第28話
「聞いてくれよ、ほんと菜摘っておっちょこちょいなんだよな」
長谷が言うと、菜摘が早口で否定する。「違うよ、さっき間違えてからは一度も失敗してないよ」
菜摘は、頭脳明晰で面倒見の良い優等生と誰からも思われている。
その菜摘が力を抜いて表情を崩せるのは相手が長谷だからかもしれなかった。きっとそうなのだろう。
「素敵だわ。まるで秘密の花園ね」菜摘が言った。「斉藤君のお母様って明るい方だったんでしょうね。向日葵が好きだなんてきっとそうだわ」
「よく覚えてないよ。死ぬ前の1年くらいはみるみる痩せていったし、やつれ顔だったからね」
俺の父親は、と話しておいた方がいい。と斉藤は考えて以前長谷に話した父の事を菜摘にも話した。
「その後、俺の母は働きながら俺を育ててくれたんだ。誰も助けてくれる人がいなくてさ」
ざくっと土にスコップが深く差し込まれた。
犯罪者を出した家になってから一切関わり合いを持たなくなった近所の人達や親戚の人々の顔が浮かんだ。
「ある日、学校から帰ると居間に母が倒れていたんだ。それが最後さ」
もし恨むとしたら、自分たちを置いて刑務所に入った父だろう。
「向日葵はいつも太陽を向いているから好きなんだと母が言っていた。それから婆さんを頼ってこの街に来たんだ。今はただの厄介者だから、高校を出たら働こうと思っているんだ。
長谷ん家で仕事を覚えたら、どこか高卒を雇ってくれそうなところを探すんだ」
そういって、また斉藤はシャベルで土を掘り返した。
脇の雑草を見つけると二度と雑草が生えない様に必ず根っこから掘り返した。
土が飛沫のように跳ねるように見えた。
長谷も菜摘もその腕の動きをじっと見ていた事に斉藤は気が付かなかった。
さっきまでの陰鬱な塊が心の奥にあることを思い出していた。
嫌なことを思い出してしまった。それどころか、父の声が聞こえてくるような気がした。
ざくざくと土を掘り返す音にまぎれて聞こえる怒声。
時が来るのを待つな。人の助けを待つな。
状況は自分で作り出せ。それが家族すら信用しなかった父の信念だった。
腕に力を込めて、いっぱいの土を掘り返す。父の声が聞こえないくらい集中したかった。
気を抜くと父が目の前に現れそうで、振り切るように土を掘り返した。
それは執拗なほどで、目は血走っていた。
対話するような優しい土扱いでなくなったのを菜摘が心配そうに見たのに斉藤は気が付かなかった。
「斉藤くん、あのね」菜摘が陽に火照って赤くした頬で言った。
斉藤は、はっと我に返ったような顔を上げた。この陽気なにに顔が青ざめていた。
「今夜ね、三人で河原に花火をしにいかない?」
実はもう準備してあるのだという。家が厳しい菜摘も家族の了解を得てあるのだという。
「いいだろう? 行こうぜ」長谷がが白い歯を見せて涼しげに言った。
考えてみると笑いながら向日葵畑を世話したのは初めてではないだろうか。
断る理由はないなと斉藤は思った。