第20話
受験生の長谷隆に夏休みはない。
ここからの約半年間の振る舞いが自分の一生を左右する。長谷は一日の受験勉強の時間割通りを組み立て、センター試験と本試験の日程で自分のピークが来るようにした。
受験勉強は例えるならば部活の練習や県大会のトーナメントを勝ち抜くための準備に似ている。
長谷はその考え方に沿って予定には休日も盛り込んだ。休む時間を作る事でピークの集中力を保つためである。
弛まずに集中している様を見せる事は、バイトで家の工場に来ている斉藤の前ではより意識するようにした。
しかし今日は長谷が予定した休日である。階段下の工場では斉藤や兄、父の仕事が始まっていた。
工場を優先した結果、階段はとても狭くて急な造りになっていて長谷のがっちりとした体躯には窮屈だ。
工場への鉄ドアを開く前から鉄の削り粉の匂いがした。この家の、もっというのなら、この地域の匂いだった。
「 おはよう。 」斉藤の肩を軽く叩く。斉藤は汚れた手を使わずに軽くあごで返した。
「慣れてきたんだな。親父が褒めてたぞ、筋がいいって。 」
半導体工場へ納品する商品をパケットに積む作業中だった。
所々を使い古してささくれた年季の入った青いバケットには新しい商品が1バケットにつき80個入る。
この日の納品は20箱、つまり1600個の部品を納める。ここ数日の間、斉藤たち全員が働いた成果がこの鈍く光る鉄で出来た部品だった。
長谷は、勉強をする日には絶対に工場に顔を出さなかったから数日ぶりに工場の斉藤を見た。
ねずみ色の作業服が板についてきたように見える。向日葵畑で先日話していた事を思い出し、こういう仕事が斉藤に似合っていると言えなくもない、と思った。
袖で汗を拭う斉藤を見た泰三が言った。「配達には隆も行ってくれないか。明は運転してやってくれ。」
斉藤は、泰三と隆の顔を交互に見たが何も言わなかった。
隆は「 いいよ。」と言って着替えるために再び部屋の中に入った。
程無く、隆がジーンズにねずみ色の作業シャツを着て工場に降りてきた。靴は古いズック靴だ。
泰三は、新しい治具を削って形を見ていた。斉藤と隆は、バケットを全てトラックに積んでいた。
特に話はしない。隆はこういう時に斉藤が楽しそうな顔をする事に気付いた。
一人で向日葵畑にいる時の斉藤の顔を想像した。
明がやってきてトラックを半導体工場へ走らせた。作業用のトラックに後部座席は無い。
運転席と助手席との間に小さなシートがあって前列だけで3人まで乗ることが出来る。
トラックは、狭い工場街を抜けて昼間の県道をガタピシと走った。
例の洋風リゾートホテルの脇を抜けて道の向こうには、そびえるような白い箱型のM電産製造の工場が見えた。
「この納品が終われば、お盆前の仕事はひと段落つくし、今日はうちでご馳走作ってお疲れ様会をやろうって親父が言ってるよ。」運転席の明が言った。「斉藤君も来れるだろう?」明はちらりと中央の第3のシートの斉藤を見て言う。
隆も斉藤にお疲れ様会への参加を促した。「判りました。後で自宅にも連絡しておきます。」斉藤はこういう時に朗らかに話す。「じゃ、決まりだな。」明が言うと隆も満足そうにうなずいた。




