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第11話

 ただ、立っているだけでも周囲の目を集める人がいる。窓の外を覗く生徒はさらに増えて菜摘の左肩には他の生徒の肩がぶつかる。

反対側を斉藤が庇うように立っているせいで菜摘の右側だけは安全だ。

彼が転校して来たときも確かに人の目を引く所が有ると思った。

それは例えるなら野球の試合で、リリーフピッチャーが出てくる時に似ている。

ある種の期待感だ。

しかし、あの女性は斉藤とは全く違う要素を持っていて注目されているのだ。

『麻生光だ。』

『麻生様だ。』 周りの生徒が口々に言う。だけど誰も外へ出て彼女に近づこうとはしない。

むしろその場に釘付けになって凝視しているだけだ。

そう言う私も、声1つ出せずに麻生光を見続けている。長谷の父は腰を低くして何やら会話している。何か言う度に頭が操り人形のようにコクリコクリと下げている。媚びるように話す姿はさっきまでの元気の良さが嘘のように感じられる。

態度を変えたのは、この注目を集めてしまうあの麻生光のせいなのだ。

自分達もこうして見てしまうのは何も期待感ではない。ある種の畏怖の念であろう。

『こんな所で見るなんて、教会でしか見た事無い』誰かが言った。

そうだ、麻生光はいつも教会にいる。この町に住んでいる人の多くが何らかの機会で一度は行った事のある教会。

町長も信者だと言う彗光の会。

日本全国に幾つかあり、この町にもあるこの教会に派遣された町の支部長こそが、聖母と呼ばれる麻生光だった。

生徒達は、もう工場見学どころではなくなっている。この町一番の有名人がすぐそこにいるからだ。

『誰なんだ、化粧の濃い叔母さんにしか見えないけどな』何も知らない斉藤が言った。

『やめなさいよ、聖母様 麻生様だって拝む人だっているくらいなのよ。』

菜摘は斉藤の言葉を遮るように言った。誇張するつもりは無い。正に目の前の長谷の父親がそうではないか。

『宗教団体ってことだろ、菜摘もその宗教の信者なのかい?』

『彗光の会の場合は信者では無く会員と呼ぶわ。 私の場合は家族揃って会員なのよ。』

自分の家族だけではない、この町ではほとんどの人々がこの彗光の会の会員なのだ。それくらい素晴らしい教えだと父も母も、祖父も祖母もみんな言っている。

『でも。それが誰であろうと素晴らしい教えってあるのだろうか』つい独り言が出てしまった。菜摘は誤摩化すように俯いた。

これは少し前から考えていた事だった。

『やっぱり麻生様を見ているだけで癒される気がするね!』誰かが言った。さっきの独り言を聞かれなくて良かったと菜摘は思った。

『今日は運の良い日だぞ、みんな』教師も口を開いた。なぜか自慢するような口調になっているのがおかしい。

菜摘は振り返って長谷を見た。そういえば長谷から父親が熱心な会員だと聞いた事があった。でもこの町では熱心な会員である事は特に珍しい事ではないのだ。

『工場見学は中止になるってことなんだろうな、麻生様は親父に何の用だろう?』長谷が言った。

たしかに、この後すぐに見学会は中止になった。

長谷の父親は会の中で役を請け負っており、麻生光は長谷の父親を尋ねて来たのだった。

斉藤一人が怪訝そうにこの光景を見ていた。




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