5話 不穏な空気
大量の希少鉱石と魔石を5個も発掘するという功績を叩き出し、一部順風満帆の笑みで帰路につき始めた5人の一行。
この日は早朝から動き詰めだった上、帰りは全員が重い石袋を運んでいく事となった。
普通ならこれまでの疲労の蓄積も相まって、その足取りは大なり小なり重くなっているはずだが、最後尾の1人を除いてそんな様子は見られなかった。
報告や本日の戦利品の確認など、各々が早く村に戻って取り掛かりたい事があったからだ。
むしろ、早る気持ちが逆にペースを徐々に上げていくほどであった。
約1時間前までは。
洞内は相変わらず無機質な岩石の一本道に、ヒカリゴケの淡い発光色に照らされたどこまでも変わらない景色。
歩き始めの頃こそ3人衆の歓喜に沸く声が飛び交っていたものの、それも次第に静まっていき、今は皆全員が一切の言葉を発さずにただ黙々と歩みを進めていた。
恐らくここにいる全員が、同じ1つの違和感を感じていたために。
「あの、何かおかしくないですか?」
「あ?
何がおかしいんだ?」
一行が静まり返ってから最初に言葉を口にしたのはウィルだった。
さっきから感じていた違和感。
それは、洞内の景色が変わらなすぎるという事。
勿論、洞窟内というのは基本的にどこも似たような光景だ。
ただ、ここまでずっと歩いてきていて流石に変わらなすぎている。
いくら見た目が同じような環境だろうと、所々には例えば少し特徴的な鍾乳石があったり、出っ張った岩があったりするもの。
最初にここに入ってきた時だって、それらしきものは何度か見かけていた。
「何というか、さっきから同じ場所をずっと歩いているような……。
入口に戻れていっていないような……。
そんな気がします」
「はぁ?
……んなわけねぇだろ!
俺らはずっと同じ1本道しか歩いてきてねぇんだぞ!?」
「そ、そうですけど」
「今はそんな事よりも足を動かせろよ……。
石はしっかり運んでるんだろうな?」
ウィルの疑問に3人衆は速攻で全否定。
それよりも彼の持っている鉱石の方が心配らしい。
……が、その顔には若干の動揺が見られる。
どうやら彼らも何かを感じてはいる模様ながら、この現状と向き合うのを無意識下で脳が拒否していた。
「......皆、思った以上に今日は疲れているのかもしれないな。
歩行スピードは重量のせいもあって確実に落ちているだろう。
もう少し歩いたら一旦休憩を取るぞ」
後方から聞こえてくる会話を耳に、ガイルは少しでも彼らを落ち着かせるために休憩を提案。
正直ありがたい。
そのまま10分ほど進み続けていると地面が濡れている地帯が現れる。
「おい、ここからしばらく下が濡れている。
滑らないよう足元に気をつけろ」
一行は体を少し強張らせて不意の転倒に備えた歩き方をする。
特に濡れていない所でも既に何度か転倒していたウィルは、もう二度と転ぶまいと一層全身に力を入れるが、ここでもまた疑問が生じた。
…………あれ?
そういえば来る時の道中でこんな場所あったっけ?
たまに上から水滴が落ちている所は何ヶ所かあったけど、こんなに派手に濡れている部分は確か無かったはず。
僕達が奥に行っている間に、たまたま急に沢山の水が垂れてきて……ていうこと?
そんな事ある?
周囲を見渡すと地面の所々にある窪みにも水が溜まっており、場所によってはちょっとした池のようになっている部分さえある。
その様子はつい先程まで、まるで大量の水が流れていたかのようだった。
「こんなに濡れている場所、さっきはありませんでしたよね?
水もあちこちに溜まっているし、絶対おかしいですよ。
道も相変わらず変わってないですし……」
流石に変だ。
ウィルは再度この場の付近の違和感を前方に訴えかける。
「だ、だから、今はそんな事はどうでも良いだろ……」
「今はとにかく歩くんだ……。
どうせその辺の地下水か何かが湧き出てーー」
「確かにおかしいな」
もはや完全に動揺しきっている3人。
明らかな異変を再度突っ込まれるが、それでもウィルの話を遮ろうとしていたところに、ガイルがボソッと呟く。
『『『……………………』』』
自分たちだって本当は薄々ずっと感じていた。
しかし、多少異変があったとてどうということはない。
このまま真っ直ぐ歩いていくだけで地上に出れるのだから。
何の問題もない、後ろのウィルの奴が勝手に1人で騒いでいるだけだ。
……そう彼らは自分を騙してあくまで冷静でいたつもりも、とうとうガイルからも現実を突きつけられてはもう認めざるを得ない。
直視したくなかった現状を再認識すると、同時にそれまで押し殺していた恐怖心というのが一気に生まれ始め、とうとう3人は完全に黙り込んでしまった。
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それからしばらく歩き、かろうじて濡れていない一帯を見つけたので、ここで少しばかりの休憩となった。
既に地上に出ていてもおかしくない程には歩き始めてから時間が経っている。
本来ならここを脱出するまで歩き通しても良いものだが、今の皆とこの状況を考慮すると、ここで敢えて一息付いた方が良いとガイルは判断した。
各々背中に背負っているものや抱えているものを地面に下ろし、溜息をつきながら呼吸を整える5人。
「あ、確か水と食料がまだ少しあったので出しますね」
ウィルは残っていた水と食料をバッグから取り出し、それぞれに配って回る。
今、外の時間帯が一体どうなっているのかは既に全員が分からなくなっている。
入洞してからここまででも、既に相当な時間が経っている。
「悪いな、お前ら。
もしかしたら今日中に村には帰れんかもしれん。
最悪どこかで一泊していくことになりそうだ。
まぁ心配はするな、きっと出られる」
こんな状況であってもガイルはメンバーの冷静さを何とか保とうとしている。
しかし、流石の彼もこれまでの異様な状況に内心では焦りの感情が滲み始めていた。
しかし参ったな。
俺らは闇雲に歩いていた訳ではない。
常に一番広い道を真っ直ぐ進んできた。
調査の時点で入口から1時間進み、そこから採掘でも多少進んだとは言えせいぜい30分程度だった。
道を間違えているとは思えんし、何よりもこれまで以上の時間既に歩き通している。
それなのに何故、入口に辿り着けない?
この道中が不自然に濡れているのも気になる。
くそっ、一体どうなってやがる……!?
「はぁ…… 何だってんだよ。
せっかく魔石も手に入って、後は帰るだけだってのに!」
「ウィル、お前は一番後ろから俺らを見ていただろ。
他には何か気づかなかったのか?」
「いえ、他には何も……。
すみません、正直皆さんに付いていくので精一杯でした」
今日の出来事は今までのウィルにしてみればどれも新鮮で、とにかく初めての経験の連続。
それだけに身体的にだけでなく精神的にも、既に疲労はピークに近付いていた。
「はぁ……。
サポート役ならもっと見ておけよ。
ったく、そんなんだから最弱なんだよ……」
「すみません……」
ここで出された水を飲んでいたガイルが溜息まじりに切り出す。
「お前らもその辺にしておけ。
……なぁ、ウィル。
お前、今日は事あるごとに謝ってないか?」
ウィルは少しハッとした表情を浮かべ、俯きながら弱々しく声を絞り出す。
「っ……。
そ、それは……。
やっぱりあまり役に立てなかったですし。
迷惑もかけてしまったなと……」
あんなに威勢よく僕から同行をお願いしておいて、いざ蓋を開けてみたらこの体たらく。
度々皆んなに置いていかれそうになって時間を掛けちゃうし、何度も何度も掘った鉱石はばら撒くし……。
魔素だって感知もできなかった。
逆に今日、僕に何ができていた?
そんなウィルに対し、ガイルは歩み寄って彼の肩に手をかける。
「良いか、ウィル。
そう悲観ばかりするな。
お前の悪い癖だぞ?」
「……」
「俺は今回お前を連れてきて、別に後悔なんぞしちゃいない。
ここまでよく頑張ってくれた。
むしろこんな状況に巻き込んでしまった俺の方が謝りたいくらいだ……」
「いえ、そんな事は......」
「まぁ確かに荷物持ちとしては少々心許ない動きだったかもしれんが......。
今日魔石が5個も掘れた件は、少なくとも俺はお前のお陰だとも思ってるよ」
「……?」
「今回お前は俺たちのサポート役に徹してくれた。
そのお陰で俺らは採掘に集中できたんだ。
結果、魔石も鉱石も手に入った。
これは紛れもない事実だろ?」
「ガイルさん……」
思ってもいなかった言葉を聞いて思わず面食らうウィル。
まさかそんな事を言ってくれるなんて。
「ははっ。
そう、ですかね」
「そうだ。
それに、人にはそれぞれ役割ってのがある。
お前はまだ若いんだし、そう焦らんでもいい」
ウィルは少し気が楽になり、静かに頷いた。
「それにな、あいつら3人だって言葉にはしないが、俺と同じ気持ちもあるはずだぞ?」
え?と思い彼らの方向を見てみるも、目を合わせてはくれない。
会話は聞こえていたはずで3人は当然突っ込んでくるかと思ったけど、相変わらず不満気な表情をしつつも、意外と彼らが口を挟めてくる事は無かった。
30分くらい休んだだろうか。
ガイルが立ち上がり、全員に声をかける。
「よし、ぼちぼちまた歩くとしよう。
ここまで大分戻ってきているし、もうそろそろ地上に出れるはずだ。
良いか、もう少しのしんーー」
もう少しの辛抱、そう言いかけた時。
足元に落ちている石が「カタカタカタカタ」という音を立てながら揺れ始める。
直後には「ググググググググ……」という地鳴りのような重低音が全方位から響いてきた。
「ん、何だ?
地震……?」
ウィルは一瞬それを疑うが、この辺の地域で地震など滅多に起こらない。
しかし、謎の音と揺れは収まる事はなく、むしろ次第に強まっていく。
更に頭上から砂のようなものが落ち始め、次の瞬間。
ゴゴゴゴゴオオオオオォォォォォンッ!!!
それまで自分らの動作音しか響いてなかった洞内に、突如轟音と衝撃が走った。
『『『!!!!!?????』』』
長らく静かな環境だった所への突然の大音量の拡散。
ビリビリと鼓膜に伝わってくる共振に一同思わず耳を塞ぐ。
そして、誰も動けない、話せない。
思考が真っ白になり、何が起きているのかを認識できている者はいなかった。
ある者は滝のように汗を流し始め、ある者は恐怖で足がすくみ、またある者は腰を抜かしてしまっている。
その後、30秒ほどかけてゆっくりと音と揺れは小さくなっていった。
「何ですか今の!?」
喉の奥から絞り出すように何とか声を出したウィル。
「……は。
俺が……俺が分かる訳ねぇだろ!?」
「なぁ……これ、やばいんじゃないか!?」
「くそっ!
ふざけんな!!!」
3人は血の気が引いたように顔を真っ青にしてパニックを起こし始めている。
「お前ら無事か!?
怪我はないか!?」
「はい!
僕たちは何とか!」
しばし硬直していたガイルも我を取り戻し、即メンバーの安否確認へ。
全員の無事が確認できて一先ずは安心したものの、その額には大量の汗が見える。
「そうか、良かった……!
しかし今の尋常じゃない衝撃、まさか……」
「ガイルさん、今のは一体?」
「俺もまだ分からん!
だが緊急事態なのは間違いない。
とにかく急いでこの場を離れるんだ。
……くそ、まだ揺れているような感じがあるな」
「た、確かにまだ揺れて…………。
え?」
まだ揺れている。
そのガイルの言葉を聞き、何気なく目線を足元に落とした瞬間、ウィルは自分の目を疑った。
地面が……地面が動いている!?
見間違いではなく、何度見ても動いている。
いくら目を擦っても顔を叩こうと目に映る光景は同じだった。
その様はどこかに移動しているようにも、変形していっているようにも、どちらともとれる動き方。
しかもそれは地面だけではなく、よく見ると周りの壁や天井までが動いていた。
これは地面というよりも……。
この空間そのものが変化している!?
「ち、違います!
ここが!
この洞窟全体が変異しています!」
『『『!!!』』』
ウィルの訴えと共に他の4人もそれを認識し、言葉にならない絶叫が上がる。
「……っく!
やむを得ん。
お前ら、ここからは走るぞ。
そして、荷物は全てここで廃棄だ!」
「…………へ?」




