表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/27

19 秋本の家

 …………え?

 つまり、同性愛……?


 ネットや創作の中でしか聞いたことのない恋愛観に、僕は驚いてしまった。

 黙りこくる僕の反応に、春川先輩は眉をしかめながら続けた。


「猫目は、私の命の恩人なの」

「命の……恩人……?」

 こくりと春川先輩が頷く。


「去年、私がDV彼氏に監禁されそうになったところを、助けてくれたのが、猫目だった」


 DV彼氏に、監禁だって……?


 そんなホラー映画みたいなことが、現実に、身近な人間にも起こりうるのか。


「付き合う前は優しかったのに、たくさん殴られたし、たくさん泣いた。何度も逃げ出そうとしたけど、毎回連れ戻された。そのうち、別れたがる私に腹を立てた彼が、私を彼の家に閉じ込めたの。監禁されて三日目に、私が学校に来ないことをおかしいと思った猫目が、警察に通報してくれて、私は彼から逃げられた」


 元彼につけられた数えきれないほどのアザは、最近ようやく消えた、と春川先輩は半袖の腕を見せてくる。

 痛そうなアザこそないが、ところどころ、アザの跡っぽいものがある。


「それ以来、私は猫目のことが好き。猫目が初めて星空恐怖症を打ち明けたのも私。だから、私にとっても、猫目にとっても、お互いが特別なの」


 三人で、駅前で遊んだとき、急に体調が悪くなった猫目先輩に対して、春川先輩は冷静だった。

 彼女は、猫目先輩の病気を知る、唯一の理解者だったから。


「私以外の人間が猫目を幸せにできるはずがないじゃない。秋本だって無理」


 僕には猫目先輩を幸せにできない。

 そして、秋本にだって不可能だと言う。


 あれもダメ、これもダメ。

 かと言って、春川先輩が何かをできるわけでもない。


 だって、同性だから。


 お互いが命の恩人で特別、だから恋人にはなれない。

 猫目先輩を幸せにはできない。

 春川先輩の言い分は理解できた。

 しかし、納得はできない。


「それでも、探せばなにかできることがあるはずです……!」

「ここまで聞いても引き下がらないんだね」

 春川先輩は、また大きなため息をついた。


「そんなに言うなら……放課後、秋本の家に連れて行ってあげる」


 秋本の家?


「秋本の家に行ったから、なんだって言うんですか?」

「行けばわかるわよ。秋本には猫目を幸せにできないってね」


 秋本の家に、猫目先輩を幸せにできない理由がある……?

 春川先輩がなにを示唆しているのか、まったく予想がつかない。


「その代わり、約束して。そこで見た事実で、自分には手に負えないと少しでも感じたら、猫目にはもう近づかないって」

 思わず、唾を飲んだ。

 秋本の家に、いったいなにがあるんだ。


 得体の知れない恐怖が襲ってくるが、それでも、僕には頷くしかない。

「約束します。無理だと思ったら、僕は、もう猫目先輩に近づきません」

「絶対だからね」


 自信はあった。

 どんなことが待ち受けていようとも、僕が猫目先輩を守るんだって。

 

 彼女の笑顔を守ることは、僕が幸せになることでもあるんだから。



 放課後になり、昇降口で待ち合わせた春川先輩に促されるまま、少しだけ電車に揺られる。

 向かっているのは、秋本の自宅だ。

 すれ違えば挨拶を交わす程度に仲が良かったとはいえ、秋本の家庭事情を詳しく探ったことはない。


 何人兄弟だとか、親がなんの仕事をしているだとか。

 そういった情報は、全然知らなかった。


 クラスでは人気者で、男女ともに分け隔てなく仲良くしている印象が強い秋本。中心人物と言っていい。

 まだ夏前で、学校行事がそんなにあったわけではないが、なにか決め事があるたびに、率先して手を挙げ、意見している。

 きっと文化祭や体育祭も、あいつが中心になってクラスをまとめるのだろう。

 

 授業間の短い休み時間は女子と談笑。

 昼休みは男達でサッカー。

 放課後はバイト。

 彼は充実した高校生活を送っている、僕とは正反対の、日向にいる人間。

 きっと良い一軒家に住んでいるんだろうな。


「降りるわよ」

「あ、はい」


 春川先輩に促され、降車した駅は、学校から数駅離れた、乗り換えもないこじんまりとした駅。急行も止まらない。

 改札を出て、連れて行かれた先は、一軒の二階建てアパートだった。

 住んでいる人には悪いが、正直、ボロい。


「……こっち」


 春川先輩は躊躇いなく、建物の横に併設された階段を登る。女子高生一人の体重にも、階段はギシギシと耳障りな音を建てた。

 二階の廊下には、ドアが三つ並んでいる。部屋が三つあるらしい。

 その突き当たりまで行って、僕の先を歩く彼女は足を止めた。


「……ここよ」


 表札はない。

 ここ、と言うからには、秋本の家なのだろうか。

 普段明るくてクラスの中心人物である秋本の家庭環境が、思いのほか生活するのにも苦しそうな雰囲気で、僕はただ戸惑ってしまう。


「……ここが、どうしたんですか?」

 僕がそう尋ねようとした瞬間だった。


「うわああああああああああああん!!!!」


 尋常じゃない子供の泣き声が、部屋の中から聞こえてきた。

 声の高さから、たぶん、まだ幼い子供だ。


 すぐにパシン、と肌と肌がぶつかる音がする。


 子供が一瞬泣き止んだかと思えば、またパシン、と音がする。

 何回も、何回も。

 パシン! パシン!


「やめ、て! ごめ、んなさい! ごえっ……ん、なさっ……!」


 響いてくる、子供の泣き声。

 秋本の家の中で、なにが行われているのか、容易に想像がついた。


 最悪の事態を想定して、僕は、ドアノブに手をかける。


 ──助けないと……!


「なにしに来たんだよ」


 背後からかけられた声に、僕は動きを止める。


 制服姿の秋本が、コンビニ袋を片手に立っていた。

 彼は僕と春川先輩を交互に見てから、普段教室で爽やかな笑みを振る舞っている顔面を歪ませる。


「お前、本当、なんなんだよ。春川さんと付き合ってるって嘘ついたり、春川さんと二人で俺ん家来たり」

「…………」

 なにも言い返せない。


 猫目先輩を幸せにしたかっただけ、なんて言って、秋本が信じるとは思えない。

 僕は春川先輩に目をやるが、僕をここまで連れてきた彼女は、なにも言わない。


 春川先輩は、秋本家の虐待を僕に見せて、諦めさせたかったんだ。

 荒んだ家庭環境で育った秋本と、猫目先輩が付き合ったとしても、猫目先輩は幸せにはなれない。

 秋本は人を助ける余裕なんかない。むしろ、助けてあげないとまずい。


「なんの用だよ」

「用事、は……」

 なにも言えない僕に、怒った顔をした秋本が、ずんずんと大股で詰め寄ってくる。


「……いやだぁっ! やめでぇ!」


 その歩みは、室内から聞こえる悲痛な叫びによって中止された。

 僕と秋本はドアのほうを見た。

 秋本の表情に焦りが浮かぶ。


「帰ってくれ!」

 秋本が、僕に怒鳴った。


「でも……!」

 迷ってしまった。

 自分も力になれるのではないか、と。

 この異変に気づきながら、なにもしないで帰るのが、正しい選択なのか?


「いいから! 帰れよ!!」

 バタン!

 秋本は家に入り、玄関の扉は勢いよく閉められた。


 扉を閉められても、やはり中の声は漏れ出てくる。

「……やめてください! 弟には手を出さないって、約束じゃないですか!」

 それは、聞いたことのない、秋本の悲壮な声色だった。


「お前がいねぇんだから、仕方ねぇだろうがよ!」

 秋本に返答する、知らない男の人の声。おそらく成人男性だ。

「だって、あなたが買ってこいって言うから、コンビニ行ってきてたのに……! うぐっ……!」

「一丁前に、口ごたえしてんじゃねぇよ」

 鈍い音と、呻き声。

 何度も、何度も。

 だんだん、秋本の声は弱々しくなっていった。


「……だから、言ったでしょ」

 ずっと黙りっぱなしだった春川先輩が、ようやく口を開いた。


「そんなこと言ってる場合ですか! 早く警察を……!」

「私も通報しようとしたわよ。でも、止められたの、秋本に」

 春川先輩は、くるりと踵を返して、アパートの階段を降りる。


「児童相談所に保護されたら、弟と離れ離れになる可能性があるから、嫌なんだって」

「…………っ」


 このまま、放っておくしかないのか……?


 こんな場面に遭遇したら、誰だって、警察に連絡するだろう。

 でも、本人が嫌がっているのに、通報するのは、ありがた迷惑なんじゃないのか……?


 ただの偽善で、お節介。


 僕はもう、なにが正義で、なにが正解なのかがわからない。

 苦しんでいるのを知りながら、事件性があるのを知りながら。


 僕らは、秋本家をあとにした。

読んでくださり、ありがとうございます!

ぜひ☆やリアクションをポチッとよろしくお願いします!

感想やレビュー、励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ