第21話
工場の大きな門の前にトラックを停めた。取引会社が持つ入門許可証を見せると、電気式のバーが開いて構内へ入ることが出来る。
建物のなかで舞台のように一段高くなったプラットフォームと呼ばれる荷揚げ台に荷台側から後ろ向きに着トラックをつける。
プラットフォームは、いくつかの高さの種類があり、長谷精工のトラックにも合う高さがあった。
「俺は納品書を渡してくるから、隆と斉藤君は荷揚げを先にやっちゃってくれる?」
明は鞄を持って事務所棟へ歩いて行った。広い工場だがどこに何があるのかよく知っている。
プラットフォーム上には工場の受け入れ係の人がいて、こっちこっちと手招きしている。白い枠が書いてあって、隆と斉藤はそこへパケットを積んだ。
太陽は空高く上り、日差しが荷運びする背中を焼くようだった。
汗が止まらず、額どころか顔中、体中の汗腺がから吹き出すようだ。パケットはひと箱40kgはあるだろう。
二人でないと運ぶことはできない。先ほどの受け入れ係のおじさんが商品番号と数を読み上げて確認していた。
「兄ちゃんたち、これを飲んでいきなよ。」おじさんが斉藤達に水筒から汲んだ麦茶を差し出した。
長谷精工は、もう馴染みの工場だからM電気製造の人達も顔見知りだった。
「ありがとう。」こういうときも斉藤は楽しそうな顔をしている。隆はそう思った。
「工場の仕事は気に入ったかい? 楽しそうに見えるよ。」
「性に合っているみたいだ。」斉藤が汗を拭いながら言った。
最近揃えた新しい作業着が背の高い斉藤にもぴったりと合っている。夏になって日焼けしたようだ。
あの向日葵畑にもまだ通っているのだろう。
黒くなった肌と堀の深い野性的な顔立ちの斉藤はまるで外国人の季節労働者のように無国籍に見える。
「卒業したら、どこかの工場で働きたいって言ってたっけ?」
「この街で働きたいけど、俺はM電産みたいな大きな工場じゃない小さな所でやってみたいんだ。」
斉藤は、転校生である。隆には、斉藤がまたどこかに行ってしまう事を考えているように見えた。
斉藤の父は、単身赴任中だと前に聞いた事があったが、そちらの家に移るつもりでもあるのかと隆は思った。
「お父さんが、単身赴任になる前はどこに住んでたんだい?」これまで斉藤の家族の事を自分から問うた事が無かった。
仕事をしている時の斉藤には話しかけやすい。理由は判らないがいつもそうなのだ。
「俺の父親は名古屋で不動産の仕事をしていたんだ。だけど今は、一人で広島県にいる。父が出て行った後、俺は母さんと二人で暮らしてたけど母が亡くなって母方の婆さんの家に越してきたんだ。」
名古屋はそれほど遠い所ではない。そこで斉藤は育ったのだ。
それにしても、母が亡くなった後、斉藤は父のいる広島県で暮らすことにはならなかったのだろうか。
どうして、祖母のいるとはいえこの街に来たのか判らなかった。
斉藤は隆の質問にバケットを運ぶ手を止めた。「そうだよな、おかしいよな。」そういうと斉藤は向き直ったのだった。
「ほんとは、広島って言っても。」ひと呼吸おいて斉藤は続けた。「俺の父親は広島の刑務所にいるんだ。」
隆はまずい事を聞いたと気付いて頭をかいた。さっきまでの不思議と楽しそうに見えた斉藤の顔が曇ったからだ。
「ごめん。」隆は言ったが、そんな隆に斉藤は笑って言った。 「せっかくだから最後まで聞いてよ。 俺の父親さ、不動産の仕事をしていたのは本当だけど、その不動産で詐欺をやって逮捕されたんだ。送られた刑務所が広島っていうだけで別に単身赴任なんかじゃないんだ。」
刑務所なんてこれまで身近に感じた事のない、そんな話に隆が戸惑っていると斉藤はニヤリと笑って隆を見た。
「嘘つくつもりじゃなかったんだ、悪かった。」
まるで、全部うそだよ、とでも言いそうなニヤリ顔だった。
隆は斉藤の言葉を疑うなんて出来ないと思った。父の元へ行かずに母方の実家に居る理由もつじつまが合う。
でもその後で隆は何も言えなかった。すると斉藤もそのニヤリ顔をすぐに止め、その後は何も言わずにまた静かにパレットを運んだ。




