表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/131

殺さずに勝つという反逆

ヴェルシュトラの精鋭部隊が、通りの先にずらりと集結していた。銀の鎧に身を包み、魔力を帯びた槍と盾を構えた彼らの姿は、まさしく都市国家の威光そのものだった。市民たちの避難はすでに完了し、今やここは戦場となる運命にあった。


その対岸。


広場の入り口に、数百人の革命軍が押し寄せていた。


だが、前線に立っているのは——たった一人。


ブラスだった。


漆黒の鎧に身を包み、背には巨大な斧《震雷斧》。その姿は、まるで軍神の化身のように、群衆の前に立っていた。


「……なんだあれは……」

「前線、ひとりだけか?」


ヴェルシュトラ軍の列に、ざわめきが走る。練度の高い兵士たちの表情に、戸惑いが浮かぶのをブラスは見逃さなかった。


「……チャンスだな」


静かに息を吸い込む。


次の瞬間——


「《震雷斧》!!」


ブラスの叫びが響いた。


その巨体からは想像もつかない速度で、地を蹴る。土煙を巻き上げ、音すら置き去りにする加速。圧倒的な質量が、猛然とヴェルシュトラの前衛に突っ込んだ。


「来るぞ——! 防げッ!」


叫ぶ声が上がるよりも早く、斧が振り抜かれた。


重厚な一撃が、正面の盾兵を弾き飛ばす。斧の一撃は殺傷ではなく“打ち砕く”。鎧の継ぎ目を狙い、意識を刈り取るように正確に叩き込まれる。


「ぐぅ……!」


「なに……この重さ……っ!」


倒れた兵士たちは呻きながらも生きていた。ただ力を抜かれるように地に伏す。


ブラスは構わず前進する。


左へ、右へ、無駄のない足運びで敵の懐に入り、一撃で薙ぐ。刃を振るうたびに、衝撃波のような風圧が巻き起こり、兵たちの集中を乱した。


——だが、誰一人として致命傷は負っていない。


それでも圧倒的な存在感だった。


「……おい、どうした?」


ブラスは斧を肩に担ぎ、嘲るように口角を上げる。


「その程度かよ? だったら、レッスンしてやる。戦場の作法ってやつをな」


彼の言葉に、ヴェルシュトラの前線がざわつく。


殺意なき無双。それが、ブラスの信念。


後方で見守っていた民衆たちは、息を呑む。


その背に、盾はいない。ただ斧を振るう、一人の戦士だけが、彼らを守る壁となっていた。





「何をしている、基本を忘れるな! 補助スキルで動きを止めろ!」


ヴェルシュトラ側の指揮官が怒鳴る声が、喧騒の中で響き渡った。


魔法職たちが一斉に詠唱に入ろうとしたその瞬間——


影が蠢いた。


「なっ——」


ブラスの2つ目の作戦は、補助や回復、遠距離攻撃を担う後衛を真っ先に叩くことだった。

ただでさえ手に負えないブラスの動きに、支援や妨害が加われば被害は拡大する。

それを封じることで、戦況を一気に革命軍に傾けようというのが狙いだった。



空中から突き刺すように、無数の《影槍》が降り注ぐ。ヴェルシュトラの後衛に向かって放たれたその一撃は、正確に補助職と回復職を狙っていた。


「舐めてるのか、こんな低威力の——っ!?」


余裕を見せて弾こうとした魔法職のひとりが、異変に気づく。槍が、妙に重い。速度、軌道、威力——どれもが不規則。


「っぐ……!?」


避けきれず、肩に一撃を受ける。衝撃とともに魔力制御が崩れ、膝をついた。


「なんだ、あれ……同じスキルなのに、速度も威力もバラバラ……」


周囲の魔法職たちも次々に倒れていく。


ブラスの3つ目の作戦は、5人1組で同じスキルを同時に放つというものだった。

民衆たちは魔力の練り方も未熟で、個々の威力や速度にはバラつきがある。

だがブラスは、それを“欠点”ではなく“攪乱”として活かした。

タイミングのずれた連続攻撃が、敵の反応と防御を遅らせ、着実に打撃を与えていく。



第二射の《影槍》が走った。目をつぶった魔法職は、死を覚悟する。


——だが、次の瞬間、倒れたのは隣の仲間だった。


「誰か……誰か、来てくれ……! 歩けん……!」


呻く声が戦場に響く。


ブラスの4つ目の作戦は、“敵を殺すな、戦闘不能に留めろ”というものだった。

敵を倒せば、その場からは消える。だが、生きていれば誰かが手当てし、運ばねばならない。

つまり、負傷兵を増やせばそれだけで敵の戦力はじわじわと削れていく。

戦場に混乱と足止めを生み出す、無駄のない“損耗戦”だった。


そしてただの寄せ集めだったはずの軍勢が、今や整然と動き、統率すら感じさせていた。

その異様な中心に立っていたのが、ブラスだった。


大斧を振るい、敵を蹴散らすその最前線から——


「三列目、右に下がれ! そこの射線、被ってるぞ!」


「五番隊、次弾の準備急げ。合図は俺の斧の着地だ!」


斧の一撃と同時に、命令が飛ぶ。怒号のなかでも通るその声に、革命軍の動きは一糸乱れぬものとなっていく。


常識的に考えれば不可能だった。前衛で暴れながら、同時に後衛までを掌握するなど。


だがその「不可能」が、今この戦場では現実となっていた。

革命軍を“軍”たらしめているのは、ブラスという男そのものだった。


戦況は明らかに革命軍優勢へと傾いていた。


街を震わせるような咆哮とともに、革命軍は進軍を続けていた。


各所でヴェルシュトラ軍が後退を余儀なくされ、砦として構えた路地やバリケードは、次々と突破されていく。街路を埋め尽くす魔導石の輝きが、夜の闇を昼のように照らし出し、スキルの残響が空に弾けていた。


「押せぇぇぇっ!」


「あと少しだ! 本部は目の前だぞ!!」


民衆たちの叫びは熱を帯び、歓声は希望の色を含んでいた。その中心に、ひときわ異彩を放つ巨躯があった。ブラス——まさに軍の“楔”だった。斧を振るい、先陣を切るその姿は、まるで“突撃”という言葉を具現化したかのようだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ