終わり
「賢いお嬢さん」
水野は口に入れていたガムを捨て、高級なレストランへと足を踏み入れた。
それから数時間後、約束の時間に約束の場所へ来た黒城は水野を目にした。
先日結城と会ったときの安っぽいスーツとは格段に違う。場所や相手に見合った、高級感漂う清楚なスーツ。
『それなりの格好してきて』
待ち合わせの名前からして、黒城は『それなり』のレベルは理解できた。多少忘れさせ屋の仕事内容は聞いていたし、直前まで依頼遂行していたのは何となくわかっていた。
なのに……
「目の前でキス見せられるこっちの身にもなれっての」
実際には別れの挨拶程度だったのだが。
綺麗なドレスの女性が去ったのを見届けてから、黒城は水野の元へ向かう。
「ごめんね、こんな所に呼び出して」
黒城の姿を確認すると、水野はふわっと笑った。今までの大人っぽさはかき消される。
「さっきのは、お得意様?」
「うん。数時間愛犬の思い出話をされたよ……死んじゃったんだって」
そう話しながら、水野はホテルの中を進んでいく。
黒城でも変に気を使わなくて済むような、(ホテルの中でも)庶民寄りなカフェに行く。
先程まで水野は最上階のレストランに居たのだった。
「ここのはちょっと高級なドルチェ、美味しいよ」
どうぞ、と店内にエスコートする水野は、黒城にとって年が近いとは思えない程に大人びて見えた。
席に着いてから、水野は早々に本題を切り出す。
「依頼のことなんだけどね……」
「やっぱり難しい、か。水野くんに悪いことしちゃったー、って謝ってたよ。直接言いに行きたくないって言われちゃったけど」
その言葉に、分かってたというように頷いた。
「だよね。俺もやりすぎちゃったかもしれないから」
「え?」
「ごめんね、俺久々に失敗しちゃった……」
良く理解しきれていない黒城がハテナを浮かべる。
「思ったより結城さん、慧くんに依存してたんだね……計算ミスだった」
「よく分からないところで逆ギレされた、とか?」
うん、と頷く。それに苦笑しながらごめんごめんと黒城は謝った。
「あの子そういうところあるよね。でも勢い任せに言って、あの子も反動で傷付いてるんだ。だからあんまり気にしないであげて」
「俺はいいんだけど、これじゃあ依頼が遂行出来そうにない感じがして」
オススメのドルチェを食べる。甘くて上品な味に、水野は少し気分が良くなった。
「今回はこれで終わりにしようか」
ぽつりと言った黒城に、水野は顔をあげる。こうなることは想像出来た、だけど実際打ち切りになると後味が悪かった。
「あとは彼女次第ってわけか」
「また動かせるようであれば水野くんに頼むと思う。そのときはよろしく」
「分かった。途中で手を引くのは好きじゃないけど……また何かあったら言って。相談とかものるし」
黒城がドルチェを一口食べる。上は甘いけれど、中のビターなチョコの味が、いやに気に障った。
それ以来、水野は結城の前に現れることはなかった。
結城もあまりに連絡がパタリと途絶えたことに、不安や心配を感じたが今一つ進めず。指は決して送信ボタンを押すことが出来なかった。
そして黒城に尋ねても、彼女は一切語らなかった。