第26話
斉藤は今日も向日葵畑の手入れをしている。夏休みの静かな学校のさらに裏の空き地である。
辺りには斉藤以外に誰もおらず、鳥の小さなさえずりまで耳に入った。
学校の水道から水を汲んできて日向の乾いた土を湿らせる。
そして、すぐに生えてくる雑草を一つ一つ丁寧に抜いていく。
朝とはいえ、夏の日差しはすぐに斉藤を汗だくにした。
一人きりの作業では、目は土と向日葵にだけ向けられるはずだ。
しかし、心はいつのまにか向日葵畑からも離れていく。
なにかを許せない。ずっと前からそんな風に思うことが多かった。
何かわからないものが自分の心の奥に引っかかって捨てられない。
そして許せないものが多いほど、独りが楽になってしまう。
気が付いたら、自分、自分、自分。
自分の事ばかり考えてきたような気がする。そんな思いが溜まると父の夢を見ることが多い。
父は家にいても独りだった。ずっと自分の夢や欲望を追って生きているような男だった。
商売や金というものに対する執拗なこだわりがあった。そして家族には関心がなかった。
斉藤の心の底に引っかかって溜まっているのは記憶だ。
父が興奮した時に発する誰に対して向けられているのかわからない怒声。
そして、父がひとしきり暴れた後の部屋を片付ける母の悲しい顔の記憶だった。
振り返り、斜め45度を見上げると丘の斜面の上にある墓地が見える。
向日葵畑に居るときだけは、母の笑っていた頃の顔を思い出すことができる。
ここは温かい気持ちにさせてくれる母の穏やかな笑顔に会うことができる特別な場所だった。
たくさんの向日葵は黄色い輪っかのような花の面を咲かせている。
奥の方まで幾重にも花の輪は重なって見え、ちょうど母の眠る墓地の方を向いてゆっくりと揺れていた。
バケツの水が無くなったところで、誰かが近づいてきた。
向日葵畑には誰も来ることはなかったが、いまも木の枝を踏んで折れる音が数度ほど鳴った。
学校の裏から続いてくる茂みの道から現れたのは、長谷と菜摘だった。