5 本当に好きな人
屋上には生徒たちが、ちらほら集まっていた。
みんな弁当を広げて、ピクニック気分の昼休みを過ごしているようだ。
「ここでいい?」
猫目先輩は給水塔の裏に周った。
死角になっているせいか、人気がなく、しかし日当たり良好な場所。
僕は、にべもなく頷いた。
猫は昼寝に最適な日向ぼっこ場を見つけるのが得意だとは言うけれど、猫目先輩のチョイスはまさにそれだった。
給水塔に背中を預けて、地べたに座る猫目先輩。その隣、少しスペースを空けて僕は腰を下ろした。
猫目先輩がビニール袋からパンを取り出すのに合わせて、僕も弁当袋から弁当を取り出す。
「いただきまーす」
「いただきます……」
本日の猫目先輩の昼食はメロンパンひとつだった。高カロリー食品ではあるものの、僕だったらそれだけで午後授業を過ごせるとは、到底思えない。
小さな一口で、メロンパンをもぐもぐしていた猫目先輩は、はぁ、とため息をついた。
「今日は休み時間にパン買っといたから、後輩くんのクラスで食べたかったな〜」
「どうしてそんなに僕のクラスにこだわるんですか?」
素朴な疑問だった。
猫目先輩は、朝、校門で合流した後も、僕のクラスに行きたがる。
「だって、秋本くんがいるじゃん」
え?
秋本?
猫目先輩は、秋本がいるから、僕のクラスに来たがっている?
それって、つまり。
「あ、秋本に会いたいんですか?」
──どうか否定して欲しかった。
でも、猫目先輩に僕の想いが届くはずもなく。
「そうだよ」
と言った。
なんでもない風に。
雑談のひとつみたいに。
猫目先輩はまたメロンパンを頬張る。
雷に打たれたような衝撃を受けた僕は、持っていた箸を落としそうになる。
秋本に会いたくて、一年生のクラスにまで来るなんて。
そんなの、まるで──
「……猫目先輩は、秋本のことが好きなんですか?」
言いたくなかった。
聞きたくなかった。
でも、口は止まらなかった。
猫目先輩のつり目が、僕を見据える。
彼女がメロンパンを咀嚼して、飲み込むまでの時間が無限に続くように感じた。
ごくん、と彼女の喉が上下する。
「うん。わたし、秋本くんのことが好きなの」
と。
秘密にしていたわけでもなく、知られたくなかったわけでもなく。
ただ聞かれなかったから言わなかっただけ、という風に、猫目先輩は頷いた。
「そうなんですね……」
なんで僕はショックを受けているんだ?
僕はただ、猫目先輩が元気になれば、人気者の手伝いができれば、自分の人生に意味があるような……そんな気がして……。
……僕は、彼女に、恋人になって欲しかったのか?
猫目先輩の幸せを、僕の女神の幸せを願うだけじゃ飽き足らず、僕自身の手で幸せにしたくなっちゃっていたのか?
高望みもいいところだ。
そんなんだから、恋心を自覚して、すぐに失恋するんだ。
吐き出すことも、飲み込むこともできない感情が、腹の中でぐちゃぐちゃに渦巻いていく。
感情がぐるぐると回るのと一緒に、目の前の景色すら、ぐるぐると回っているような気すらした。
──落ち着け、落ち着け。
僕は、ふぅー、とゆっくり息を吐く。
「……出会いって、聞いていいですか?」
秋本との出会いについて尋ねると、猫目先輩はメロンパンを飲み込みながら、頷いた。
「夜の公園でね、偶然会ったの。なんとなくお喋りしてたら、秋本くんが辛い状況でも頑張ってることを知って、一目惚れしたんだ。わたしも、親とか持病とか、いろいろ大変なこともあるけど、頑張ろうと思わせてくれたから」
「そうなんですね」
頑張っている人を見ると、自分も頑張ろうと思わされる気持ちは、よく分かる。
「猫目先輩なら、すぐに付き合えるんじゃないですか?」
なにせ、学校一の美少女だ。
学校中どころか、他校にまでその名を轟かせる彼女が、手に入れられない男なんて、存在するのかすら疑わしい。
でも、猫目先輩は僕の考えとは反対に、悲しそうに首を横に振って、
「片思いのゴールは、両思いじゃなくて、失恋だよ」
と、言った。
片思いのゴールが、失恋?
僕が言葉の意味を考える前に、猫目先輩は続ける。
「だって、それしか知らないもん」
……失恋しか知らない?
こんなに可愛くて、天真爛漫な猫目先輩が、失恋しかしたことがない?
──「好きな人には好かれないし、どうでもいい人には好かれるし」
自殺の理由を尋ねた際に、そう言っていた。
自身の片思いは成就できないのに、好きでもない人から告白される。
それが、どれだけしんどいのか、僕は想像するしかない。
告白してきた男たちの中には、坊主頭の三年生のように、諦めきれずに付きまとってきた人だっているだろう。
異性だけじゃないかもしれない。
好きな人をとられたと言う女子に恨まれたり、それが原因で友達が減ったり。
どんどん周りからは人が減っていくのに、どうでもいい人ばかりが近づいてくる。
イメージするだけで、自然に顔が歪んでしまう。
だから、愛されない、なんて自殺を図るまで追い詰められたのか……。
「……ちなみに、秋本って、彼女はいるんですか?」
「や、それはわかんないけど……」
好きな人に彼女がいるかもどうかも知らないということは、本当に、ただの猫目先輩の遠い片思いなんだ。
秋本はクラスに来た猫目先輩に挨拶こそ交わしていたが、どうして一年生のクラスにやってきたのか、突っ込んでくることはなかった。
こんな美少女の先輩と知り合いなのに、もっと仲良くなろうとか、せっかく会えたからたくさん話そうとか、そういう気概が感じられなかったように思える。
そんな秋本に対して、猫目先輩はぐいぐいいけないんだろう。
「あの、さ……ご主人様。できたらで、いいんだけど……」
「はい?」
思考が止まらない僕に、猫目先輩はもじもじしながら、口を開いた。
「秋本くんに彼女がいるか、聞いてきてくれない?」
……え。
……それを、僕に頼むのか。
「あ、でも! 本当に、できたらでいいから! 無理だったら、全然!」
ぶんぶんと顔の前で両手を振る猫目先輩。
ワガママを言ってしまったと思ってるんだろうな。
これまでの些細なお願いとはベクトルが違うから、僕に配慮してくれている。
そんな彼女の健気さが、やっぱり愛おしく感じてしまう。
「いいですよ」
「……ほんとに?」
不安げに瞳を震わせ彼女を安心させるように、僕は「はい」と言って頷く。
「秋本に彼女がいるか、好きな人がいるかどうか、聞いてくればいいんですよね?」
「……ありがとう」
猫目先輩は両手で持っていたメロンパンを左手で持って、もう片方の空いた手で、僕の手を握った。
「やっぱり、頼れるのはご主人様だけだよ」
にこり、と。
大きくて綺麗なつり目が、緩いアーチを描く。
長いまつ毛が、わずかにその瞳にかぶさった。
微笑む猫目先輩は、やっぱり、とんでもない美少女で。
可愛くて、可憐で。
僕は頼られたことと、その笑顔が、なによりも嬉しかった。
読んでくださり、ありがとうございます!
ぜひ☆やリアクションをポチッとよろしくお願いします!
感想やレビュー、励みになります!




