第5話
その日も空は澄み渡る青空で、その中には太陽以外のなにものも無かった。
菜摘はこんな空を見上げるのが大好きだった。
あごを上げて、いつもより沢山の空気を胸に吸い込むと、まるで体が空気に溶けこむようだ。
期末試験が近いというのに午後からは課題授業である。
大小の工場がいくつも有る川向こうの町の中にある工場の見学に行くという。
試験勉強や受験を控えた生徒達の息抜きだろうか。
生徒達への気遣いというより先生達の都合によって、と考えてしまう。
それがさぁ。 長谷隆が菜摘に話しかけた。どうやら俺ん家の工場に来るらしいんだよね。
俺もさっき先生から聞いたんだよな。頭をかきながらバツが悪そうに隆が言う。
驚くよりも先に隆の表情を見て笑ってしまった。
隆はラグビーで鍛えた体こそ大きいが、顔はやや童顔で笑うとクシャと目がなくなる。
ギャップが面白くて周りを見た。すると斉藤裕紀がこっちを見ていた。
家が工場だなんて知らなかったよ。 斉藤裕紀とは少しずつ授業の合間に話をしたりする事が増えていた。
時々、ふっと皆の前からいなくなる事はまだある、その理由が何か聞けていなかった。
コウジョウというよりコウバって言った方が良いような小汚いところなんだけどさ。
隆は、自分が生まれ育った家の事をそう言った。
そして斉藤裕紀に、年に1度位そのような町工場や商店を見学に行く課外授業がある事を説明した。
まさか、自分家に行く事になるとは思わなかったよ。なんか変だよなぁ。 親父も何も言ってなかったし。
そう言って、隆はまたクシャっとした顔になって笑った。
菜摘は、この隆の顔も好きである。
それに気を取られて斉藤裕紀が、親父かぁ、と呟いたのを菜摘は聞き逃した。




