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第8話

 工場街の雑多な道上を高校生が2列の隊列を成す。自動車がすれ違うのにも難儀するような細い通り沿いを38人で練るように歩いた。

工場はどこも独特の機械音を鳴らしている。旋盤やプレス機の音だ。

この界隈は今でも多くの家が工場稼業を続けている。

玄関先には機械油の滲みと旋盤から出た鉄の切子が落ちている。

どこの家も軽トラを持っていて、親方の母親か妻がそれでせっせと配達なんかをこなす。

ドンドンドンドン プシューッ。

プレス機が躍動する工場の前を隊列が過ぎて、さらに脇をぎりぎり軽トラが抜けていく。

吉田工業のおばさんだ。長谷には一目でわかる。

工場の音は長谷隆にとって子供の頃から聞きなれた音だった。部屋にいるときも、外で遊んでいるときも常に周りにあるもの。あの大きくて音がしない半導体工場ができるよりも前から、この町を満たす工場の音は変わらない。

月末になれば、夜遅くまで灯りがついていた。長谷の父もほかの家も懸命に働いてきたのを見てきた。

父親が物を作り、母は伝票を書いたり、時には配達をする。子供の自分も片づけを手伝ったりする。

町中の全員が同じように、働くことが生活することと一体だった。


 先ほどから長谷の横には斉藤祐樹が歩いている。

斉藤は機械油の臭いがする町というのは初めてだと言った。この臭いは悪くないと言った。

まんざら嘘で言っているのでもなさそうだった。

「町は昔から変わらないんだ。でもこのどぶ板は俺が幼稚園の時に鉄のふたをはめたんだ」

道端のどぶ板が鉄板になったのもトラックがぎりぎりを通るから丈夫にしたのだと親父が言っていた。

「親父が作った鉄蓋でもないのに知ったように言っていた」

東京タワーでも、なんでも自分が作ったって言う。子供の頃はそんな適当な話ばかり聞かされてたよ。

長谷が目を細めて言った。

「面白いじゃないか、全部信じてたんだろう?」斉藤も笑いながら言った。

長谷から見て、斉藤は程よくクラスに馴染んできたように見えた。

転校してきてからまだ2週間ほど。自分からは人の輪に入らない所は変わらない。

ばか騒ぎするところは見たことがなく、かといって塞ぎ込んでいる時もない。

その容姿から、いつもクラスの女子の注目を集めているが、それが普段の自分に影響を与えることなく

でも人の話を静かにうなずきながら、自分の中に織り込むように聞くことができる。

そこが、クラスでうまくやれる一種の器用さになっているようだった。

毎時間ではなくなったものの、休み時間になるとどこかに行ってしまう。

長谷はまだ斉藤にどこに行っているのか直接聞いた事は無い。

誰とでもうまくやれるのに、なぜか些細な事を気安く聞かせない見えない壁を斉藤祐樹は持っている。

周りから浮いて孤立するほど高い壁ではない。

誰もが心に自分を守る盾を持っている。でも斉藤祐樹の場合、盾より幾分高く厚い。

壁というより扉であろうか。

ならば、その扉を開けて尋ねてみればいいのである。

 長谷にとって歩きなれた道、角を曲がると自分の生家がある。 

ところどころ錆びた鋼鉄の看板には長谷精工と縦に書かれていた。

そして長谷は斉藤祐樹に休み時間の彼の行動について尋ね損ねた。







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