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25 結ばれる思い

「……っ、……」


 猫目母は何度か痙攣していたが、すぐに動かなくなった。

 その瞳に、もう光は宿っていない。

 

 猫目母の腹から溢れた血が床に広がっていく。


 猫目母を殴っても、猫目先輩から退かないと思った。やり返されるとも思った。

 もう、致命傷を与えるしかない、と。


「……ごめんなさい」


 返り血を浴びて、血まみれになった僕は、ヘタリとその場に座り込む。


「……ヒイ、ラギ……?」


 信じられないものを見たような猫目先輩の目。

 僕だって、僕が信じられない。


 ただ、猫目先輩を助けたかっただけなのに。

 幸せにしてあげたかっただけなのに。


 ボロボロと涙が溢れ出してくる。


「猫目先輩……」


 こういうときって、どうしたらいいんだ。

 僕が犯罪を犯してしまったから、警察?

 人が怪我をしているから、救急車?


 僕は、震える手で、ズボンの尻ポケットからスマホを取り出した。

 今回はスムーズに取り出せた。


「きゅ、救急車……」

「……意味ないよ、ヒイラギ」


 猫目先輩は座り込んでいる僕の横まで来て、しゃがみ込んだ。

 泣きっぱなしの僕を、猫目先輩が見つめる。


「……もう、死んでる」

 猫目先輩の言葉に、脳みそがようやく現実を理解しようと回転し始める。


 殺した?

 僕が?

 猫目先輩のお母さんを?


「ど、どうしよう……。僕、なんてことを……!」

「ヒイラギ……」


 血に塗れた手で頭を抱えたせいで、髪にも、赤い血がべっとりと付着する。


「ヒイラギ、落ち着いて……!」

「どうしよう、どうしよう、どうしよう!」

「ヒイラギ!!!」


 パニックになりかけている僕を、猫目先輩は強く抱きしめた。

 猫目先輩の腕の中で、僕の呼吸が徐々にゆっくりしたものに変わっていく。


「ね、猫目先輩……」

「あのね、ヒイラギ……」

「はい……」


「殺してくれて、ありがとう」


 え……?


 ただ猫目先輩を守ろうとした一心で犯してしまった過ちに、猫目先輩は感謝を述べていた。


「わたし、ずっとお母さんに飼われていたの」


 僕を抱きしめる手に、ギュッと力が込められた。


「専門卒の学歴コンプレックス抱えてるのは、勉強しなかった自分のせいなのに。勝手に大卒のお父さんに負い目を感じて、わたしを使って、自分の人生をやり直そうとしているみたいで。わたしがどんなに勉強頑張ったって、躾だって言って、褒めないくせに」


 猫目先輩が、毒を吐いている。

 今まで、彼女の中でずっとぐるぐる渦巻いてたであろう毒を、抜いているんだ。


「ありがとう、ヒイラギ」


 目を合わせた猫目先輩は、とても母親が殺されたとは思えないくらい、可愛らしい笑顔だった。


「わたしの首輪を外してくれて」


 瞬間、僕の目から涙がブワッと溢れ出る。

 僕はようやく役目を果たせたんだ。

 こんな僕でも、猫目先輩を幸せにできたんだ。


 泣きじゃくる僕を見て、猫目先輩はヨシヨシと頭を撫でてくれる。


「わたし、ヒイラギのことが好き」

「……え」

「ヒイラギを、愛してる」


 殺人現場での、愛の告白。


 普段だったら、どうして、とか、いつから、とか、たくさん聞きたいことがあっただろう。

 そんなことに浮かれている場合ではなかった。

 猫目先輩が本当に言いたいのは、多分その先の言葉だろう。


 場違いでも、猫目先輩は告白を続ける。


「だから、わたしと逃げよう」


「……逃げる?」


 キョトンとした顔をする僕に、猫目先輩は頷いた。


「うん。時効になる日が来るまで、二人で一緒に、どこかに隠れよう」

「そんなこと……!」


「できるよ。わたしとヒイラギなら。わたしを信じて」

「……っ!」


 殺人を犯しておいて、逃げようなんて。

 ただの高校生が、警察から逃げ切れるはずがない。

 自首すれば罪が軽くなる、と聞いたこともある。


「いざとなったら、とっておきの考えがあるの」

「考え……?」

「今は言えないけど……」


 肝心なところをぼかす猫目先輩に、僕は不安げに目線を向ける。


「要は、ヒイラギと駆け落ちしたいってこと!」

「か、駆け落ち!?」


 大それたワードに、僕の頬が赤く染まった。

 改めて、猫目先輩は向き直る。


「わたしは、ヒイラギが好きです。わたしと駆け落ちしてくれませんか?」


 頭を下げて、右手を差し出してくれる猫目先輩。

 その手は、少し震えている。


「……本気、なんですね」

「うん」

 僕はその柔らかい手を包み込んだ。


「……猫目先輩、いいや、ナツ先輩、僕と駆け落ちしてください」


 涙と笑みを浮かべた猫目先輩が、こくりと頷いた。

 僕は彼女に顔を近づける。

 彼女もそれを受け入れた。

 

 唇と、唇が、重なった。


 僕と猫目先輩は恋人になった。

 ──彼女の母親の、亡骸の横で。

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