夜の向こう
森を抜ける気配が、先に届いた。
空気が、少しだけひらける。
湿った土の匂いに、水の気配が混じる。
遠くで、かすかな波の音がした。
湖畔が、近い。
そのとき、わたしは気づいた。
光が、前よりも静かになっている。
弱くなった、というより、
使い切ろうとしている光。
体の奥が、ひんやりする。
でも、不安はなかった。
わたしは、十分に光った。
そう思えた。
こどもも、それに気づいたのか、
ときどき振り返るようになった。
「……ひかり、ちいさくなってる」
その声には、もう泣きそうな色はない。
かわりに、心配がある。
わたしは、応えるように、
最後に残していた力を、ふわりと揺らす。
大丈夫。
もう、すぐだから。
木々のすき間から、月の光が差し込む。
細い線だった光が、だんだん広がっていく。
森の影が、短くなる。
こどもは、足を止めた。
「……みずの、におい」
正解だ。
森は、背中を向ける場所。
湖畔は、戻る場所。
わたしは、こどもの前をゆっくり進む。
もう急がない。
光は、丸く、やわらかく。
道を示すというより、
終わりを知らせる灯り。
胸の奥が、あたたかくなる。
それは、光が消える前の、最後の温度。
湖畔の風が、葉を越えて届いた。
もう、夜は迷路じゃない。
わたしは、知っていた。
この先で、
わたしは役目を終える。
でもそれは、
消えることじゃない。
——渡すことだ。




