星降る夜に
フクロウは言いました。
「あなたが眠りについている間、ボクは世界を見ていました」
わたしはフクロウに躊躇いがちにこう伝えます。
「もし、あなたがあの人を、見かけていたのなら教えてくれませんか」
嘴で羽繕いをしたフクロウは、もう一度わたしの方を向いてこう言いました。
「星の降る夜に、もしかしたら見ていたかも知れません」
「本当ですか?」
「あんな夜にはどんなことが起こっても不思議ではなかったのです」
フクロウが教えてくれた夜のことはわたしも何となく知っているような気がしました。
わたしは夜空を見上げます。月明かりと、静かな風。感じているものの中に不思議な心地があるのです。
☆☆☆☆☆☆☆
あちらこちらに作品が並んだアトリエで見せてもらったのは「パステル画」だった。先輩の描いた一番新しいその作品からインスピレーションを得た僕は一つの物語を紡ぎ出そうとしている。夜の森に静かに佇むフクロウ、そしてどことなく寂しそうにも映る女性の姿。馴染みの喫茶店で僕はタブレットに打ち込んだその文章を今、先輩に見せている。
「ここまでは出来たんですよね」
メルヘンチックな作風だけに照れくさいのと、その先が全然浮かばなくて苦慮していたからバツが悪い感じで苦笑いしながら。画面にじっくりと見入ったまま、何かを感じているような表情で口元は少し微笑んでいるのが分かる。
「いいね。『星降る夜』って表現がすてき」
「そうですか。なんかこの間流れ星を偶然見たので」
「『あの人』ってどんな人なんだろうね。なんとなくだけど、いなくなっちゃった人なのかな?」
「あー、なんとなく浮かんだので設定はあまり考えてなかったですね。旅でもしてるのかも」
「わたし、この作品好みかも。あのフクロウと話せたら色々相談したくなるね」
コーヒーには必ずミルクを注ぐ先輩には僕の方が色々相談に乗ってもらっている。そんな人でも時には誰かに話を聞いてもらいたくなるものだろう。でも先輩の場合は、それを自らの『絵』で伝えてしまっているように感じる事もある。たぶん、誤魔化すことも、化粧することも出来ないような、そんな何かも。
「フクロウは夜の世界を知っているんです。僕らにはきっと見えない何かも見えていて、それでいてじっとその世界を見守っている。そんなイメージです」
「あの絵、もともとフクロウだけだったの。意外でしょ?でもフクロウも「誰か」に見ていてもらいたんじゃないかなって、ちょっと思ったの」
確かに絵の中の女性はフクロウの方を見つめている。その眼差しは優しげで、どことなく見覚えのある表情だと感じた。
「見ていてもらいたい。確かにそうですよね。フクロウの気持ち分かるような気がします」
「君ならそういう風に言うだろうなって思ってた」
僕のありきたりな反応でも先輩は嬉しそうだった。相談したはいいが結局作品の続きは一向に浮かばない。そうであっても、きっと先輩とこうして話していることは意味のあることなのだ。もしかしたら僕はただ先輩と話がしたかっただけかも知れないなと感じる。夏場なのに格好つけてコーヒーをホットで注文したことを少しだけ後悔はしているけれど、相変わらず絶品の店主お手製のチーズケーキにはそれがよく合うのだ。




