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最弱最強の融合師  作者: でんたん
第一章
21/25

20話 始まり出す2人

僕は今、小さな洞穴の中で夜を過ごしている。

それだけなら別に特別な事でもなんでもない。

ただ単に野営をしているだけの事だ。

何ら不思議ではない。


……目の前で座っている、この()()()()()()()()()()()()が一緒でなければ。


その夜、森では激しい雨が降りしきっていた。

ザーザーと地を打ちつける滝のような土砂降り。

ここ最近の天候では珍しく本格的な降水量となりそうな悪天候となった。


ノーベさんとの一件後、僕らは今夜の寝床を探しているうちに運悪くこの雨に遭遇。

しかし偶然にも小高い丘陵地帯の麓に小さな洞穴を見つけた。

中を覗いてみると数人程度なら寝られそうなスペースがあったため、今晩はここで休むことにした。

奥には小動物が持ち込んだものなのか枝がいくつかあったので、それで起こした火を共に囲む。


ここならテントをわざわざ張ってもらう必要も無いし、幸い食料の方も彼女の手持ちにまだ少し余裕があったらしい。

申し訳ないながら再びお世話になる流れに。

もしこの場所が見つからないままだったら相当大変な目に遭っていたはずだろう。

本当に助かった。


しかしそれは良いとして、この状況。

全く落ち着かない。


このお世辞にも広いとは言えない空間で、こんな女性と2人というのは初めての経験だ。

今思えば、これまでのあの深く被っていたローブには逆に助けられていたのかもしれない。

あれのお陰で平静を保って会話が成立していた気がする。


だけど今は……直視する事すら憚られる。

エルフ族ってこんなに容姿が整った種族なのか!?

確かに本ではそれらしき情報も載っていたけど、まさかここまでとは思っていなかった。

もはや暴力的な美貌と言っても過言ではない。


その昔、一国の王があるエルフの女性のその美しさにすっかり傾倒仕切ってしまい、国の管理が徐々に疎かになっていってしまった結果、最終的には国家運営の危機にまで瀕したという話があったらしい。

だがそれはあくまで噂話程度のもの、流石にそんなのは嘘だろうと思っていた。

が、いざ実物を前にすると、それもあながち間違っていないのでは?と感じてきてしまうのが実に恐ろしい。


特にあの、まるでサファイアかのような深い深い蒼色の瞳は危険だ。

ウッカリ見惚れていると、本当にそのうち吸い込まれてしまうんじゃないかという錯覚すら覚えてくる。

あぁもう……色々話したかった事があったのに綺麗サッパリ吹き飛んでしまった。


2人は野営の準備を終えると特に何かを会話する訳でもなく、互いにしばらく沈黙を放ち続けていた。

ウィルはドギマギしているが故の沈黙だったが、何やら向こうもずっと下を向いたままでいる。

しかし、このままでは一向に状況が変わりそうにないため、ウィルの方から勇気を振り絞って言葉をかけ始める。


「そ、それにしてもこんな良い洞穴が見つかって良かったですね。

 この辺じゃこんな強い雨、かなり久々だったんですよ」


「っ……。

 あ、あぁ、そうだな」


しばらく俯いていた彼女は不意にかけられた言葉にビクッと体を震わせる。

その様子にウィルはやや心配そうに言葉を返す。


「あの、ノーベさん?

 どうかしましたか?」


「い、いや。

 私は大丈夫だ」


「?」


何とか取り繕おうとするノーベだが、その様子は明らかに憔悴しているようだった。

ウィルはノーベのこんな態度を見たのは初めてだった。

なおも彼女に心配の眼差しを向けていると、そのうちボソッとした口調で声を出し始めた。


「その…………先の件は本当にすまなかった。

 まさかそのような事情があったとはつゆ知らず、私は一方的にウィルを危うい存在だと勘繰り、あのように剣を奮ってしまった。

 取り返しのつかない事だ。

 しかも、その上で情けをかけてもらい命拾いもしてしまった。

 もはやこれは……果たして何とお詫びをすればいいものか……」


すると大層申し訳なさそうに深々と頭を下げ始めるノーベ。


実は彼女とやり合った現場からここに来るまでの道中、僕はこれまでの経緯を話した。

住んでいる村の場所、ジスト鉱山に向かっていた理由、それに起因する魔物の行動変化。

そして、この融合の力についてをついに他人に初めて打ち明けた。


その伝え方は非常に頭を悩ませた。

特に融合に関しては一体どんな顔をされるだろうかと、内心かなりビクビクしていた。

そもそも何からどう伝えれば良いのかも分からなかったし、話したところで本当に信じてもらえるのだろうかと思った。

こんなまるで冗談みたいな話、ふざけていると思われないかと考えると怖かった。


でも、今ここで伝えなければ一生後悔する気もした。

……だから全てをありのままに、自分の言葉で彼女に伝えた。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





時は少し遡り、激しい雨がまだ降り始める前。

剣をノーベさんに返した後、再び2人でキャンプする事にした僕らは野営地を探していた。

そんな最中、大事な事を思い出す。


「あ、だったらもうこの姿でいる必要もないか」


元々1人で夜を明かすために交渉していた話だったし、彼女が一緒ならその必要もない。

何だかんだ丸1日中、体を借り続けてしまったのは魔物と言えど申し訳なかったな。

彼はもう解放してあげよう。


ただ、それにしても……。

気がつけばグレイウルフからの応答が無くなっていた。


魔物との融合では念話が可能だったはずだし、途中までは会話が確かに成立していた。

そこで記憶を遡ってみたところ、それが消えていたのは確かノーベさんと接触した辺りからだった。

こちらも必死だったから正直途中から失念していたとはいえ、一体どうしたんだろうか。


思い当たる節は……敢えて言えば1つくらいか。

融合体になってから初めて全力を出したっていう点だ。

あの激しい戦闘が何か影響したとか?


分からない。

いくら考えても答えは出なかった。

しかし、このままでいる訳にもいかない。

理由は謎のままでありながらも、僕は彼との融合を解いた。


【融合解除】


獣の融合体が発光する。

1つの大きな光が2つへ分裂、やがてそれらは双方の本来のシルエットへと戻っていく。

完全に元の姿が形作られると発光も収まり、人間のウィルが現れる。


目を開けると、一方のグレイウルフの姿もしっかりとそこにあった。

一先ずは安心するも、何やら様子がおかしい。

グッタリと横たわって微動だにしなかったため、最初は慌てた。

が、よくよく見るとお腹が収縮していて息はしているのが分かった。

心配したが、どうやら気を失っていただけだったらしい。


思わず安堵していると、彼も遅れて目を覚ました。

良かった……もしかして死んでしまったのかとすら思った。

既に融合は解除してしまったので、どうせもう言葉は伝わらないのだろうとは分かってはいつつも、それでもお礼の姿勢は見せようと思っていた。


ところがこちらを見るや否や、急に何かに怯えた様子になると、そのまま猛スピードで暗い森の奥へと走り去っていってしまった。

その表情はまるで初めて会った化け物を見るかのような、恐怖と焦りに満ちたものだった。

その異様な態度はまるで、これまでの記憶が消し飛んでいたかのような振る舞いさえ感じるものだった。

一体どういう事だろう?


あの激しい戦闘に素体である彼の身体が途中で絶えきれなくなってしまったのか、はたまた彼女の発揮する尋常じゃない殺気によって融合しながら意識が無くなってしまったのか。

まぁ無事ではあったみたいだし、そこは良かったけど……。

いずれにせよ、酷使し過ぎたのは確かだと思う。


「ちょっと悪い事しちゃったかな。

 ……でも君のお陰で色々と助かったよ、ありがとね」


グレイウルフが駆けていった方角を少し名残惜しそうにウィルが見つめていると、その後方ではその一連を見ていたノーベが何が起きたのか分からないような驚愕の眼差しを向けていた。


「まさか……こんな事が……。

 本当に2つの姿に戻るとは」


ノーベのこの反応はウィルにはおおよそ想定通りだった。

無理もない。

まぁ最初はやっぱりそうなるよね、と。

当の自分こそがまさしくそうだったのだから。

何度か試して、ようやくこの感覚に慣れ始めてきたところだ。


「あぁ〜……。

 一応さっき説明はしましたけど、これが本来の僕なんです。

 正真正銘、ちゃんと人間ですよ。

 さっきのは借り物の姿だったというか」


そんな彼女に苦笑しながら僕は答えた。


「なるほど。

 最初は幻影魔法と身体強化魔法の類を重ね合わせた芸当か何かかと勘繰っていたが……。

 にわかには信じ難い話だ。

 だが現に私もこの身で目の当たりにした以上、何とも反論のしようもない」


見た感じかなりの博識に見えるノーベだが、そんな彼女をしても、それが何なのかは分からなかったらしい。


「ははは……。

 そもそも僕、魔法自体何も使えないですし……。

 自分自身もそんな複雑な事をやっている実感は全く無くてですね。

 何というか、本当に単に相手の体を借りているだけっていう感覚なんです」


「そう、なのか。

 …………その、ウィル──」


ノーベが何かを言いかけた時、ポトッポトッと大きな雨粒が空から降ってきた。

それは間を置くことなく怒涛の如く勢いを増していき、夜の森は一瞬にして大雨となってしまう。

突然の天候に困った僕らは急いで野営地を探すべく走り回っていたが、不意に目の前に見えてきた丘に丁度良い穴を見つけた。


「っ!

 向こうに入れそうな場所があります!

 とりあえずあそこに入りましょう!」






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






この場に至るまではそんな経緯があり、場面は深々と頭を下げ続けているノーベとそれに困惑するウィルに戻る。


「ちょっ、ちょっと!?

 そんな……頭を上げて下さい!

 ほら僕はこの通り、ピンピンしていますよ

 大丈夫ですから」


「そ、そうか、それなら良いのだが。

 いやしかし、やはり目に見える形として何らかの謝罪をしなければ……」


「え、えー……」


謝罪は不要という意思を伝えたつもりだったが、それでもやはり納得できなさそうにするノーベにウィルは更に困惑する。


あー、何かこれすごい思い詰めてる感じだな......。

どうしても何が何でも謝罪したいっていう感じだ。

僕は本当に大丈夫なのに。

義理堅いのは良い事だと思うけど、言い換えれば少し頑固でもあるというか……。

普段の口調からも感じていたけど、ちょっとお堅い性格なのかな?

しかし困った、どう言ったら分かってくれるだろう。


…………そうだ。

この人とは逢ってまだ2日目。

だというのに、僕はもう再三助けられてしまっている。

それなのにこっちはまだ何も返せていないじゃないか。

このまま助けられてばかりではこっちも申し訳ないし、僕もモヤモヤしてくる。

何か、何かないかな?


ウィルはしばしの間熟考していたが、結局いくら思考を巡らせても特に良い案は出てこない。

しかし、そんな中でずっと気になっていた事を思い出す。

なぜ、彼女は1人で旅をしているのか?という点だ。

よく振り返ってみると不思議だった。


彼女はエルフだ。

魔法適正は限りなく高い種族とされているし、実際とんでもない魔法を使っていた。

加えて、まさかの剣術だってとんでもない腕を持っていた。

恐らく並の剣士なら相手にすらならないだろう。


おまけに人間とは比較にならないほどの悠久の時を生きるとされている長命種。

きっとこれまでの18年という自分の人生など、向こうからしてみれば一瞬の出来事なのかもしれない。

知識も僕なんかより圧倒的に豊富なはずだ。

何事にも動じず、淡々と物事をこなそうとする姿勢からもそれが見て取れる。


そんな実力者がずっと探し事の旅をしていると言っていた。

エルフでも分からない事ってあるものなのか。

もし何か助けになれる事があるなら力になってあげたい、けど……。


正直、エルフ族なんて今こうして一緒の空間にいるだけで奇跡みたいなものだ。

今でも夢かと思ってしまう程だし、一部の地域では神のような存在だとして崇められているなんて話もあるらしい。

そんな存在に対して、人間の僕がしてあげられる事なんて何かあったりするのか?

ここで下手に気を遣ったとしても、結局はまた何も出来ない役立たずっぷりがただ露呈するだけ。


……今までなら、きっとそう思っていただろう。


少なくとも今の僕なら、いや僕らなら、今日の一件でお互いに少しは信頼できるようになったと思えるし、現に今がこうやって昨日よりも親密に話せている気もする。

悩みの解決には至らずとも、せめて話を聞いてあげるくらいの事はできるはずだ。

それに……。


するとウィルは意を決したように地面に手を付いて身を乗り出した姿勢になり、彼女のその蒼い瞳を真っ直ぐに見つめて言葉を投げかけた。


「分かりました。

 じゃあ僕、ノーベさんの事を知りたいです」


「……私のついて?」


全く予想だにしていなかった展開に、ノーベは思わずキョトンとした表情になる。


「はい。

 僕の事は大体話しましたし、今度はノーベさんの話を聞きたいです!」


「そ、それは……そんなものでは謝罪にはならないのでは──」


それでも尚、ノーベは納得がいかない様子。

だがウィルはそんな不安そうな彼女に構う事なく、その言葉を遮るように続けた。


「ノーベさん、僕が剣を奪った時言ってくれましたよね。

 『好きにしてくれ』って。

 だから、好きにさせてもらいます。

 何か悩みがあるなら、僕にも分けて欲しいです。

 一緒に悩ませて下さい!」


……それに、ノーベさんと一緒にいると何だかとても心地が良い。

今ならきっと彼女の助けになってあげられそうな気がする。

根拠は何も無いけど……。

この機会、絶対に逃したくない。

いや、逃しちゃいけないんだ。


そんな心意気で彼女を少しでも安心させるかのように、ウィルはにかっとした弾けた笑顔で微笑みかけた。


その表情を見たノーベは途端にその目を大きく見開いて呆然としてしまう。

そのまま硬直したまま直ぐには言葉を返さなかった。

この事態にウィルは一抹の焦りを抱いたが、その後僅かに口角を上げた彼女。


「…………ははっ、そうか。

 そうだな。

 ウィルにならもはや隠す事もない。

 私の事で良ければ話そう」


ノーベは初めての素顔による透き通るような笑顔を見せながらそう答えた。


「……っ!!

 い、いえ、僕も同じでしたし……。

 似たもの同士ってやつですよ」


完全に不意打ちだった。

彼女のそのあまりに可憐な微笑みを前にし、一度はしっかりと目に合わせていたつもりの視線を思わず背けてしまった。

そんなウィルをノーベは笑顔のままで眺めていた。


我ながらこれは恥ずかし過ぎる。

少し冷静になると、今の台詞は少し変ではなかったか。

そんな心配が一瞬で頭を沸騰させ、ウィルは顔を耳まで真っ赤にして下を俯いてしまう。


そんな中、起こしていたはずの焚き火が白い煙を立てて急激にその勢いを弱まらせていった。

枝はまだ残っているのにも関わらず、火力はみるみるうちに落ちていく。

このままでは火が消えてしまいそうだ。


「あれ、ちょっと湿ってたのかな?

 今日は少し冷えますね。

 ちょっと奥から乾いてそうなのを見繕ってきます」


そう言うと、まだ顔が赤いままのウィルはすくっと立ち上がり、穴奥へと枝拾いに向かおうとする。

しかし、ノーベの横を通り過ぎたあたりで背後から声がかかった。


「いや、もう大丈夫だ」


すると、突然背後から柔らかな光が洞穴の壁面をいっぱいに照らし上げてきた。

オレンジ色の暖色寄りの光。

驚いて振り返ってみると、ウィルは目の前に見えた光景に思わず息を呑んでしまった。


消えかかっていた焚き火の炎が再び息を吹き返したかのように、力強く燃え盛っていたのだ。

先程までの今にも消えそうだった勢いは既に見る陰もない。


「えっ……?

 火が、強くなった?」


今、何を?

もしや彼女は油でも持っていて、それを中に投入でもしたのだろうか?

……そんな事が頭を一瞬過ぎったが、同時に目に入る彼女の後ろ姿にウィルは続けて目が釘付けになってしまう。


右手を肩先くらいまで掲げているノーベ。

拳を軽く握りながら人差し指を立てたその指先には、焚き火と同じ色の炎が小さく空中に灯っている。

ユラユラとした独特の明滅を放つ赤とオレンジが織りなす柔らかな光。

しかも周囲には、それと同じ色の微細な光の粒が宙を舞うように漂っていた。

それはまるで洞穴の中で降りしきる、光の粉雪のようだった。


「…………!」 


ウィルは生まれて初めて見る神秘的でもあり幻想的なその光景に言葉を失う。

完全に見惚れてしまっていると、その様子にノーベは僅かに微笑みながら言った。


「こういうのは初めてだったか?

 綺麗なものだろう」

 

「……はい。

 僕、魔法は今まで身近で使う人が誰もいなくて。

 だから全部が凄く新鮮で……」


「魔法か。

 まぁ間違ってはいないが、正確にはこれは少し違う」


「???」


今、目の前で起こっている現象は確かに魔法ではある。

が、少し違う。

突如口に出されたその文言にウィルの頭は混乱する。


「世界一般で広く使われている魔法という言葉。 

 これは自身の魔力を体外へ放出し、それを制御することで行使するものだ。

 いつでもどこでも己の魔力がある限りは使えるが、当然魔力切れを起こせば暫く不能になってしまう。

 魔法と言えばほとんどこれの事を指しているだろう。

 私の里ではその魔法というものを『自消術』と呼んでいる」


「自消、術?

 ノーベさんの……里では呼び名が違う?

 何か違うんですか?」


「いや、ウィルたち人族が魔法と呼んでいるものは間違いなく私の言う自消術と同義だよ。

 だが、今のこの炎は私の魔力で起こしたものではない。

 これは我々エルフ族のみに許された『精霊術』と言う魔力行使手法の一種なんだ」


「せ、精霊!?」


またもや急に出てきたワードにウィルは全く理解が及ばない。

ただでさえ魔法なんてものとは完全に無縁な人生を送ってきたというのに、突然それらにも実は種類があるんだ、なんて話をされてもこうなるのは当然だ。


その後よく話を聞いてみると、どうやら僕らが普段想像する魔法という概念は、エルフ族では自消術と呼称が違うだけで指しているものは同じらしい。

その概要は彼女が説明してくれた通り。

まぁ僕としては話を聞いても全くピンとこないのは変わらない。


そして、精霊術。

こっちは話を聞いて仰天した。


これは自然界のあらゆる場所に存在している『精霊』とやらから魔力を分けてもらい、その魔力を以って魔法を行使するというものらしい。

そんな存在、もちろん僕は今まで一度も目にした経験はない。

ではエルフにはそれが見えているのか?と思いきや、実は実際に彼女たちにも別に肉眼で見えている訳ではないらしい。


しかし、目で捉えていなくとも、確かにそこに居るのを感じる事は可能だという。

僕らに分かりやすい言葉で例えるなら『精霊魔法』とでも言うそうだ。

彼女の言う自消術も、こっちの言葉で言えば通常魔法って感じだろう。


精霊魔法は文字通り精霊から魔力を借りて魔法を使用する。

大きな特徴はそれだけらしいが、これのポイントは魔力を借りるという点にある。


一般魔法は自身の魔力を使い、精霊魔法は精霊の魔力を使う。

つまり逆を言えば、後者は魔法を使う際に、自身の魔力を消費する事はないという利点がある。

これは実に強力なアドバンテージだそうで、いくら魔法を使おうが多用による魔力切れという状態にならないのが最大のメリットなんだそうだ。

更には精霊から供給される魔力は、体内に貯めて精製する通常の魔力よりも質や純度が抜群に良いらしく、少量でもかなり強力な魔力として使えるそうだ。


魔力切れ。

そういえばセシアと会った時がそんな状態だったように思える。

激しく酔った時のようにフラフラと体がおぼつかない状態となり、文字通り魔法が一定時間使えなくなってしまう状態。

その症状は体質によって千差万別らしく、吐き気や頭痛、眩暈や発熱など非常に多岐に渡るという。

魔法を生業とする魔法士ともなれば、この状態とは端的に言えば死を意味するようなものなんだろう。


魔法を使えば魔力を消費する。

それが強力なものであればあるほど、消費する魔力も比例して増大していく。

魔法とはそういうもの。


だからこそ、その常識が根底から全く通用しない精霊魔法の破格さは、まさに常軌を逸していると言える。

いくら魔法を使っても魔力切れにならないのだから。

もはやチートである。


しかしその一方で、これにも弱点はあるらしい。

その場にいる精霊の種類や濃度によって借りられる魔力量には限度があるらしく、まさに無限に魔法を使える!というものでもないとの事。

基本的には必要な時に都度頼み、必要な量だけ分けてもらうという形式らしい。

一度に沢山借り過ぎてしまうと精霊が死んでしまい、その場の精霊の濃度が下がるという。


すると、そこにある草木や花などの植物類がまず影響を受け始め、次いでは土壌や水質に空気などの循環が滞っていき、結果的には汚染された土地になってしまう事があるらしい。

精霊が一度死んでしまうと濃度の回復には時間がかかり、再びその場が活性化するには長い年月を必要になってしまう。

そのため、どうしても強力な魔力が必要になった緊急時などにしか基本は使用しないそうだ。


普通の魔法と精霊を帰した魔法。

これらの両方の魔法を使用する、魔法に関しては二刀流とでも言うべきか。

元々の適性自体が高いとされているから普通の魔法でさえ十分に長けている。

しかしその上で、そんな規格外とも思える精霊魔法なんてものまで使えてしまう。

それがエルフ族。


「す、凄い世界ですね。

 そもそも魔法に種類があったのも驚きましたけど、まさかそんなのがあるなんて」

 ……あっ、もしかして。

 僕と戦った時に使っていたのも?」


「あぁ、操気と言ってね。

 その場の空気を自在に操作するものなんだ。

 空気を操って風を生み出し、それに己自身を乗せて加速させるってところだ。

 風の制御の会得にはかなりの年月を要するが、覚えてしまえば様々な場面で助けられる強力な術。

 ……のはずだったんだが、まさかそれすら通用しなかったのには正直言葉を失ったがね。

 ウィルといると自分の常識があっという間に崩れ去っていくよ」


ノーベがやや苦笑しながら答える。

しかし、その表情は不愉快そうな嫌悪感を抱いているようには見えない。

対してウィルは、それには何とも申し訳のしようがないという態度。


しかし、なるほど。

色々と分かってきた。

僕らが戦った時だけじゃない、あの最初にグレイウルフの群れを一掃した時にも使っていたのはそれだったのか。

あんな驚異的な風を巧みに操るだけじゃなく、逆に生活の中でも大いに活用できそうな炎まで生み出せる。

精霊魔法、便利過ぎる!


…………あれ?

でも、だとしたら何故?


ここで不意に頭の中に1つの疑問が浮かび上がるウィル。


「そういえば、ノーベさんはもちろん通常魔法も使うんですよね?

 今のままでも十分過ぎるくらいには強いですけど。

 戦闘の際に精霊魔法と()()()()()()()()使()()()、もっと強くなれたりできるんじゃないですか?」


これまでの話を聞いた限り、そういう魔法の種類があるのは分かった。

だけど、そうなると違和感がある。

さっき僕と戦った時の彼女は確か全力と言っていた。

なのにも関わらず、操気以外の何かしらの魔法を彼女が使っていたようには思えなかった。

両方の魔法を扱えるエルフ族なら、そうした方が絶対に良いはず。


ウィルはそんな何気ない疑問を素直に投げかけたつもりだった。

それにノーベは小さな溜息を一度ゆっくりと吐き、どこか遠くを見るように視線を上げながら返す。


「私は、自消術……。

 魔法を扱えない身なんだ」






「……え?」

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