第14話
斉藤の方から相談を持ちかけてくるのはこれが初めてだった。
休み時間にここへ来る理由がこの向日葵の花と関係しているのだという。
「俺が休憩時間に学校を抜け出してたのは、この向日葵畑を守るためなんだ」
向日葵畑を守る高校生。腑に落ちない組み合わせだった
斉藤は、突然の話を上手く理解できない長谷や菜摘にさらに意外な話を始めた。
『初めてこの場所に気付いたのは、転校してきた2、3日後だったんだ。
どこに何が有るか覚えようとして学校中を歩いていた。
そのときに、さっきの壊れた柵を見つけたんだ。』
斉藤は指をさした。
あの手のフェンスの一部が壊れているのは珍しいようで、実はありふれている。
長谷は中学の時にやはり壊れた外柵が有った事を思い出した。
『向日葵は別に、俺が種をまいて育てた訳じゃない。最初から群生していた。
ただ雑草も酷くて向日葵にもダメージがあったみたい。このままじゃ負けて枯れそうだった。
あとは周りがゴミ溜めになっていたから掃除したりしてただけなんだ。』
斉藤が一人でしたという事だった。たしかに処理した雑草がすみっこに集められていた。
空き缶や陽に焼けて腐りかけた樹脂か何かの廃材が集められていた。
一人で面倒をみる面積ではない。しかも素手の作業だ。
花壇、造園が趣味だったとしてもこんな場所をなぜだろうか。
斉藤が、わざわざ学校を抜け出して荒れ地に咲く野生の向日葵の面倒を見る必要は無いはずである。
『ここには学校からしか入れないから、夏休みの間にまた荒地に戻るんじゃないかと思ってさ。
どうにかして、夏休みにこの場所に来たいんだ。』
どうやって学校に忍び込むかって事が相談なのか?二人は面食らった。
そんな事?という気もする。相談自体は大したことじゃない。
夏休みの学校には、部活の生徒たちが大勢いて、斉藤一人紛れ込んでも目立つことはない。
さっきの校舎から外に出る扉に特別に鍵をかけたりしない限り、問題ないだろう。
『図書館で勉強する生徒も大勢いるから学校に来る事は平気じゃないかな』
長谷はそう言った。『それより、どうして壊れた柵をくぐって、こんな所まできたんだ?』
長谷は先程から疑問に思っていた事を言った。
さっきも考えた事だが、こんな風に壊れた柵が学校に有る事は実際には珍しい事じゃない。
人目につかない部分であれば、壊れた柵に職員の誰も気付かずに放置される事がある。
ただ、生徒もそんな柵をわざわざくぐったりしない。
自分もこれまで柵を越えて外へ出た事はなかった、小学生ならともかく。
菜摘はもっと違った感触を抱いた。
夏休みに学校に来る事が難しくない事はだれでも判る事。
なぜ自分達になのか判らないが、斉藤が初めて自分の話をしようとしているのだ思った。
『上を見てくれないか』斉藤は指を指したのはこの林の中にぽっかりと空いた土地からやや上った所だった。
そこは、向日葵畑を見下ろせるくらいに高く、丘陵地帯に建つ学校の棟より高い位置だった。
黒っぽい物が並んでいる。 墓石がいくつも並んでいる。この丘の頂上付近を造成して作られた墓地だったのだ。
『墓地がどうしたっていうの?』菜摘が聞いた。
『あそこに、俺の母親が眠っているんだ。向日葵が好きで、夏になると必ず庭に咲いていた。
学校と墓地が近い事を知っていたんだ。そしたら墓地の方角に面した柵が壊れていた。
気になって入ってみたら、この沢山の向日葵が咲いているのをみつけたんだ。』
斉藤は、向日葵と高台の墓地とを交互に見やった。
菜摘は斉藤の母親が亡くなっていた事を知らなかった。長谷もきっとそうだろう。
亡くなった母の好きだった向日葵が、偶然にも墓地の眼前に有るのを見つけたとき。
斉藤は迷わず荒れ地だったこの場所の手入れを始めたのだろう。
斉藤にそう決意させた母とはどんな人だったのだろうか。
群生する向日葵に囲まれて斉藤が立っている。風に揺れる花を守るように支える。
揺れる向日葵の花の1つ1つが笑っているようであった。




