まったまま、彼らを目で追った。
その彼らが出てきたのは、有名な大企業で。
(社長令嬢の……婚約者、とか)
結城はその考えに何故か胸が軋んだ。思えば知らないことばかりなのに、優しくしてくれるからって甘えてた。
路肩に止めてある、いかにもな車に乗り込む。
そのとき、水野と目が合った気がした。直ぐに顔が背けられ、彼は車に乗った。
「近くにいるなら、連絡くらいしてくれてもいいのに」
自分からじゃ出来ないのを棚に上げて結城は思った。
気付けば、始めから見なかったかのように景色は平然としていた。