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12 プリクラ

 プリクラなんて、撮ったことない。

 撮ったことどころか、そのコーナーに足を踏み入れたこともない。


 それを男子同士ではなく、女子と撮るだって?

 恥ずかしすぎる!


「プリクラは、僕には、ちょっと……ハードルが高いっていうか……」

「なに言ってるの? 記念だよ、記念! もう着いたし!」


 猫目先輩が指差した先には、四階建てのゲームセンター。

 いつの間に、ゲームセンターの近くまで来ていたんだ……!?


 僕だけが目的もなく駅前をぶらぶらしていると思っていただけで、猫目先輩は目的地を目指して歩いていたのだ。


 あれよあれよという間にプリクラーコーナーに連れ込まれる。

 ここのゲームセンターは三階全てが、プリクラコーナーになっているらしく、人が数人入れそうな大きさの箱が、フロアに配置できる限り、所狭しと並んでいた。


 この並んでいる箱が、全部プリクラ機なのか……。

 どれもこれも、可愛い女の子がこちらを見ている写真がプリントされた、分厚い暖簾のようなカバーに覆われている。


 暖簾、とは言っても、銭湯の暖簾のように頭だけくぐるタイプではなく、膝下まで長さのある暖簾だ。そこに書かれているキャッチコピーがどれも違うが、どう違うのかはわからない。


 見たこともない世界に、キョロキョロしながら僕は猫目先輩の後ろを歩いていく。春川先輩は、僕の後ろを歩いていた。


 先頭を歩く猫目先輩は、暖簾の下を覗き込みながら、足が見えるかどうかで、空いているのかチェックしているようだった。


「あ、ここ空いてる!」

「じゃあ、そこにしよ〜。一年生くんは、先に入ってて〜」

 僕は一つの箱に押し込まれた。


 箱の中は、半分黄緑色だった。グリーンバックというやつだろう。グリーンバックの反対側には、カメラとタッチパネル。その両側に荷物を置けそうなスペースがある。


 ……これが、プリクラ機か……。


『先に、お金を入れてね!』

「うわっ!」


 荷物置き場の近くに設置されていたスピーカーから、甲高い女の子の声が響いた。

 びっくりした……。


『先に、お金を入れてね!』

 もう一度、同じ台詞が繰り返される。


 そうか、料金は箱の外で支払うのか。僕も何割か出さないと、申し訳ない。

 そう思って、箱から外に出ようとしたとき、


「お待たせ〜」

 機械に百円玉を投入し終わった先輩達が、入ってきた。


 ……遅かったか。

『撮影モードを選んでね!』


 再び、スピーカーから音声が流れる。撮影準備の指示だ。

 よく聞いて理解しようとする僕とは違い、猫目先輩と春川先輩は説明も聞かずに前屈みになって、タッチパネルを軽快に操作する。


「猫目、美白どうする〜?」

「美白にすると、わたし光って白飛びしちゃうから、ノーマルで!」

「え〜? 私は盛りたいから一段階だけ許して〜」

 なにを決めているのか、さっぱり理解できない。


 もしかしたら、日本語ではないのかもしれない。

 呆然としているうちに、撮影前の操作は終わったようだ。二人はタッチパネルから顔を上げ、僕を挟むように立った。


 ……え!?


「ほら、ご主人様! カメラはここだよ! 画面じゃなくて、カメラを見るの!」


 美少女二人に挟まれて、顔を赤らめる僕をお構いなしに、猫目先輩はタッチパネルの上部にあるカメラを指す。


 タッチパネルは操作画面から、カメラ視点に切り替わっていて、可愛い女の子に囲まれてあたふたしている情けない男が映っていた。


「ポーズどうする〜? 揃える〜?」

 春川先輩もマイペースに、ポーズの相談を猫目先輩に持ちかける。

「最初は普通にピースで良くない?」

「ピースね、ピース」


 納得したのか、春川先輩はどのピースにするのか、画面を見ながらポーズを悩み始めた。

 僕はどちらにもついていけない。


 か、カメラ!? ピース!?

『準備はいい? 3、2、1……』

 混乱の渦から脱出できない僕に、カウントダウンは無情にも降り注いだ。


 待ってくれ、せめて十秒前から始めてくれ……!

 えっと、えっと、手をピースにして、カメラを見て──パシャ!


『こんな感じだよ!』


 撮影された写真が、画面に映し出される。

 目の横にピースサインを持ってきた可愛らしい猫目先輩と、ピースサインで顎を挟んだ可愛らしい春川先輩。


 そして──胸の前でピースをして直立した、半目の僕。

 カッコ悪い。

 恥ずかしさと情けなさが、ぐわっと押し寄せてくる。


「あぁ、半目になっちゃったか。嫌だったら、落書きで消してあげるよ」

「運が悪かったね〜」

 そう言って、二人は次のポーズを考え始めた。


 プリクラに慣れていないのも、半目になってカッコ悪いのも、二人はスルーした。

「笑わないんですか……?」

 わざわざ聞かなくていいものを、思わず聞いてしまう僕に、猫目先輩は「笑うわけないじゃん」と言った。


「よくあることだから、別に面白くもなんともないよ」

 大したことじゃない、とばかりに話は流された。僕と猫目先輩のやりとりを横目で見ていた春川先輩も同じ意見のようだった。


 そ、そっか……。よくあることなのか……。


 考えすぎていたのかもしれない。

 有用性がない自分への恐怖心は、僕の中で、とても大きいものだから。

 優しい猫目先輩と、意地悪だけど猫目先輩の前では優しく振る舞う春川先輩。

 年齢は二つしか変わらないはずなのに、なぜだか、二人が自分よりよっぽど大人びているように感じた。


「それより、次のポーズはこれね!」

 ほっと胸を撫で下ろす僕の横で、両手をグーにした猫目先輩が可愛らしくポーズを決める。


 そう、そのポーズはまるで猫……。


「僕もそのポーズするんですか!?」

「先輩命令だよ! ほら、撮影始まっちゃう!」

 猫目先輩がカメラを指差す。春川先輩はすでにポーズを決めていた。


「ほ、本当にやるんですかぁ!?」

 決心がつかない僕の両脇で、にゃん、と効果音が聞こえてきそうな姿勢で固まる二人。

 画面には、ばっちりのキメ顔が映っていた。


 無慈悲にも、カウントダウンは始まる。

『準備はいい? 3、2、1……』


 あぁ、もう、どうにでもなれ──!



 夏が近づいていて、日が落ちるのが遅くなったとはいえ、ゲームセンターを出る頃には、もう空は夕焼け色に染まっていた。

 プリクラの後、大小異なる六枚の写真がプリントされた一枚のシートを、先輩達が丁寧に切り分けて、二枚渡してくれた。

 生憎、一枚は半目になっている僕が映っている写真だった。


「なんだかんだあったけど、今日は楽しかったね!」


 駅まで向かう途中、猫目先輩が僕と春川先輩に振り返る。

 その顔は晴れやかだ。好きな人にデートをドタキャンされた傷なんて、もう忘れてしまったかのよう。


「……まぁ、そうね、楽しかったかな〜」

 同意した春川先輩も、僕のほうを見て、微笑んでいた。


 意地悪な、僕を心底憎んでいる微笑みではなく、楽しかった、という言葉通りの微笑みだった。

 その笑顔に、不覚にも僕の胸は高鳴った。


 猫目先輩ほどではないというだけで、春川先輩もかなりの美少女なのだ。

 流れるような黒髪を後ろで一つにまとめている。

 ベージュのブラウスをデニムにインしたラフなスタイルだが、豊満な胸とお尻のボディラインが強調されて、芋くさく見えない。

 穏やかそうなタレ目とその女性らしい曲線を描く体格が、ギャップを生み出している。


「……ぼ、僕も、楽しかったです」

 ドキドキがバレないように、平静を装って返事をする。

 その様子を、猫目先輩がニコニコと見守っていた。


「うんうん! 二人が仲良くなれたみたいでよかった! また三人で……っ!」


 不自然に、猫目先輩が黙り込んだ。

 僕と春川先輩を見ていた彼女は、体の向きを真反対に変えた。

 まるで、顔を見られたくないかのように。


「……猫目先輩?」

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