5.『未知なる業/錬金術』
こうして、『アルス』の村での生活が再び始まった。とは言っても、彼女はまだ小さな子供である。大きな仕事はない。
『まだ十歳、まだまだ発展途上のレディなんだから』
とは、内なる声の弁である。
それに、死ぬほどの状態に陥っていた彼女は、まだ自宅で療養するようにとオーロラからも言われていた。
結果、目覚めて数日、アルスは家の中で内なる声と本を相手に過ごしていくことになる。
社会との接点と言えば、窓から望む景色と――
「オーロラさん、お願いします」
オーロラを頼ってやってくる人々と、オーロラの応対を見ることくらいだった。
『オーロラお婆様はね、村のみんなに頼りにされる錬金術師なの』
事実、彼女を頼って訪れる人は日に何人もいた。
『錬金術って具体的にどうするかって?
文字通り、金を造るのよ』
ある時、村の男がまだ血が流れている狼の遺体を持ち込んできた。
オーロラは眉毛一つ動かさずに受け取ると、庭に出て魔法陣を描く。
それを、二階の窓からアルスは見ていた。
「ねえ、あれって何をしているの?」
『鉄を造るのよ』
オーロラはなにやら呪文を唱えると、魔法陣から光が噴きあがる。
吹きあがった光がおさめると、動物の死体が無くなり、代わりに赤い金属の塊があった。
『血液内にあるヘモグロビンだって、そこから鉄を取り出してレンセイするの』
「そんな手間をかけて鉄を造るの?」
『だって、そうしないと世界には金属が存在しないのだから』
文字通り、金属を生み出すから錬金術師。
それが、この世界における『錬金術師』だった。
『でもね、錬金術の本質はそこじゃない』
また別の日、白衣を着た女性が訪れた。
彼女は蒸留水と薬草をオーロラに渡す。
受け取ったオーロラは、家の奥に籠る。暫く後に、緑色の薬を持って来た。
『錬金術の本質はね器に魂を宿して、様々な力を与えるの。
今のはね、液体に回復作用を付与して、魔法薬にしたの』
金属を造るだけでなく、様々な魔法的な道具を作り出すことが出来るの。
『金属を生み出すのは、あくまでその力の一つ。バラバラになった金属の欠片を、血と言う器に入れ直すだけなの』
あくまで、金属の精製もその一環でしかない。
錬金術とはこの世界における重要な技術であり、扱える人間は尊敬を集める。
『アタシはね、お婆様みたいな、みんなに慕われる錬金術師になりたかったの』
誇らしげに語る内なる声に、アルスは居心地の悪さを覚える。
それは、ずっと積み重なっていた。