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第25話

 「何度言えば判るんだ。ばかやろう。状況を考えろ。」

この声には聞き覚えがあった。それだけでなく覚えのある場所だった。

そうだ、ここは自分の家の居間で、今は父が目の前で誰かと電話で話している。

父は怒りで肩を震わせている。

聞いているこちらが恐ろしくなる程の怒鳴り声だった。

そのうち、父が震えるその振動が家を揺らし、そしてどんどん大きくなって大地をも揺らした。

もう立っていられなくなってその場に座り込んだ。父の体が化け物のように大きくなったのが見えた。

いつの間にか家はどこかに消し飛び、父と自分だけになった。揺れる、その中で父の姿に飲み込まれそうだ。

「祐樹、いいか、状況を作り出せ。 勝負に勝ちたきゃ状況を自分に引き寄せるんだ。」

父の顔が鬼のように赤くなり、もはやそれは人間とは思えなかった。あれは鬼だ。

父は鬼になってしまった。

「状況を作れなきゃ勝負に負けるんだ。覚えておけ。」


 呪いのような声で斉藤は目が覚めた。

首の回りが汗まみれだった。体が重く感じる。嫌な夢を見たと思った。

目ざまし時計が鳴り出す時間にはまだ早かったが斉藤は着替えるために体を起こした。

夏の夜明けは早く、もう陽の光はカーテンの隙間から部屋に入り込んでいた。

時々見る夢だった。父が刑務所に入って離れて暮らしているのに、父がまとわりつくように現れるのだった。

不思議と母の夢を見たことがなかった。

優しかった母が自分の心の中から消えたことは一瞬も無かったが、夢を見る回数は不公平に偏っていた。

父の夢を見るときはいつも同じようなシーンの繰り返しだった。

 その頃まだ中学生だった斉藤だが、父が会社の社長だという事を理解していた。

休日も家にいたことがほとんどなく、たとえ家にいたとしても、このように電話ばかりして大抵は誰かを怒鳴りつけていた。

だから斉藤にとって社長とは”誰かを電話で怒鳴りつける人”だと思っていた。

父が大きな声を出し始めると、いつも自分の部屋に引っこんだ。

でなければ怒りの矛先が今度は自分に向かうことを知っていたからだった。

八つ当たりと言ってもいいだろう。父はとにかく短気でいつも誰かを叱り飛ばさないではいられないようだった。

「おい、祐樹。」一瞬父の電話が終わる方が早かったのだ。

「なんだい、父さん。」

おそらく父は電話で父の部下に伝えようとしていたことの続きを傍にいる息子に気が済むまで話す。

「いいか、祐樹。男の仕事はなぁ、一瞬一瞬が勝負なんだ。状況を作り出せ。どんな悪い状況でも勝ちたかったら、その状況を自分に有利に作りかえろ。わかったな。」

父は、この状況を変えるという話しを何回も聞かせた。

この話を聞きすぎたせいで今でも夢に出てくるんだろうと斉藤は思った。

 斉藤は身支度を整えると学校へと向かう道を歩いた。

今朝も向日葵畑の世話をするためである。 




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