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第17話

 川沿いの大きな半導体工場。そこから一台の車が丘の上の境家に向かって走っている。

工場の営業車ではなく役員等が使用する特別な黒塗りのセダンである。セダンは、急ぐでも急がないでもないような速度で街に1つきりの駅を過ぎて商店街面した交差点をゆったりと抜けていく。

通りには他に車も少なく、登坂路は緩やかにカーブを描いて鮮やかな夏空へ続くように見えた。

やがてセダンは教会の前で停車した。

教会と言っても、見上げるように上下に長いファサードではない。

十字架も立てられてはおらず、知らぬ者であればそれとは判らぬであろう。

大きさだけは程々にあり、遠目には公民館のようで白い壁が薄く汚れて蔦が絡んだ、なんとも時代掛かった2階建ての建物だった。

しかし、この街では誰もがこれを教会だと知っている。門扉は大きくてこの時間は閉ざされており、脇には大きく青銅の鋳物でこしらえられた表札が掛けられている。

 翠光の会。

あまり知られた名前ではないが、この街では別である。またいくつかの街でも翠光の会は人々の心を捉えている。

信者の事を会員と呼ぶこの団体がこの街に広まったのは戦後間もなくの事であった。

進駐軍の中に信者がいたという話もあれば、進駐軍に取り入った団体の者が占領政策に紛れて日本に入ったという話もある。

いずれにせよ、翠光の会はその詳細を公式に明かしてはない。

アメリカから渡ってきた事は間違いないが、他のどの団体とも関係の無いインディペンデントであるという。

 先程のセダンから一人の背広姿の男が降りてきた。

運転してきたこの男は例の大きな半導体工場で働いている。

M電産製造の総務課課長、名前は阿形という。

阿形がインターホンを押すと、自分の名前と約束の時間通りに参った旨を形式的に伝えた。

すぐに、奥から男と女が一人ずつ現れた。

男の方は女の後を神妙な面持ちで沿う様に従っている。女の方が位が高いのだとすぐに判る。

この女を知らぬ者は恐らくこの街の者では無い。

先日、長谷精工を訪ねていた麻生様こと、教会長の麻生光である。従う者は伊集院という男でこの教会の伝道師の一人だった。

『ご苦労様です、阿形さん。』

麻生光が阿形に声を掛けた。麻の長いケープをまとう姿は宗教家然としたものに見えた。

しかし、不思議なのはその容姿である。化粧をしていても判る、その青いほど白く血の気の無い肌。

痩せた頬。異様に大きな目は瞬きをしないように見える。

阿形は圧倒されて何も言えずただ深くお辞儀をした。こんなに近くで見るのは初めてであった。

『どうぞ、暑いので冷房の効いた車内にお座りください。』やっとそう言うと阿形はお抱えの運転手のように後部ドアを開けて麻生光を招いた。

麻生光は微笑む。嬉しさや喜びとも無縁の顔であったが無表情や無感動とも違う穏やかさがあった。

この方は、とうに解脱されている。阿形はそう思った。

続く伊集院は、背が低く宗教家のくせに町役場の事務員のような風体に見える。

やんわりと剥げかかった頭にぎょろりとした目で見上げるように自分を見た。

『よろしくお願いします。』見た目の割に丁寧に話す男だと阿形は思った。車に乗り込むとき、伊集院の履く磨きの甘い革靴が阿形の印象に残った。

 再びセダンは境家への道のりを進んだ。県道付近の学校が夏休みになると、自転車に乗った子供等の顔がちらほら見える。妻はいても子供のいない阿形は、数年前まで子供を欲しがって悲しんでいた妻の顔を思い出した。

結婚して20年近くになるが子宝に恵まれなかった。近頃では阿形も彼の妻も半ば諦めがついたが求めても届かないものが有るのだといまさらに思う事がある。

それにしても子供達がいるだけで街の風景に躍動的な色が入って見える。

 今日の送迎は業務ではない。しかし大切なお役を仰せつかったものだ。

会社の中では業務以上の大役といってくれた者もいた。それは後部座席に乗る二人と大いに関係している。

翠光の会の教義の根本で語られるのは、幸福を創るのは個人ではなく最小の単位は家族であるという事だ。

会がその活動として行っているのが幸福な家族の創生。神に選ばれた者たちを引き合わせる婚姻の儀式が会の活動の一部だった。

今度の婚姻の儀は街でも知られた家同士の組合せである。

この度引き合わされたのが、阿形が勤めるM電産製造の社長の跡取りである横井信二と、境家の令嬢である境 菜摘だった。

今日は教会と境家の打ち合わせのために麻生光と伊集院を境家に送迎するのが自分の役割だった。

総務課長である阿形は社長直々の指示により、婚姻の儀を行う教会に協力することなっていたのだった。

 それ程広くないこの街では、すぐに目的の場所に着く。

境家の邸宅の駐車場に車を回し、麻生光と伊集院を境家の玄関に案内した。

いや、境家もM電産も翠光の会と共に歩んできたと言われる。お互いがそれぞれ初対面であるはずがない。既にこの敷地内にも何度か来たことがあるのかもしれなかった。

境家の女中に案内されて奥へと案内される、阿形はここでは麻生光や伊集院よりも一歩下がっている。

おつきの運転手と間違われたかもしれない。

居間といっても相当に広く、ホールと呼ぶ方が正しい。緋色の絨毯が敷かれたそこには二人の女が待っていた。

境 菜摘の母親の真紀子と実質的な境家の最高実力者である境 千草である。

千草は、境 菜摘の祖母にあたる。すでに夫に先立たれており境家を取りまとめ、従ってこの街の取りまとめを行う者でもあった。

境 千草と真紀子は、立ち上がって麻生様を出迎えた。


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