15話 獣の融合体
「グレイウルフ。
念願だった魔物は見つかったけど、よりによってあれかぁ……。
昨日のとはまた別の群れの個体なのかな」
開けた草原地帯に発見したのは昨日散々襲われた相手だった。
数は1匹。
この辺を縄張りにしている群れの1匹だろうか。
特に警戒している様子はなく、己のテリトリーの見回りをしているように見える。
こちらに気付いてはいない。
ホワイトファルコンとの融合で上空からスピーディーに地上の様子を伺えたお陰で、何とか魔物の発見は叶った。
しかし、この対象はお世辞にも喜ぶことは出来なかった。
あれにはここ連日2度も襲撃に遭遇していて、正直もうウンザリしている。
「とは言っても贅沢は言ってられないか。
……それにしても、やけに頻繁に遭うなぁ?」
念願叶った魔物だけど違和感が1つあった。
グレイウルフのこの連日の遭遇率。
地上に戻った時、その後の群れによる報復、そして今。
昨日と今日の2日間だけで3度も遭遇している。
本来、彼らは森のもっと深いところに縄張りを張っている。
故にここまで広範囲に生息域を広げる魔物じゃないはずだ。
村の近くでも今まで出現しなかった事はないけど、そうそう滅多にあるものではなかった。
単純に数が増えているのか、又はそれ以外の原因があるのか。
少なくとも、魔物の生息域が急に変化するという事態は大抵何かしら負の影響が働いている場合が多いと聞く。
つまり、良いか悪いかで言えば後者。
参ったなぁ。
……まぁ、とりあえず。
「融合」
空中で融合を解除、そのまま落下しながら次の素体との融合を開始。
相変わらずあっという間の出来事。
瞬時に新しい融合体が生成され目を開ける。
「ん、目線はそこまで?
いやほとんど変わってないな。
そうだ足は……普通に立ってる!?
まるで人間みたい」
開口一番に出た感想はそれだった。
4つ足のグレイウルフと融合だったのでてっきりそれっぽくなるのかと思いきや、下半身を見ると見事に2本の足で地に立っていた。
「だけど、やっぱり毛が凄いなぁ」
やはりと言うべきか、全身には毛という毛が生えていた。
やや明るめの灰色をしたフサフサとした毛。
頭を触ってみるとこちらも同様で、耳もそれらしく長く立っている。
足や手には獣っぽく伸びた爪も揃っているが、指の本数は5本。
普通のグレイウルフは確か4本のはず。
ゴブリンの時もそうだったけど、この方が細かい作業もし易そうで人間としてはとっつきやすいし好都合ではある。
「これ、完全に獣人族のそれだ。
でもこんな獣人いたっけ?」
獣人族。
僕ら人族と普通の獣類の中間的位置に介在している種族。
その昔、人が今の形態になっていく過程で枝分かれ進化した種と本で読んだことがある。
更にその中には犬型や猫型、牛型や狐型など多種多様に渡る分類がいるという。
村でも稀に旅人としてやってくる人がいるので一応知ってはいる。
でもこんな姿の獣人は見聞きした事がない。
いや、それ以前にこれは魔物との融合体だ。
根本的には全く別物のはず。
「体の動かし方は……この状態では自分の体と大差ない感じかな」
手を握ったり軽く跳ねてみたりしながら新しい体の具合を確かめる。
うん、いつも使ってる体のそれに似ている。
勝手はあまり変わらないかな?
ここでグレイウルフは鋭い牙で獲物を噛み砕くのが得意という点を思い出した。
確かに口の中には左右上下にそれぞれ1本ずつ一際目立つように尖った歯が生えている。
「……」
地面に落ちている木の枝を拾い上げる。
細いものではなく自分の腕ほどの割と太さがあるものを選んでみた。
普通ならこんなのはまず噛み切れるものではない。
が、それを恐る恐る口に運んでみる。
「バキリッ」
「えっ」
拍子抜けするくらい呆気なく枝を噛み分けることに成功した。
いやいやこんな太い枝、普通噛もうとすら思わないし絶対無理だって。
自分でやっておいて何だけど。
あまりにアッサリというか、簡単過ぎて逆に驚いてしまった。
「こんなものなの?
全然力入れたつもりないんだけど……」
もう一度試すも、やはり簡単に噛みちぎれる。
枝先を少し口内に入れて僅かに噛む程度。
木が歯に当たってからの反発具合とか、そういうのも微塵も感じることなく速攻で噛めてしまう。
というより、硬さを全く感じない。
柔らかすぎる。
そこで次は太もも程の太さがある生木に視線をやる。
口をバカっと大きく開き、勢いよく噛みついてみると『バキバキ』と音を立てながらやはり楽に噛めてしまい、見事に木の伐採ができてしまった。
噛む回数を増やせば大木だろうと問題なさそうだ。
「凄いな。
こんなので噛みつかれたら一巻の終わりじゃ?
硬さはやっぱり感じない。
太さとかは関係ないのかもしれないな……」
改めて感心していると、どこからともなく声が聞こえてきた。
【っ!?
な、何だこれは!?
これは一体!?】
「!?」
完全に実験に夢中になっていたためか、ウィルは突然の事態に口から心臓が飛び出しそうになる。
もしや誰かに見つかったのかと焦り急いで周りを見渡すが、声の主らしき姿はどこにも見当たらない。
不思議に思っていると再び声が聞こえてくる。
【この体は何だ?
確か俺はここを警戒で通りかかっただけのはず……】
「っ!」
その言葉を聞いてウィルはハッとした。
それにより遅れながらもここでようやく声の正体に検討がつく。
声は実際に外から耳に届いているものではない。
自分の中から聞こえてくるものだった。
「もしかして、グレイウルフ?」
【うおっ!?
誰だ!?
何処に隠れている!?
姿を見せろ!】
声は酷く荒げており、状況を全く理解できていない様子。
激しく動揺しているようだ。
やっぱり……か。
ここでゴブリンの時を思い出す。
融合中の素体との意思疎通は心の中で念話という形で出来ていた。
ちなみに主体であるこちらは実際に口で喋っても良いし、向こうと同じく念話でも伝わっていた。
ただ、ここで1つ気になる事が浮上する。
よくよく思い返してみると、先のカエルやホワイトファルコン時では特に向こうからのコミュニケーションは無かった。
融合中に素体との意思疎通が成立したのはゴブリンに続き、今のグレイウルフで2度目だ。
これは何故だろう?
意思疎通が可能な素体と不可能な素体が存在するという事?
仮にそうだとして、カエルとホワイトファルコン、ゴブリンとグレイウルフ。
これらの違いは……動物か魔物?
魔物は大なり小なり魔力を持っていると聞くし、逆に普通の動物は持っていないとされているから、その違いというのも考えられるか。
……まぁ今はそれは置いておくにしても、この素体が驚いて混乱してしまっている状況はあまりよろしくない。
確かにこんな力、何の前触れもなく一方的に使われたら魔物側だってたまったものではないと思う。
これがもし自分だったら、きっと同じように酷く動揺するだろう。
とは言え、正直これは僕だって困る。
初めての素体相手に毎回毎回こんな驚愕されていては、単純に融合がやりづらい。
その度に、この自分でも手に入れたばかりでよく分かっていない力について一々説明する?
いやいや、そんなのやってられない。
分からない事が多すぎる現状にも良い加減嫌気が差してきている。
どうせ今まで無能だったんだ。
頭で考えても仕方ない。
使えるものがあるなら使ってやる!
「あーごめんね。
僕は君に少し聞きたいことがあるんだ」
【聞きたいことだと?
質問の前にまずはお前の姿を見せたらどうなんだ?】
「悪いけどそれは出来ない。
今、君は僕の力で少し拘束させてもらっている。
動こうとしても無駄なはずだよ」
【何だと?
…………チッ、本当に動かねぇ。
何とも奇怪な術だ】
一先ず、ここは拘束したという程で話を進める事にした。
我ながらこんな悪役じみたやり方で本当に良いものなのかと自問自答してしまうけど、今は致し方ない。
「分かってくれた?
申し訳ないんだけど、早速質問をさせてもらうよ。
君たちグレイウルフはもっと深い森や山奥で住んでいるはずだけど、最近は人里も近いこの周辺でかなりの数を見かける。
それはどうして?」
グレイウルフは相変わらず状況の整理がついていない様子ながら、今は従うしかないと観念したのか渋々話を始めた。
【ったく、一方的過ぎるだろうが。
あぁ分かった分かった、答えりゃ良いんだろ。
……確かに普段の俺らはこんな浅い森まで縄張りは張っちゃいない。
だが、最近ちと問題が出てな】
「問題??」
【あぁそうだ。
この辺には目立つ山脈があるだろう。
俺らは普段あそこで暮らしている】
この地域周辺で目立つ山脈など1カ所しか存在しない。
ジスト鉱山のある山脈だ。
確かにあそこならグレイウルフ達が縄張りを持っていても不思議ではない。
【だが最近、山の中から突如として異質な魔力が湧き始めてきてな。
……あれは悍ましいくらいに不吉で不快な気配だった。
それが何かは分かっちゃいないが、群れ一同としては身の危険を感じたんで一旦ここまで生息域を下げてきた訳よ】
……なるほど。
最初は突拍子もない話に聞こえていたものの、あそこで魔物達が突然感じた嫌な魔力というキーワードには少々思い当たる節があった。
あのゴブリンが話してくれた一件。
洞窟内で仲間達が一掃されたという『水の魔物』の話だ。
自分は話を聞いただけで実際に目の当たりにした訳ではないし、それが何なのかは分からない。
しかし、あの洞窟での異常な出来事の数々を経験した身としては、とにかくそれが危険な存在だという事だけは分かる。
「そうだったんだ。
それは住処を追い出されて災難だったね」
【全く困った話だぜ。
あそこは昔から住んでいる俺の大事な故郷なんだ。
今は仮の新天地に来て警戒をしていた訳だが、いつまでもこんな事もしてられねぇ。
早く戻らなければならない。
だが、とてもじゃないが俺らの力でどうなるものでもなさそうで……」
「ちなみに、もしかしてそれは山の地下から感じたものかな?」
【っ!!
な、貴様何故それを!
……何か知っているのか!?】
ウィルの問いかけにグレイウルフは驚いたように図星の反応を示した。
やっぱり……か。
普段地上で暮らしている彼らがそう言うのだから、もはや地下だけの問題ではないんだろう。
これは嫌な予感がする。
このまま放置していれば、最悪周辺の村にまで影響を及ぼしてくる可能性だって考えられる。
本格的に情報を集める必要がありそうだな。
何も当てはないけど……。
「いや、僕もよくは知らない。
ある人にちょっと聞いただけなんだよ」
【はぁ?
人に聞いた?
何言っているんだ。
これを今知っているのは、まだあそこに住んでいる魔物くらいしか——」
グレイウルフが戸惑いながら続けようとしていたその時、森の中から何かがぶつかり合う衝撃音と共に、誰かの悲鳴が鳴り響いた。
「っ!?
何だ?」
【今の声は……人間か?】
この辺は確かファスト村の東に位置する隣村『ベスト村』が既に近いはず。
誰か森に来ているのか?
今の衝撃音と悲鳴、音の聞こえ方からして方角は右か。
距離はそこまで離れていないな。
ん?
何でそんな事が分かる?
そんなの…………あ、もしかしてこのグレイウルフのお陰?
獣は聴覚が優れているんだっけ。
「ん、この匂いは……」
それと同時に、何かの匂いが音の方角から漂ってきているのを感じた。
ここに至るまで森で無意識に嗅いでいた匂いとは明らかに違う別種のもの。
更に嗅ぎ続けてみると、その匂いの中にも複数の違いがある事に気づく。
複数いるな。
対象の数は一番手前に2、多分今の衝撃と悲鳴が発生した場所。
そこから奥へ離れた所にも3つくらい何かいるな。
聴覚だけじゃない、嗅覚もか……。
便利すぎる。
状況の把握が出来たところで、ウィルは獣の融合体をその方角へと動かし始める。
【お、おい!
確かめに行く気か?
今の衝撃、嫌な予感がする。
やめておけ、というかもう良いだろ!
俺を解放しろ!】
グレイウルフが必死に制止させようと訴えかけるが、ウィルはそれに耳を貸すこともなく勢いよく走り出した。
「悪いけど君の力、少し借りるよ」