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22 猫目先輩のお母さん

 え?

 家の周りに、娘がいてなにがおかしいのだろうか?


 母親が娘に言う言葉にしては、なんだか棘がある。

「……ちょっと、忘れ物しちゃって」

 そして、猫目先輩も取り繕うように、嘘をつく。


 普通に帰ってきただけじゃ、ダメなのか。


 ぱん!


 なんの躊躇いもなく。

 猫目母は、猫目先輩の綺麗な頬を、平手打ちした。


 ……え?

 なんだ、いまの。


 脳が理解を拒んでいる。

 猫目母が、あの可愛い猫目先輩を、引っ叩いた……?


 信じられなくて、僕は物陰に隠れたまま二人をまじまじと見てしまう。

「夜になるまで勉強して来いって言ってるでしょ! なんで帰ってくるの!!」

「……ごめんなさい」


 ぱん!


 叩かれている。

 どう見ても、猫目母は猫目先輩に暴力を振るっている。


 猫目先輩は、腕を顔の前に持ってきて、ガードするが、猫目母は、その腕を今度はグーで殴りつけた。


「あんたが! そんなんだから! お父さんが私に当たるんでしょうが! いっつもお母さんばっかり色々言われて!」


 一目もはばからずに、何度も。


 がっ! ごんっ! がんっ!


「ごめんなさい……。ごめんなさい……」


 猫目母の叩く手は止まらない。

 猫目先輩の細腕に、強い衝撃が与えられ続ける。


「猫目先輩!!」

 僕は駆け出した。

 彼女と彼女の母親との間に、無理矢理割って入る。


「なにしてるんですか! やめてください!」

「ヒイラギ……!」


 とにかく、引き剥がさないと!


 突然現れた男子高校生に、猫目母は怪訝な顔をした。

「はぁ? 誰よ、あんた」

「猫目先輩の後輩です! 行きましょう、猫目先輩!」


 本来なら、きちんと挨拶や自己紹介をしたかった人であるはずなのに。


 僕は猫目先輩の手を引いて、彼女の家から離れて行った。



 ここら辺の土地勘のない僕は、さっきまでいた公園に戻るしかなかった。

 公園まで走り抜けて、息を切らしながら、もう一度ブランコに腰を下ろす。

 幸い、猫目母は追ってこない。


「猫目先輩……、大丈夫ですか……?」

 短い距離ではあるものの、全力で走ったので息を切らしながら尋ねる。

 猫目先輩もはぁはぁ、と呼吸を整えている。


「……ありがとう、ヒイラギ」

「いえ……。すみません、事情も知らないくせに、家に送るとか言って……」

「…………」


 猫目先輩が僕に送られたがらなかった理由は、まだ夕方なのに帰宅すると、母親に怒られるからだったのか……!


「……わたしのお母さん、わたしのことがあまり好きじゃないみたいなんだよね」

 猫目先輩は、長袖の制服の袖を捲った。

 その白くて細い腕は、青アザだらけだった。

 先ほど殴られたばかりのアザも追加されている。


「わたし、高校受験、失敗したんだぁ……」

 猫目先輩の第一志望だったという女子高は、日本一偏差値が高いと有名な高校だった。


「お母さんが、すごい学歴コンプレックスを持っていてね、失敗を許してもらえなかったの。大学受験は、なんとしても東大に受からせたいから……、夜になるまで勉強して来いって言われててさ……」


 夜になる前に帰ってしまえば、どんな事情であろうと殴られてしまうんだそう。

 だから、スマホに友達を増やしてはいけないし、SNSも禁止されているのか。

 勉強の妨げになるから。

 猫目先輩の家庭事情は、とても他人事とは思えなかった。


 僕は、ゆっくりと自身の長袖を捲った。

「……それって……!」

 猫目先輩が目を見開く。


 僕のアザだらけの腕を見て。


「……僕の母も、そうなんですよ」

 殴られるとき、咄嗟に腕で自分を庇う。


 そのため、腕は特に、アザが絶えなかった。

 そんな腕で学校に通うわけにはいかないので、僕も、猫目先輩も、秋本も、夏だろうと暑かろうと、長袖を着用しているのだ。


「僕は、中学受験に失敗した日、押し入れに閉じ込められました。その日から、母は、日常的に僕を叩くようになりました。成績が出た後は、特に」

 模試の結果も、学校の考査も。

 満点以外は、とにかくなんでも叩かれる。


「……ヒイラギ、も……」

「……はい」


 猫目先輩が、僕のアザだらけの腕に手を伸ばす。

 僕はその手に、指を絡ませた。


「猫目先輩……」

「…………うん」

 ぎゅう、と手が強く握られる。


 猫目先輩の白い腕に散らされた青アザは、かなり痛々しい光景だった。


 僕が、なんとかするんだ。

 僕が、猫目先輩を助けるんだ。

 彼女を幸せにできるのは、僕しかいないのだから。


「猫目先輩は、僕が助けます」

「え……?」


「一度、猫目先輩のお母さんと、話をさせてください」


 今日は、塾をサボろう。

 今までは、サボるときは絶対に母にバレないように、一瞬だけ塾に顔を出すなど、工夫をしていたけれど。

 きっと、今回のサボりはバレてしまうだろう。


 それでもいい。


 母に殴られたって、ぜんぜん平気だ。

 押し入れに閉じ込められたって。

 家から締め出されたって。


 猫目先輩が、誰かに殴られるくらいなら、どんな仕打ちにだって耐えてみせる。

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