12話 謎のローブ姿
「やっと見つけたかと思えば……。
この状況は何だ?」
……え、声?
周りに誰かいる?
いや、今まで何の気配も感じなかったし、そんなはずはない。
いくら村が近くにあるとは言ってもこんな時間に森の中を歩いてる人なんてそうそう……。
ブオンッ!!!!!
突然鼓膜が破れそうな程の衝撃波と、頬の前を貫いていくような猛烈な風が吹いた。
それはまるで何かが真横を通り過ぎていったかのように。
立っているのもやっとなくらいの突風だ。
次の瞬間。
背後から飛び掛かかってきていたグレイウルフの首が肉体から離れる。
一瞬時間の流れが止まったような感覚。
驚いて目を開けたウィルの眼前には宙を舞う魔物の首と、一帯を紅く染め尽くす鮮血の飛沫。
「「「グルッ!!?」」」
「嘘……」
驚く間も無く、数秒後には首と体の2つの肉塊が鈍い音を立てながらウィルの足元へ落ちた。
それらは驚くほど綺麗な断面で両断されている。
一体どんな勢いで何をしでかせばこんな切断面になるのか、全く見当もつかない。
鮮やかな色の血は尚も流れ続けている。
何が起きた!?
今、自分は背後から奇襲を受けた。
もう駄目だと思った。
しかし、突然とんでもない風が吹いたかと思えば、今度は迫ってきていたであろうグレイウルフが一瞬でこんな姿に……。
何がどうなっているのかサッパリだけど、それは正面の4匹も同じみたいだ。
歩み寄ってきていた足を止め、震えながら周囲を警戒して仕切りに敵を探している。
この不測の事態に混乱していると、横を通り過ぎていったであろう正体の姿を正面4匹の更に向こう側に捉える。
あれは……?
そこには、ウィルよりも一回り以上高い身長の人影が1つ。
暗い色のローブを全身に被っており、腰には長めの鞘。
頭部の両耳に当たる部分には不自然な突起があるように見え、それは菱形の何とも言えぬ特徴的なシルエットをしていた。
人間ではないのだろうか?
右手にはそこに収まっていたであろう長身の剣を1本持ち、刀身全体には鮮やかな色の血が流れ滴っている。
人影は付着した血を一振りで払い去りながらウィルへと振り返る。
頭までスッポリと深く被ったローブで顔はよく見えないが、口元だけは唯一ハッキリと分かった。
形の整った優美さを感じる艶を帯びた薄い色の唇。
口元だけでここまで人を魅了できるものなのかと思わずウットリしてしまいそうになるが、それは少しの溜息を混ぜながら言葉を口にする。
「見たところ只の人間……。
妙だな、あれ程までの魔力を発していたものにはまるで見えないが」
美しい口から発せられる、気持ち低いながらも澄んだ声質。
これまた聞き入ってしまいそうになるが、ウィルにはこの人物の発した言葉の意味はよく分からない。
スラリとした体型に随所に気品が感じられる振る舞い。
声や佇まいからして女の人かな?
顔はよく見えないけど、それでも凄まじいオーラを感じる。
「あ、あの……その」
まずはお礼を伝えなければと声を出そうとするも、緊張して上手く言葉が出てこない。
それでも何度も発声を試みようとするが、やはり口が言うことを聞かない。
そうこうしているうちに、向こうがまた口を開く。
「まぁ今は良いか。
君は人間だな?
色々と気になる点はあるが……。
とりあえず怪我はないか?」
「?
は、はい。
僕は大丈夫です。
あの、あなたは……?」
どうやらこのローブ姿はこちらを気にかけてくれているらしい。
凄まじい風格を感じながらも、目の前の魔物のような敵意は全く感じないことが分かり、少し落ち着きを取り戻したウィルはしどろもどろ気味に言葉を返す。
「そうか。
いやなに、私はただの……」
「「「ワオーーーンッ!!!」」」
ローブ姿がウィルの返答に答えようとした時、残っていたグレイウルフの1匹が遠吠えを開始。
それに呼応するように、全員が今度はそちらに駆け出す。
仲間が刹那の一瞬で殺された時はかなり驚いていた様子だったが、敵の姿と数が分かって敵討ちの反撃に出た模様。
4匹はあっという間に等間隔でローブ姿を全方位から囲い込む。
相手が少しでも動けば、いつでもその喉元を食いちぎろうとする振る舞いだ。
「あ、危ない!」
逃げて!とも叫びたくなるウィルだが、既に周りを囲まれてしまってそれが不可能なのは一目瞭然。
最初のあの時はあまりに一瞬の出来事であったが、流石にこれは向こうも危機的状況のはず。
もはや手段を選んでいる場合ではない。
4匹のヘイトがローブ姿に向いている間に、どれか1匹と融合してこの場を打開しようと考えていた時。
ローブ姿の口元が僅かに緩む。
「あぁ、まだ居たのか。
お前らは魔物の中では賢い方だろう?
私の最初の一撃を見た時点で、この場を去るべきだったな」
「?」
全方位を魔物に囲まれ、まさに四面楚歌の状況にも関わらずローブ姿は特段剣を構えることもなく、ただその場で突っ立ったままでいる。
声も先程ウィルに言葉をかけた時と同様、とても落ち着いた様子だ。
「無駄な殺生はしない主義だが、まぁ仕方あるまい」
ローブ姿はそう言うと剣を握る手に僅かに力を込め、刀身が少し上に持ち上がると、それに反応したかのようにグレイウルフ達も一斉に飛びかかる。
4匹の動きは息を合わせたようなもので、1匹は首、1匹は剣を持つ右手、残り2匹はそれぞれ左右の足と見事なチームプレーだ。
且つ、元々囲まれていた距離はかなりの至近距離。
普通あんな間近からこの統率された攻撃を繰り出されば死は必然だろう。
だが、それよりも早く動いたのは先方だった。
直後、突如としてその場を中心に巨大な風の渦が発生。
ローブ姿とグレイウルフ達がそれに取り込まれ、一瞬にして双方の姿が見えなくなる。
最初の奇襲を救われた時と同様に周囲には猛烈な風が吹き荒れ、周りの草木は激しく揺れ、川の水面も流れが逆流する勢いで煽られる。
「うわ!
何!?
あの大きな風の塊は……まさか竜巻?」
穏やかだった森の中に突然発生した風の柱は10m程の高さにまで登り、ウィルはそのあまりに衝撃的な光景に息を呑みつつ、最初から感じていた違和感が確信に変わる。
今日この森は風1つ吹いていない状況だった。
そんな中でこの場だけこんな強い風が連続して発生するなんて、これは自然現象なんかではない。
そう、これは恐らく『魔法』だ。
ウィルはこれまで魔法自体はたまに村に訪れる魔道具持ちの冒険者が披露してくれる簡単なものは見たことがあったが、ここまで大規模なものを目にしたのは初めてだった。
開いた口が塞がらないまま眺めていると竜巻は次第に収まっていき、風が渦を巻いていた中心には剣を握ったまま健在でいるローブ姿が現れる。
相手の無事だった姿にウィルはホッとするが、それと同時に異変にも気づく。
肝心の一緒に居たはずのグレイウルフ達がどこにも見当たらない。
あの竜巻を起こした魔法でどこかへ飛ばした?
いやそんなことが可能なのか?
一体彼らはどこへ?
…………付近をしきりに目で探していると、ついに流れていた風が完全に収まり、それに合わせるように頭上の遥か上から首と体が分かれた魔物の亡骸が雨のように降り注いでくる。
「!!!?」
バタバタバタッ!と非常に嫌な音を立てながら肉塊が激しく地にぶつかる様は、およそ現実のものとは思えないものだった。
それらの断面も最初と同じく、スパッとした綺麗な切断面をしている。
これまでを見るに間違いなく何らかの魔法と、あの剣によって成された技だと分かった。
ウィルが呆気に取られていると、ローブ姿は小さく溜息を1つ吐き、剣を納めた。
「急にすまない。
大丈夫だったか?」
「は、はい。
助けてくれてありがとうございます」
「それは良かった。
私がもっと早く見つけてやれば良かったのだが」
「い、いえ。
あの……貴方は一体?
今のは魔法ですか?」
ウィルはずっと気になっていた正体と魔法について思わず質問を投げかけてみる。
生まれて初めての魔法らしい魔法を目の当たりにし、興奮が冷めやらない。
自身が魔法が全く使えないだけに、それに対しては人一倍興味を惹かれる。
が、相手はその問いに答えることはせず、しばし沈黙が続いた。
あれ……早急過ぎた?
聞いちゃまずかったかな。
何か機嫌を損ねてしまったかな。
そんな不安が一瞬頭の中を埋め尽くしていたが、そうこうしている間に向こうがこちらへ歩み寄ってきた。
相変わらずローブで顔は隠されており口元しか見えないが、その口は笑っていない。
それを見てウィルは僅かに寒気を覚える。
「あ、す、すみません!
急に色々聞いちゃって……」
とりあえず謝罪の言葉を口にしてみたが、相手の様子は変わらない。
冷たく閉ざされた口だけを見せながら、ただゆっくりと歩みを進めてくる。
これは、まずかった。
絶対まずかった。
まさかこのまま僕も斬られる?
相手が目の前に来た辺りで腰にかけられた剣に目が止まる。
途端にあの凄まじい剣技が脳裏に浮かび、寒気に加えてたちまち恐怖も一緒に蘇る。
「くっ!」
ウィルは思わず歯を食いしばりながら目を瞑る。
…………ところが、ローブ姿はそのまま真横をただ通り過ぎていった。
背後の茂みの方まで歩くと、木陰に隠してあったのだろう革製の大きなリュックを拾い上げる。
「そこまで恐れずとも良いよ。
私はたまたまこの辺を通りかかった旅人だ。
私も君には少しばかり聞きたい事もあるんだが、もうじき夜になる。
どうだろう、今日はこの辺で休まないか?」
「え?」