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26 駆け落ちごっこ

「……夜の渋谷なんて、初めてかも」


 僕と猫目先輩は、電車に乗って渋谷までやって来ていた。

 あのあと、僕たちは順番にシャワーを浴びて、返り血を落とした。


 僕の制服が血まみれになってしまったので、猫目父の服を借りた。

 空は満点の星空、ではなく、ただの暗闇。

 街灯が明るくすぎて、星なんて見えたものじゃない。


「夜まで帰れないのに、渋谷に来たことはなかったんですか?」

「うん。いつも、学校とか図書館とか。気分転換にカフェに行ったこともあるけど」


 真面目だ。

 飼い慣らされてきたんだろうな、ずっと。

 首輪を付けられて、言うことを聞かないと罰を与えられて。


 律儀にも、親の言いつけを守って、勉強以外はしてこなかったんだろう。

 スマホにGPSアプリでも、入れられているのかもしれない。

 こんな性格だから、星空恐怖症になってしまったんだろうな。


「でも、休日はさすがに遊んでいいんですよね?」


 秋本とのデートには、来てくれていたし。


「……夜になると、病気が出ちゃうから。すぐ解散だよ」

 猫目先輩は言った。

 デリカシーないこと聞いちゃったかもしれない。


「……体調は、どうですか?」

「全然平気! 今までが嘘みたい!」


 晴れやかな笑顔で答えてくれる猫目先輩。

 やっぱり、病気の原因は猫目母のDVだったんだ。

 原因を取り除いたことで、彼女は元の体調を取り戻しつつあるようだ。


 ハチ公の横を通り過ぎて、スクランブル交差点に差し掛かる。

 夜になっても、渋谷は人通りが多かった。

 むしろ、夜こそが、この街の本領発揮だとでもいいたげに。


「猫目先輩、はぐれるといけないですから」

「……うん」


 手を差し出すと、彼女は少し照れくさそうに、僕の手を握った。


「……彼女として、ヒイラギと手を繋ぐのは、初めてだね」

「……はい」

『彼女』。


 あの、猫目先輩が僕の『彼女』になっただなんて。

 本人の口から言われると、恥ずかしさが増してくる。


「あの、さ……。わたし、渋谷でずっと行ってみたかったところが、あるんだよね……!」


 遠慮がちに提案される。

 その声は弾んでいた。


「はい、どこですか? どこでも付き合いますよ」


 彼氏ですから、と心の中で呟く。

 ご主人様から彼氏に昇格した僕を、猫目先輩は引っ張っていく。


「ここ!」


 スクランブル交差点から少し歩いた地点にある建物、109だった。

 出入り口からは、可愛らしい洋服を着た女子たちが出たり入ったりしている。

 彼女の荷物持ちらしき男も、ちらほらいた。


 猫目先輩は鼻息荒く、瞳を輝かせてズンズンと出入り口に向かう。


 ……ま、いっか。


 猫目先輩が楽しそうでなによりだ。


 109は僕だって存在こそ知っていたが、足を踏み入れたことはない。

 中に入ってみてわかった。ほとんど女性向けブランドが立ち並んでいたのだ。


 一階から順々にウィンドウショッピングを続けていたが、猫目先輩が立ち止まった店は、一つのアパレルショップだった。

 姫系の洋服が並んでいる店だった。


「ちょっとここ入ってもいい!? そこで待ってていいから!」


 僕を気遣ってか、一人で服を見てくると言い出す猫目先輩。

 僕は「一緒に行きます」と言ってついていった。


 店内にあるすべての洋服にフリルがついていると言っても過言じゃないくらい、甘めテイストの洋服に溢れていた。

 トップスからスカートから、ワンピースまで。

 ガーリー系統しか取り扱わない店のようだ。


「か、可愛い〜!」


 猫目先輩が手に取ったのは、ピンク色をベースとしたワンピース。

 えんじ色と言うんだっけか、濃い赤のフリルとリボンがあしらわれているため、ちょっとシックな雰囲気もある。


「それ、可愛いですよね〜。新商品なんですよ〜。よかったら、試着してみてくださいね〜」

 近くで洋服を整理していた店員さんに話しかけられ、猫目先輩は背筋を伸ばした。


「あ、はい! ありがとうございます!」

 ニコリ、と笑顔を残して、店員さんは去っていく。

 店員さんは、当然ながら、店の服を着用しているので、可愛らしいフリフリな衣装に身を包んでいた。

 なるほど、店員さんが着ていると、自分が着たときのイメージが湧きやすい。


 僕は猫目先輩がピンク色のワンピースを着ている姿を想像する。


 うん、きっと似合う。


「試着しましょうよ。絶対似合いますって」

「え、えぇ〜? そうかなぁ〜」


 照れながらも、満更でもない様子。

 どうせ試着するなら、と猫目先輩はさらに店内を見渡した。


「これなんて、どうかな? 猫耳ダボダボパーカー!」


 白の大きめのパーカーを手に取り、猫目先輩は僕に見せた。

 フードは猫耳付きだ。


「間違いなく似合いますね」

「じゃあ、着ちゃう〜! すみません、試着したいんですけど」


 似合うと言われてよほど嬉しかったのか、店員さんに声をかけ、猫目先輩はあっという間に試着室へ消えていった。


 手持ち無沙汰になった僕は、試着室付近に陳列されているワンピースに手をかけて、いくらくらいなんだろう、と値段を確認する。


 だいたい六千円か。

 手持ちの財布と相談する。

 なんとか、二着ぐらいならギリギリ買えそうではあるが、後でカフェとか入ることを考えると残しておきたい。


 僕がお金について、うんうん悩んでいると、試着室のカーテンがシャッと軽快な音を立てて開けられた。

「どう!?」

 ピンク色のワンピースを着た猫目先輩が、腰に手を当てて仁王立ちしていた。


「……可愛い、です」


 ポーズこそ男らしかったが、淡い薄ピンク色ベースと、えんじ色のリボンやフリルは、とても似合っていた。


 くびれできゅっと締まったデザインと膝上のミニ丈が、猫目先輩の体の細さをより強調しているし、ホワイトの髪と洋服のピンク色がとてもマッチしている。


「ほんと!? 似合ってる!?」

「はい、すごく似合ってます」

「よし!」


 そう言って、カーテンが閉じられた。

 しばらくして、またカーテンが突然開く。


「どう!?」

 さっきと同じ台詞で、僕に感想を求めてくる猫目先輩。


 その姿は、まるで白猫だった。

 白の大きめパーカーは、パンツが見えそうな際どい丈だったので、外での着用は控えてほしいものの、オフ感が溢れていて、これはこれで。

 パーカーというシンプルなデザインであるがゆえに、猫目先輩の顔の良さがより際立つ。


「フード被ったほうが可愛いかな?」

 フードを被れば、猫耳が現れる。

 ふざけて、にゃん、とポーズを決める猫目先輩。


「……可愛すぎます」

「さっきより反応良くない!? こっちのほうが好きなの?」

「どっちも好きです。さっきのは、さっきので似合ってましたし。これはまた、別の良さがあります」

「ふぅ〜ん」

 納得したような、そうでないような。

 微妙な反応を残して、猫目先輩は試着室のカーテンを閉めた。


「お待たせ〜」

 元々着ていた服に着替え直して、猫目先輩が出てくる。


「どうしますか? 買いますか?」

「うん、どっちも気に入っちゃった!」

 歯を見せて笑う猫目先輩は、試着室からそのままレジの列へと並びに行った。


「僕、出しますよ」

「え、いいよ〜、大丈夫だよ」

「僕が出したいんです」

 食い下がる僕に、猫目先輩は人差し指を頬に当て、考える素振りをしてから、


「じゃあ、半分だけ出してもらおっかな、彼氏さん?」

 べ、と舌を見せた。


 心臓が跳ねる。


 ──本当に、この人は、可愛すぎる!


「猫目先輩は、もっと自分が可愛いという自覚を持ってください……」

「えぇ〜? なんの話?」


 わからないフリをする猫目先輩と共に、お会計の順番を待っていた。



 一階から最上階まで、109を満喫した僕たちは、駅近くのカフェで一息ついていた。


「いや〜、歩いたね〜」

「そうですね」


 所持金が少ないので、爆買いとはいかなかったが、ウィンドウショッピングもかなり楽しかった。


 109にあるブランドは、安くて可愛い服がとても多くて、全部猫目先輩は着こなしてしまいそうで、一緒に歩いているだけなのに、人の服を見るのがこんなに楽しいとは思わなかった。


「……あ」


 ふとスマホを見ていた猫目先輩が、なにかに気づいたように言った。


「お父さんからだ……」

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